第七話(3/3):改変
悠那が少しだけ息を吞んだ。
まあ、まず日常生活を過ごす上で関わるような単語ではない。
「そんなのに狙われるほどの恨みやトラブルをただの対象が個人的に持っていたとも思えない。となると狙われた原因は対象本人云々と言うより対象の立場によるものが大きいと推測した。立場を考えれば敵には困りはしない……大方その辺りだろうとは思ってたんだが」
――この状況を見るにそうとも言い切れなくなってきた。
「何かしらの圧力が働いている。そのお陰か対象を守れる護衛も増えず、そして予定はそのまま五月五日まで天去市に滞在の予定。そして、未だに実行犯は捕まっていない……と」
「うわっ……、整理するとなんというか」
「言うな」
『主張。連鎖イベントの可能性』
「だから言うーなって言ってるでしょ」
驚くほどに面倒な状況。
そして陰謀の匂い。
「……大厄災なんて無くてもこの国の将来って暗いんじゃないか?」
「あ、あはは……」
神輿だとしても仮にも自国のトップがあっさりと生きるか死ぬかの危機に追い詰められている現実に尊はげんなりとしてしまう。
――暗殺に成功した世界が……ただただ、混沌としたあの未来だ。大厄災が無くてもあまり明るそうには見えなかったし、いったい何を考えているんだか……。とりあえず、変な政界の陰謀とかに巻き込まれたくない。五月五日を超えることができたら、さっさと手を引いてやるからな。
そんなことを考えていると。
「あっ、そう言えば」
「あん?」
「アレってどうなったんですか? ほら、そもそも警察署へと侵入した理由。例の火島の情報ことについて調べるためでしたよね? 私聞いてなかったなーって」
悠那はこちらの様子を察したのか気分を切り替えるためかそんな話題を切り出した。
「ああ、アレか」
尊はそれについて答えることにした。
どのみち、現状では暗殺実行犯やその黒幕について、こちらから動きようもない。
今のところは向こうの出方次第だ。
――楠木マリアの周囲の護衛はあんまり信用できないしな。
とはいえ、あまり語ることは無いのだが。
「正直なところ……これといって収穫は無かった。入院している間に火島のやつは東京の方に移送されていてな。一応、取り調べのようなものをおこなった記録はあるらしいんだが……」
「えっ、意識を取り戻してたんですか? 私はてっきり……」
「ああ、それは俺も意外に思った」
悠那の言わんとすることはわかる。
火島那蛇は強力な異能者であり、そしてあの凶悪で激情的な性格。
意識を取り戻せばそれこそ瞬時に何か暴れて何か事件を起こすのではないかと危ぶんでいた。
それなのに特にトラブルもなく向こうに送還されたという事実を知って、最初は意識を取り戻していないか或いはよほどの重体で動けないのかとも思っていたのだが……。
「どうにもそうではないらしい。これを見てみろ」
尊はそう言って悠那に自身の端末の画面を見せた。
そこに写っているのは――
「……繭?」
悠那の困惑した声が零れた。
これは如何にも繭だ。
青白い糸状で粘性のある物質が綴り合わさって形を為している。
「いや、でもこれって。この大きさって……」
異常なところがあるとすればそのサイズだ。
関係者なのでだろう黒服の人物が近くに居たため、そこから比較することでその繭の大体の大きさを把握することができた。
成人の大人の平均から算出してもおよそ三メートル半ばは高さのある巨大な繭。
そしてその中は空洞でまるで中身を取り出した後のように見受けられる。
「署に残っていたデータからすると、火島はこの中から見つかったらしい」
「えっ、この……中っ!?」
「ああ、そして色々と衰弱はしていたものの外的損傷はたぶん俺たちより低かったらしい。検査は受けたが一見して異常は見つからなかった……と」
「ええーっ! なんですかそれ……理不尽なんですけど」
「俺もそう思う。こっちがどれだけ……」
『修正。ユーザー、話が逸脱』
「ああ、うん。そうだな。まっ、そんな感じで思った以上に身体的に元気だった火島だが取り調べには非協力的な態度のまま東京の方に身柄を移された――っと。暴れなかったの理由はわからん。何時でも逃げられるから大人しいだけなのか、一旦大暴れしたからしばらくは気がすんだからなのか……」
あるいは、と続けそうになり尊は噤んだ。
「先輩?」
「いや、だとしたら冗談じゃねえなって思っただけだ。……まっ、兎にも角にも分かったのはそれぐらいだ。本人は東京に送られて権限やらなんやら捜査情報も全部向こうに持っていかれてロクな情報が無かったわ」
「東京が全部持って行っちゃったってこと?」
「元々、火島は東京近郊で犯行を繰り返していて捕まえたのは警視庁、刑だって確定、後は移送だけって時に逃がした不祥事だからな。手元に置いておきたいのはまあわからなくもないが……」
尊の頭を過るのは火島を回収していった部署の名前。
手続き上の観点からそれはデータとして残っていた。
それがどうにも……。
「先輩、どうかしました?」
「いや、実はなその件で少しだけ気になる単語が――」
口を開いた瞬間。
『報告』
携帯画面の中、美少女姿のシリウスが涼やか声を上げると同時に流れ込んで来たのは圧縮された情報群。
尊はその内容を理解すると即座に動くことを決める。
「ちょっと動き有ったみたいだ。念のために少し確認してくる」
「えっ、じゃあ私も――」
「お前はお留守番。すぐに帰ってくる」
椅子から立ち上がろうとした悠那を手で制して尊は言った。
「でも……」
「様子をみてくるだけだ。犯人からすれば俺という計算外の部外者の介入で失敗したことを考えると直ぐに再度仕掛けてくるって可能性も低い。大したことは起きないさ……じゃあな」
「あっ、ちょっ」
更に言い募ろうとする悠那を無視するように尊は足早に歩き出した。
向かう先は「新都オリエンタルホテル」。
そこが楠木マリア総理大臣の宿泊先だ。
「――もうっ!」
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