第九話(1/3):暗躍する影
「ひーーーまーーー!!」
新都オリエンタルホテルのスイートルームの一室。
そんな少女の声が木霊した。
「……またか」
霧雨玲は眉をしかめた。
溜息をつきそうになるのを必死で抑えながら何度目になるかも忘れたやり取りを赤毛の少女と行う。
「星弓、いい加減にしろ。これは任務。現状のまま待機だ」
「それが暇だって言ってるのー! こんな所でジッとしてるだけなんて身体にカビが生えちゃうよ!!」
「最初はあれだけ喜んでただろう? スイートルームで寝泊まりなんて自慢してやるって騒いでたじゃないか」
うるさく騒いでいたのは玲の記憶にも新しい。
そのことを指摘すると返ってきた答えは、
「飽きた!!」
無情の一言である。
「ああ、そう……。いや、飽きたとかそういう問題ではなくてだな」
そろそろ時間的に騒ぎ出す頃だろうと思っていた玲は宥めすかせるために口を開いた。
――まあ、そもそも向いていない任務だ。我慢はしている方だと褒めるべきではあるのだがな……。
直情的というか短絡的というか、あるいは物事をシンプルに考えているというべきか。
とにかく護衛任務という忍耐力がものを言う任務の適正に徹底的に欠ける性格をしているのが
――
飛鳥のように表に出すほど子供ではないものが玲も不満が無いわけではない。
特異第六課。
彼女が所属するその部署の主な仕事は特異的な超能力を保有する通称
それなのにこんな仕事を任されたのは……恐らくロクでもない動きが裏であったのだろうと玲は薄々とだが察知していた。
「あらあら? どうしたんですか飛鳥ちゃん? そんなに騒いで」
騒ぎを聞きつけたのか部屋の奥から薄みがかった赤髪の美女が現れた。
セミロングの緩くウェーブのかかった薄みがかかった赤髪、北欧のクォータという話で白く透き通るような肌に眼筋の整った容貌。そして女性的に柔らかくも出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ身体つき。そして全体を纏める何処か朗らかな母性の雰囲気。
「あっ、マリアさーん! あのねー!」
「あはは、飛鳥ちゃんは今日も元気ですねー?」
「僕は何時でも元気だよー!」
姿を見つけた瞬間、飛鳥が嬉しそうに駆け寄った相手。
それこそが日本の首相である――アイドル総理こと楠木マリア。
彼女たちの護衛対象だ。
「もしかしてまた霧雨警部を困らせていたんですか? ダメですよー、我儘を言っては」
「我儘なんて言ってないもん! ただ、閉じこもってるだけじゃつまらないなーって!」
「十分我儘だ。本当に任務の内容をわかっているのか?」
「ちゃんとわかってるよー! マリアさんが悪い奴に狙われてるんでしょ! そいつから守ってあげるんだ!」
「ふふっ、頼もしい
「
「ふむ? 女の子ならヒロインじゃないの?」
「ヒロインって言うと守られてるイメージが強いしー。僕は颯爽と現れて悪者をぶっ倒すスーパーなヒーローがいい!」
「そっかー、スーパーヒーローな飛鳥ちゃんが守ってくれるなら私も安心ね」
「とーぜん!! 僕はちょー強いからね! 大船に乗った気分で任せてよ!」
わいわい。
姦しくお喋りをする二人を見ながら玲は内心で思う。
――星弓がああも懐くとはな。
少々意外に思った。
何事にも物怖じしない性格のように見える飛鳥だが、実際のところ大人というのを少し苦手としている。
――楠木総理の人徳という所か。まあ、分からなくもないが……。
それなのにこの短い間にあっさりと仲良くなったのは、楠木マリアという人物の人柄の良さというか雰囲気の良さのせいだろう。
色々と噂はあるもののそれでも立場としては日本の首相。
国のトップ。
テレビの向こう側としてならともかく、実際に対面するとなるとどんな人物かと玲としても冷や冷やしたものだが、想像に反してその性格や人柄は穏やかで政の世界の住人とは到底思えないほどに純粋な女性であった。
「ほら、星弓。あまり総理に迷惑をかけるな」
話がどういった方向に進んだのか、日曜朝の特撮ヒーローの話を熱心に語り始めた飛鳥に玲は注意するものの。
「むっ、迷惑なんてかけてないよー!」
「ふふっ、そうですよ。聞いて楽しいですし」
マリアは笑顔で玲に言った。
包み込むような柔らかい雰囲気で飛鳥の話を聞いてあげている姿はまるで年の離れた姉のように見えた。
「いえ、しかしですね」
「いいんですよ。今日のお仕事の予定は済んでしまいましたし……。ああ、それと霧雨警部」
「はい」
「敬語の方はやっぱり何とかならないですか? ほら、年も近いわけですし?」
「その件についてはその……立場もあるので」
「えー」
――……やりづらい。
そしてどこか母性的な雰囲気を持ちながらも、どこか純粋な少女のような所を持ったマリアのことを玲は苦手としていた。
嫌っているというわけではないのだがこちらから距離感を維持しなければ、同性で年も近いという理由だけでグイグイと距離を近づけてこようとしてくるので困惑が先に立つのだ。
――これで政治家なんてやって行けるのか?
まだ若いとはいえ。
あるいは若く才気に満ちた玲だからこそ綺麗ごとだけではない大人の社会というのを身を以て知っている。そんな彼女からすると楠木マリアという人物の在り方は些か以上に異様に映る。
その一方でその人気の理由にも納得のいくものだったが。
「とにかく、任務の内容自体を忘れているわけではないようで何よりだ。楠木総理の警護任務である以上、側から離れないのは当然だろう?」
どこか物欲しそうにこちら見つめてくるマリアの視線を意識して無視しながら玲は言った。
「でもさー、何も起こらないじゃん! 何日もホテルの中で缶詰状態なんて飽きちゃうよ!」
「そうですねー。確かに外に出れないのは私も些か……。飛鳥ちゃんみたいな子なら尚更かもしれません」
「でしょー! ほら、マリアさんだって疲れて来てるって言ってるし!」
マリアの追従に気を良くしたのか飛鳥は胸を張る。
「何時来るかわからない相手にずっと閉じこもってるより、犯人を見つけ出してとっ捕まえた方が早いよ! 有名な殺し屋だか何だか知らないけど私の手にかかればそんな奴……っ!」
「危ないですよ飛鳥ちゃん」
「大丈夫! 僕には力があるんだ。正義の力が! そんな悪い奴は簡単にとっちめてあげるからね!」
大声で部屋の中で宣言する飛鳥。
そして、玲の方へと飛んでくる無言の視線。
チラリと横眼に見れば黒服に身を包んだ男たち……警備部警護課のSPからのものだ。
引きつりそうになった表情を何とか抑える。
玲が所属する第六課という部署は公式には存在こそするものの、その特殊性により実情については警察組織内部でもあまり周知されていない。
要するに公式の部署であるのは間違いないが何をしているのかよくわからない部署……というのが概ねの認識だ。
そんな部署から明らかに子供の飛鳥と若い女警部の二人が派遣され、警備部警護課の領分である仕事を合同でやらされるというのは彼らにとって面白い話ではないだろう。
――こっちとしても好きでやっているわけではないのだがな……。
それでも不満を表に出さずにこの数日上手く一緒にはやっていけたと思う。
単純に互いに大人だったというのもあるがそれ以上にあちら側もこの現状にきな臭さを感じているからだ。
本来であれば警視庁からの増援が来てもおかしくない現状だが、実際には来れず地元警察の動きも何故か鈍い。
何かしらの圧力が動いているのは間違いない。天去中央警察署の署長の苦虫を嚙み潰したような顔を見れば察すること難しくない。
――第六課は色々と立ち位置的に特殊だ。通常の警察組織の命令系統とはやや外れたところにある。だからこそ、今回の暗殺未遂事件が先月に起こった不可解事件と関係があるかも知れないという理屈で上がねじ込めたわけだが……。
それにしても送り込めたのは玲と飛鳥の二人のみだ。
それでも現状では人手が足りてない警備部警護課からすれば居ないよりマシ。
能力について疑問符があったとしても、同性としてマリアの相手をして貰えるだけであっちからすれば負担が違うわけで、玲としても上手くやっていけているつもりだったが流石に飛鳥が騒ぎ過ぎたらしい。
非難の視線が突き刺さて痛い。
「はあ……」
嘆息を思わずもらしながら口を開いた。
「まあ、犯人を捕まえるのが手っ取り早いというのは一理ある」
「だよね! それなら――」
「で、とっちめるのは良いとしてどこに向かうつもりだ? 犯人の居場所はわかっているのか? まさか、それもわからずに捕まえるなんて息巻いているわけじゃないだろうな?」
「うぐっ、それは……」
「居場所を知っているなら是非とも教えて欲しいものだ。私としてもサイファーとやらのご尊顔を見てみたいものだしな」
サイファー。
それが前回の暗殺未遂事件の犯人と目されている人物の裏社会での通り名。
現在判明しているだけで二十三名の要人の暗殺に関わっているとされる凄腕のプロの殺し屋。確認されていない数を含めればその被害者の数は倍では済まないであろうと言われている存在。
「そのサイファーってやつを見つけ出してやっつければ……っ!」
「顔も性別も年齢も何人かもわからない相手をどう見つけ出す気だ」
「それならさっさと調べてよー!」
「調べてはいるがわかってないのが現状だ。諦めろ」
その正体は一切が不明。
それどころかこれまでの暗殺実行の手段の多様さから個人ではないのではないかとも疑われている相手だ。
短時間で見つけようがないし、そもそも本当に捜査が進んでいるのかも怪しい。
あまり期待はしない方がいいというのが玲たち現場の共通の意識だ。
「そんなに騒がなくても明日は外に出る羽目になるんだ。大人しくしていろ。イベントが終わり次第、そのまま東京に帰ることになる。あっちに着くのは恐らく夜になるからちゃんと寝ておけ」
「子供じゃないんだぞ、僕は!」
だからこそ、玲たちからすれば明日が待ち遠しい。
天去市滞在最後の日、東区に新設された大型の国立スポーツ競技場の開幕式。
それが終われば東京に戻ることが出来るからだ。
――東京に戻りさえすれば……どうにかなるか。
慣れない警護任務に神経をすり減らしていたのは何も飛鳥だけではない。
玲としても流石に疲れはあった。
「むぅー!」
「まあまあ、飛鳥ちゃん。しょうがないわよ」
「……だってー」
「ほら、クッキーでも作りましょうか?」
「クッキー?」
「ええ、そう。この部屋って大型のオーブンもあって作れそうなの? 材料もさっき買って来て貰ったし……一緒に作らない?」
不貞腐れ始めた飛鳥に対しマリアは宥めるように話しかける。
その手には先程、一人外から返って来たSPの手に握られていた紙袋。話の内容から察するにクッキーの材料や作るための小物の数々なのだろう。
――買いに行かされたのか……。
玲は同情の視線をSPに送った。
「クッキー……うん、作る!!」
「本当に? 良かったー。皆の分も作ろうと思ってたから結構大変な量になりそうで、飛鳥ちゃんが手伝ってくれるなら助かっちゃう♪」
「いいよいいよ! 手伝う手伝う! 初めてだけどすんごいの作る!」
「ええ、頑張りましょう。それでは霧雨警部もご一緒に如何ですか?」
「えっ!? いや、あのその……これから警備の打ち合わせが――」
コロッと機嫌を良くした飛鳥にホッとしたのもつかの間、飛び火してきたお誘いに咄嗟に玲は逃れようとするが周囲に味方はおらず、お菓子作りをする羽目となった。
数時間後に出来上がった可愛らしいクッキーの中で一定の割合でクッキーという名の焼死体が混ざっていたのは余談である。
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・シーン1
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093073823867531
・シーン2
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093073823889568
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