第四話(2/2):狼煙
「何も起こらないならそれに越したことはないんだが……っ」
未来の超兵器であるスーツに身を包み、制限を解放された機動力は先ほどまでのものとは比べ物にならない。
ブースターによる補助もあり、天去の夜空を翔ける姿は正しく一筋の彗星に他ならない。
『補足。対象の車両をセンサーで捉えることに成功。スキャニングを開始……解析終了。照合した車種の車体データとの間に差異を確認』
「差異っ?!」
『回答。車体底に不自然な異物』
「っ……それって爆弾ってことか!?」
悠那の観たという予知の状況に車体底の不審物。
爆発物。それらの情報から尊の頭に不意に過ったのはそんな言葉だった。
――橋の上で爆発した光景を観たって話だが……事故の結果としてそうなったというならもっとハッキリと言うはず。爆発したした……としか言えなかったのは原因があくまで見ているだけの悠那にはわからなかったと考えれば……っ。
『不明。この距離では判別は不可能。そして――』
「わかってる! ああ、もう!」
加速した思考の中でシリウスとのやり取りを尊は苛立ちまじりに打ち切った。
確証があるわけではないが……得られるのを待っている余裕はない。
何せ既に件の車は橋へと差し掛かっていたのだ。
次の瞬間に予知された未来の通りになってもおかしくはない。
躊躇して手遅れになっては目も当てられない。
――ええい、ここまで来たんだ! 勢いでやってしまえ!
尊は腹を括った。
「車内に人は!?」
『報告。スキャニングの結果、運転席に一人。助手席に一人。後部座席に一人の計三名を確認』
「三人……なら、いけるか!」
意を決して急加速を行った。
その身に纏う蒼き燐光が一際に瞬き、地に堕ちる流星のように走行途中の車へ目掛け突進。
車の速度をあっさりと凌駕し追いついた尊はそのままの勢いで斜め上から天井を突き破るように車内へと突入した。
「……ゃ……!?」
「っ、……な……が……!!」
不意の出来事に車内に居た人間から悲鳴とも怒声とも取れる声が複数上がった気がした。
突然の事態に脳の理解が追いつかなかったのだろう目を白黒させている後部座席の女性に助手席の男性。そして運転手はわけもわからずにかかった衝撃によって乱れそうになった車をとにかく慌てて制御しようと必死な様子。
それらが引き延ばされた知覚の中で捉えることができた。
「シリウス、車の制御を……」
『了解。自動運転補助システムの制御を奪取。制御下に置くことに成功。車を停止させ三人を物理的な手段をもって遠ざければ――報告。車両底に熱量の増大を感知』
「っ、間に合わなかったか!? シリウスはそのまま車を橋の下へ!」
手頃に居た後部座席に居た女性の首根っこを片手で掴み。そして前の席に居る助手席、そして運転席にいた男性をアルケオスの首から発生しているマフラーのような布状の物質で絡めとる。
そして、驚異的な力で引き寄せ一ヶ所に強引に固める。
「――我は掲げる。破邪の盾を。」
防護膜を球体状に発生させ包み込んだと同時に――爆発。
巻き起こる車の底からの衝撃と熱などを一切無視して、尊は全身の力を推力へと変えガソリンに引火し盛大に車全体が爆炎に包まれる中を貫いて夜空へと飛び上がった。
「全く……やれやれだ」
跳躍して辿り着いたのは八沼川の下流の河川敷。
上流の方を見ればつい十数秒前までいた橋が肉眼で遠目にだが見えるほどの距離だ。夜更けの闇の中に橋に備えられている夜間用のライトとは違う揺らめく光が目に飛び込んでくる。
「……アレって大丈夫なのか?」
『回答。車自体は脱出前にユーザーの指示により進路を変更していたが功を奏したのか、車体底からの爆発により吹き飛び河の中へと沈没。現状、橋の上で燃えているのは爆発時に散乱した一部の部品、もしくガソリンやオイルなどでいずれ消化されると推測』
「あー、みたいだな」
アルケオスの高精度カメラで確認すれば恐らくずっと後方に居た車だろう。
その運転手らしき男が車を降りて何事か通信端末を片手に声を荒らげている様子が見えた。
目の前で唐突に起きた出来事に色々と動揺しているようだ。
さもありなん。
「それにしても爆発……爆発ねぇ。やっぱり爆弾だったってことか?」
『推測。実物を調べることが叶わなかったため、確実性には欠けますが爆発時の飛沫物解析からC4爆弾だと仮定』
「C4爆弾ねぇ。本当に爆弾とは……今月に入っていいことない、本当に」
どうにも気の萎えるような事実を知って尊は世を儚んだ。
――おかしい、世の中というのはこんなに物騒なものなのだろうか? 二週間前に始まった一連の事件だけでも大概のはずなんだが……。
それなのに何故、月も変わってないのに爆弾テロなんて事件が起こるのか。
尊にはさっぱりとわからない。
「とにかく、アンタら一体何者――って、ん?」
まあ、ともかく。
助けられたわけだし、距離はそこまで離れてないとはいえ周囲の目は未だに一部が燃えている橋に引き付けられている。
だからふと疑問に思って話しかけたのだが……そこで違和感。
尊は誰も答えないことに気付く。
正確に言えば――答える状態ではなかった。
というのが正解であろう。
有体に言うのであれば三人は三人とも気を失っていた。
「どうりで静かだと……えっ、死んでないだろうな」
『診断。身体に目立った外傷は無し。突如の出来事への精神的混乱と不意のユーザーによる急加速に耐え切れず軽度の失神を起こしたものと報告』
「ああ、なるほど。気構え無しでジェットコースターに乗せられたようなものか……」
よくよく考えればあの程度の爆発ならば防護膜で十分耐えきれたのだからあそこまで急加速する必要もなかった。
少し悪いことをしたかなと思わなくもなかったが、あのままでは十中八九死んでいたのだから礼を言われることあっても責められる謂れもないだろうと尊は切り替えた。
「大丈夫なのか?」
『回答。一時的なものであり自然に意識は取り戻すと予測』
「それなら……まあ、いいか」
ドサリと抱えていた三人を地面へ転がした。
運転手と助手席に居た成人男性が二人に後部座席に居た成人女性一人。
男性の方はどちらも似通った黒いスーツに身を包み、両者はガッチリとした筋肉質な体格していた。恐らくはボディーガードのようなものだろうと尊は推察している。
――運転手の方はそれどころじゃなかっただろうが助手席に座ってた男は咄嗟とはいえ懐に手を入れていた。あの状況であんな行動が出来るってことは……。
アルケオスのセンサーは二人の男の懐の膨らみ、その服の中にあるものを当然のように認識した。
そんなものを携帯できるとなるとその警護の対象であるだろう女性の身分の高さも容易に想像が出来る。
「……ん?」
そんなことを考えながら女性の方に何気なく目をやっているとふと引っかかった。
女性は思った以上に若かった。
成人はしているのだろうが恐らく年齢は二十代前半。
どこか幼さの残った愛らしさのある美貌。そして、薄く赤みがかった長髪が特徴的だ。
「どこかで――」
女性の顔に見覚えがあったような気がして尊は記憶を掘り起こそうとするが、
『提言。残り制限時間が六十秒を切ったことを警告』
そんなシリウスの注意に我に返った。
「――っと、そうだったな」
半ば同一化した未来の兵器であるアルケオスの力。
その力は強大であれど現状制限があり、まともに完全に開放して使える時間は百八十秒――およそ三分間が限界だ。
これを超えるのはよろしくない。とてもよろしくない。
「……気絶してくれたのはある意味良かったと考えるべきか。意識があったら面倒だったがこのまま去ってしまえば……うん。一度、命を救ってやっただけありがたい話だよな」
気になることが無いといえば嘘になる。
だが、どう考えても厄介事でしかなさそうな事件に、これ以上はごめん被ると尊は深く考えないようにした。
「よし、さっさと退散するぞ」
『了解』
――万が一にも変身を解くところを見られても困る。さっきの爆発音のせいでパトカーが集まってきているみたいだし……離れた場所で戻るとするか。
尊は夜空へと飛び上がった。
「こんな様じゃ、もう今夜は警察署に侵入なんて出来ないだろうし諦めて帰るか……。あっ、悠那の奴も回収しなきゃ」
放っておいて連絡だけして帰ってもいい気はしたが文句の一つでも言ってやろうと尊は思って進路を取った。
いや、悠那が悪いわけではないというのは知ってはいるのだが何となくだ。
「せ、先輩!! なんでいきなり無言で殴るんですか!?」
「いや、流石に八つ当たりかなと思って戻る最中で改めたが、なんかキラキラとヒーローショーを見る子供みたいな目をされて……つい。イラッとして?」
「酷い!?」
―――――――――――――――――――――――――
・シーン1
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818023213901251219
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます