第七話(2/3):改変
「それにしてもアレってどういうことなんですかね? 本当に対象はあのホテルに?」
「……それは間違いない」
始まったのは悠那曰く作戦会議。
話題は午前中に確認した事実について。
「でもそれっぽい人は本当に見かけませんでしたよー?」
「……」
「おかしくないですか? 対象は暗殺未遂にあってるんですよね? 普通もっと警備って厳重になるもんじゃないんですか? なんかそんな様子がないんですけど……」
「そんなの俺が知るか」
声を潜めて問いかけてくる悠那に対し、そう言い捨てると尊は再びバーガーにかぶりついた。
――いったいどうなってるんだか……。
楠木マリアの暗殺事件を防ぐ。
そう決めて現在の居場所を突き止めるまでは簡単だった。
普通ならばそんなの一苦労どころの話ではないだろうが……そこはそれ、流石はシリウスと言った所。この時代の電子セキュリティなんてものは無いも同然。片っ端からホテルというホテルを総ざらいにハッキング、木曜の深夜以降にかけてチェックインした人物にあたりをつけて調べて行けばあっさりと候補を絞ることが可能だった。
どうにも楠木マリアサイドはあのような事件を無かったことにして隠蔽する気らしい。
これは……まあ、いい。
総理大臣を狙った爆弾テロによる暗殺未遂の発生。こんなニュースが流れたら世間にどれだけの混乱をもたらすか……死んでしまった未来の記事を知っている尊としては理解を示す。
そして、天去市であらかじめに予定されていたイベントをそのまま出席する予定で進めている。
まあ……これもわかる。
暗殺未遂事件自体を隠蔽した以上、急遽中止するにはそれなりの理由が必要だ。下手な理由で中止して怪しまれて嗅ぎまわられて事件のことが明るみに出れば隠蔽したそれこそ意味が無くなる。それにそもそもこの天去市の都市開発について、政府として一貫して推進する方針で推し進めてきたのもあって政治的な意味合いも難しいというのもあるだろう。
そこまでは理解を示す。
「だが、なんであんな事件があったのに警護体制が強化されていないんだ? これがわからん」
いや、別に警護されていないわけではないのだ。
総理大臣経験者には生涯セキュリティポリスが付く……というのは有名な話で現職である楠木マリアも当然セキュリティポリスが付いている。あの夜に運転席と助手席乗っていたのもおそらくその一員だったのだろう。
警護はされている。追加もある程度はされているのだろう。
だが、それはあくまで平時の状態に色を付けた程度。暗殺未遂が既に起きているにもかかわらず……それは異常だった。
「表向き事件が存在しないことになってるから隠れて護衛している……って最初は考えてたんだけど」
『回答。その可能性は低下。天去市警察の動きも今のところ皆無』
「そんなことってあり得るんですか?」
「いや、あり得んだろ……。少なくともそこは暗殺未遂自体は把握してるんだ。下手すれば再度の首相暗殺事件が起こる可能性があるのに手をこまねているだけなんて……もし市内で再度起きて死なせてみろ、日本中からバッシングだ。なにせ死ぬのはあのアイドル総理だぞ?」
「ですよねぇ……」
そう……あり得ないのだ。
だからこそ、わからない。
わからな過ぎて無駄に自信満々な悠那が調べてくると言って行くのを止められなかったほどだ。
「ここまで反応が薄いとなるとどこからか圧力かかかってるとしか……」
「警察とかにもかけられるとしたら政府側の……ってことですか?」
「まあ、そうなるんだが」
「でも、それっておかしくないですか?」
「……そうだな」
楠木マリアという人物について尊は一度調べ直した。
調べ直したと言ってもシリウスが集めさせただけだが、それでもニュースで触りだけを知っていた時よりも色々と改めて知ることができた。
そこから察するに政府側の人間から楠木マリアを狙う理由は殆ど無い。
楠木マリアは親に一度は政権与党の幹事長を務めた経歴のある大物政治家の父を持つ二世議員ではあるものの、その地盤は殆ど受け継いでいない政治家だ。
というのもそもそも彼女は政治の道を目指しておらず、数年前に急性心不全のために父親が急死したことによって急遽転身したという経歴を持つ。
父親の派閥は政界ではそれなりに影響力を持つ派閥ではあったが、中心であった父親の死によって急速に霧消しており、元から政治の道を目指していて地道に地盤を作っていたのならともかく今の彼女自身はあくまで大物政治家であった父を持つ新人議員の一人でしかないわけだ。
だが彼女にはその端麗な容姿と話題性のある若い女性という要因があり、そしてその当時の政府内ではある汚職事件の発覚によって政権の批判が高まり支持率が危険水位に入ったこともあり次の総理を決める必要性に迫られていた。
当然、問題がバレた次の政権のトップなど外れくじで総理大臣にはなりたくても出来ればこのタイミングではやりたくはないというのが殆ど、特に政府内では複数の有力派閥が乱立し牽制しあっていたのも拍車をかけ――
最終的にどこの派閥でもなかった楠木マリアが担ぎ上げられたという経緯がある。
「……それからは知っての通りだ。何せ話題性に富んだ史上初の総理大臣だ。就任からこれまで世論調査の政権支持率が六割を切ったことが無い。前政権が平均四割台を推移していたことを考慮に入れれば堅調といって差し支えない」
『分析。その支持率の結果は対象の存在の影響が大であると推測。特に若者中心としてはば広い年齢層から支持を集めているという研究結果が存在』
「だが、実態として政界において対象は力を持っていない」
『肯定。名声はあるが実はないという実情』
「つまり、神輿としてとても都合がいいってことだ。世間的な人気や知名度が有っても派閥としての力が無いなら怖くはない。リスクを背負ってでも暗殺なんて実行する理由はないはず。総理の座から排除するにしてももっと穏当に裏から手を回すなり何なりあると思うんだが……」
だが実際として暗殺未遂は起こり、そして妙な圧力が働いているのか警察等の動きも鈍い。
これはいったいどういうことか。
――「案外敵も多いって話」
ふと歩の言葉が頭を過った。
「敵……ね」
敵とは誰をどの視点から指した言葉なのだろうか。
尊はそれを何とか呑み込みつつ思案する。
「兎にも角にもあまり警察とかそっちサイドの力はあまり当てに出来ないってことだ」
「何というか……世知辛いですね」
「ただの犯罪者くらいならどうとでもなると高を括ってたが……思った以上に厄介な事件になりそうだ」
『感想。イベントに巻き込まれる主人公によくあるパターン。流石、ユーザー』
「やかましいわ! 確かに簡単な事件だと思って関わったら、思った以上に重大事件に発展するのは物語的にもあるあるだけど! そういうこと言うと現実になりそうだからやめろ!」
「普通に首相暗殺事件が重大事件なのにさらに発展するのは恐怖ですね……」
「やめろマジで。不安になるから」
見通し甘かったと言われれば素直に認めるしかない。
だが、こんなの予想できるわけがないだろうと尊は切実に訴えたいという所だ。
「経歴を見る限りでは対象が狙われたのは個人的な怨恨とかによるものではないと思う。本当にちょっと前までは普通の大学生で目立ったところは無い。そりゃ私生活のプライベートのことまでは知らんし、人間どこで恨まれるかわからんから絶対に無いとは言わんが……」
「えー、そうかなー? あんなに人あたりの良さそうで笑顔のチャーミングな女性なのに……」
「お前が知ってるのは画面の向こう側でしかないだろうが。実際がどんな性格かなんてわかりようがない。特にプライベートとかはな。それに恨みというのもちゃんとした理由のあるものばかりでもない。逆恨みなんて言葉があるくらいだし」
「まあ……それはそうですね」
「だがまあ、今回の事件は仮に対象に個人的な怨恨を持っている人物が居たとしてもそいつが犯人ではない気がする。神輿とはいえ国のトップの座に居る存在をそれだけで爆殺しようってのは中々心情的にも厳しいだろ?」
「それは確かに。でも、本当に恨んでて後先のことを考えないで凶行ってことも……」
「それもない。木曜の夜のことを覚えているか?」
「えっ? はい」
「あの夜、確かに俺は助けることに成功した。けど、そもそも座席の下に爆弾はあらかじめ仕掛けてあったんだ。犯人には対象が乗った瞬間に爆発させるという手もあった。それをされていればどうしようもなかったが、実際に爆発したのは橋の上を通行するタイミング」
「ああっ、そうか。もしかして無駄な被害を嫌がった?」
「かも知れないって話だ。あの爆弾が何時しかけれたのかは調べようがない。それでも警察署から橋に移動するまで車は停止していない以上、警察署の敷地内に止まっている時には既に仕掛けられていたのは間違いない。でも乗った瞬間もしばらく市内の道路を進んでいる間も爆弾は爆発せず、あの時間帯は交通量が減少する橋の上で起動した。……偶然と思えない」
当時の車は警察署から宿泊ホテルに向かっていた。
その行動予定を知っていれば移動ルート自体の予測は難しくない。
「なるほど……確かに犯人は理性的とも言えますね」
「そうだ、個人的な怨恨で殺害計画を立てておきながら同時に周りの被害を考えるというのは理性的過ぎる。それに手口が何というか……プロフェッショナル過ぎる」
「今どきただの爆弾ならネットを駆使すれば作ることぐらいは可能だとは思いますけど、流石にずぶの素人が出来る手法ではないですね……確かに」
「手口的に手慣れたプロ。殺し屋ってことになる。」
「殺し屋……」
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