第五話(2/2):楠木マリア



「えぇええええ~~っ!? 昨日助けた人って楠木マリア総理大臣なんですか!?」


 放課後。未来同盟部の部室の中に悠那の声が響いた。

 非常にうるさかった。


「らしいな」


「らしいなって昨日はそんなこと一言も言わなかったじゃないですか!」


「うるさいなー」


 失敗したな、と尊は心底思った。

 昼休みの歩との会話でちょっとばかり気になって部室で携帯端末片手に楠木マリアについて調べていた所を遅れて部室にやって来た悠那に見つかってしまったのだ。

 画面を後ろから覗き込まれ、問われるがままに隠す必要もないからと答えて……この様である。


「なんで楠木総理がこんな街に!?」


「海外に行ってなきゃ、日本の総理なんだし日本のどこかには居るさ」


「そりゃそうですけども! そうじゃなくてですね!」


「俺に聞くな。居たもののは居たんだからそうとしか言えんぞ」


「いや、そうかもしれませんけど……えー、そんなことあり得ます? っていうか教えてくれたっていいじゃないですか! そんなこと!」


「そりゃまあ……あれだ。わざわざ言うほどのことじゃ――」


『回答。ユーザーは今朝の時点まで全く気付いていなかったので不可能。作為的な意味があったわけではないと否定』


「あっ、バカ」


 常識的に考えて仮にも自分の国の首相の顔に気付きもしなかった……というのは流石に高校生にもなって恥ずかしく、流そうとしたのだが背中から尊は撃たれてしまった。


「へぇええ~~」


 ニンマリと笑う悠那のその顔は何処か猫を思わせた。

 ガタッと椅子から立ち上がりあからさまに驚いたような雰囲気を作る。


「えっ、もしかして気付かなかったんですか先輩! 日本の総理大臣の顔を!? 日本国民であるにもかかわらず!?」


「ぐっ」


「いやいやまさかそんな! 仮にも高校二年生にもなって……っ! 中学生や小学生ならともかくとしてそんなことがあり得るんですか?! 常識の部類ですよ!?」


「ぬっ」


「初の最年少女性総理大臣ってことであれだけニュースで取り上げられてたのに!? あり得なーい! もしかしてニュースとか見ない人ですか!? 別にニュースを見ている人は偉いとは言いませんが社会の出来事から切り離されてしまうので注意した方がいいですよ~?」


「………」


「誰もが知っていることを知らないことって恥ずかしいですからね。常識というのは常にアップデートが必要なのです。そうでないとこのような事態に――」


「よし黙れ」


 尊は凄くイラッとした。

 なのでこちらも立ち上がると問答無用で右手を伸ばし悠那の頭を掴むと――そのまま指に力を込める。


「あぃだだだだ~~っ!!?」


 調子に乗った哀れな後輩への罰だ。

 ちなみにやろうと思えばリンゴだろうが中身の入ったスチール缶だろうが、握り潰せる程度には今の尊の右腕には力がある。流石にそこまではやるつもりはないが。

 それはそれとしてギリギリと悠那の頭蓋骨越しに立場というものを痛みを持って教え込むとする。それも先輩としての役目であろう。


「す、すいませんってば~~っ!」


「調子に乗りやがって……」


「え、えへへ……ご、ごめんなさいって~~! あだだだっ!?」


「…………」


 割と強めにやっているはずで普通に痛みもあるはずなのだが何処かそれを受けている悠那の様子は嬉しそうである。


 ――……えっ、何こいつ……怖っ。


 尊は心の底から思った。

 思わず手を離してしまう。


「あいたた……もう、乱暴なんですからー」


 解放された頭を押さえながらそう抗議をしてくる悠那だが、やはりどこか楽し気というか若干笑顔なのがよくわからない。


「(コイツってやっぱり頭がおかしく……これまでの過去が過去だし)」


『(返答。可能性が無いとは言えないと肯定)』


 尊は極めて失礼な内容の会話を脳内でシリウスとひっそりと交わした。


「うるさい。図に乗ったお前が悪い」


「はーい。ごめんなさーい」


「……ったく」


 溜息をついて改めてパイプ椅子を引いて座り込むと尊は口を開いた。


「どこまで話をしたんだか……ああ、そうだった。それでまあ、昨日助けた相手が楠木マリアだったって話だ」


「あいてて。……へー、何というか本当にそんなこともあるもんなんですね。そうなると他の運転席と助手席に座っていた男の人って」


「まあ、SPかなんかだろ普通に考えて」


 あんなものを持っていたんだし、と尊は内心で独り言ちた。

 アルケオスのセンサーで捉えた彼らの懐にあるものはこの日本ではまず日常で見かけることのない物騒なものだった。なので昨晩の時点では裏社会に近い人間だと思っていたのだが……。


「悠那は楠木マリアについては詳しいのか?」


「まあ、詳しいって程では……。それこそ、テレビのニュースとかで流れてたのを見て知ってるぐらいです。でも、憧れちゃいますよねー。初の最年少女性総理……美人だし成功した大人の女性って感じで。歳だってそこまで離れてないけど別世界の人間って雰囲気で」


「美人……まあ、美人だよな。見てくれがいい」


「先輩、目つきがやらしい」


 悠那はジトっとした目で端末画面の中で動く楠木マリアの姿に目を落とした尊を睨んだ。

 アイドル総理などと言われるだけあってそこらの有名人では比較にならない程に容姿は整い、肉体だって非常に豊かだ。

 立場というものあって基本的に品を崩さないような服装ばかりだが、服の上からでもわかる女性的に柔らかさを印象与える身体つき。


 一つ言わせて貰うならば尊は健全な男子高校生である。


「こうして改めて見ると……うん」


「さいてー」


「まだ中学生から上がったばかりお前にだって未来はあるさ、気にするな」


「おい、先輩。私のどの部分を見て言った」


「いや、胸もくびれも尻も足りないからどの部分というのは特に……」


「張っ倒しますよ!?」


 ふしゃーと威嚇する猫のような声上げる悠那。

 女性に対してデリカシーが無いと詰られるも尊はどこ吹く風だ。


「母方の実家が名士の富豪で父親は大物政治家、有名大学を首席で卒業し政治家への道へ。あれよあれよという間に総理大臣にまで上り詰める……。美人で金も地位もあってしかも話に聞くと若い頃から篤志家として有名だったと」


「完璧すぎる人ですよね。なんですかコレ、同じ人間という生物でどうしてここまで差がある人生がなんでしょうか。憧れるし羨ましい……っ! 生まれ変わるなら楠木マリアさんになりたいです先輩」


「まあ、俺が助けなきゃ爆死してたけどな。そんな立場になりたいのかお前?」


「あー」


「というか考えるともうすぐ大厄災が起こるというタイミングで国のトップに居るのって、普通に罰ゲームだと思うんだけど」


「それはそう」


「大厄災が終わった後も状況は悪化の一歩だったからシリウスらが来たわけだし、未来軸における楠木マリアの状況なんて悲惨の一言でしかない気がするな」


「……やっぱり普通が一番ですね!」


「変わり身が早いなー。……まあ、悠那のこれまでが普通かはさておいて。そこのところはどうなんだシリウス。未来での楠木マリアの活動ってのは?」


『回答。情報データが存在しないため提示不可』


「えっ?」


「データが存在しない? どういうことだ?」


『詳細。正確を期して再回答。未来の歴史においてこの時代の五月五日を最後に楠木マリアの活動データは更新を終了。よって回答は不可能』


「それって……」



『回答。楠木マリアはその日に何者かによって暗殺され命を落とす。それが未来の歴史における記録された事実』



―――――――――――――――――――――――――


・シーン1

https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818023214246706598


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