第四話(1/2):狼煙


 深夜の街。

 月明かりも雲に隠れた夜空を尊は駆け抜けていく。


 アルケオスの力を一部解放することによって得られた身体能力の増幅。

 それを使って建物の屋根、壁面を足場にしてまるで飛蝗のように次々に飛び移っているのだ。

 内蔵された多様なセンサーはその移動を補佐するよう周囲の状況をリアルタイムで教えてくれる。

 故に闇の暗さなどなんの障害にもならない。


「全く……くそっ」


 ただ尊は高速で街の空を駆けていた。

 悠那の連絡にあった……黒塗りの高級車とやらを追って。


『疑問。この行動の意味』


「あー、うー……俺にもわからん!」


 パニックになっている悠那の話を落ち着かせて内容を何とか理解した尊だが……気付けば今に至っていた。


『未達成。ミッション内容におけるデータの吸い上げの進捗状況はおよそ87.25%。まだ予定の12.75%が未完了』


「……わかってる。その中に良いものがあると願おう」


『再度。疑問を提示。巫城悠那の異能保有は事実。である以上、嘘でないのであればその車は予知の通りに事故もしくは事件によって爆発する結果になる。その可能性は高い』


「…………」


『確認。だが、それは任務には関係ない。使命にも関係ない。そして、ユーザー個人にも関係のある相手ではないこと』


「………………」


『疑問。行動の理由』


「………………わからん!」


 尊はシリウスの問いにそう答えた。


 ――全く……なんで俺はこんなことを。無視していればいいはずなのに。力を手に入れて正義感にでも目覚めたのか? 馬鹿らしい。


 内心で吐き捨てた。

 質問されたところで尊としては咄嗟に動いた結果としか言えない。

 自身の行動を上手く説明できないのだ。

 本当に柄ではないと思っているのだが……。


「……ええい、とにかくやっちまったもんは仕方ない! さっさと悠那の言っていた車とやらを捕捉!」


『了解。ユーザーの主人公ポイント。ヒーローポイントを増加』


「何なのそのポイント!? 何を評価して勝手に貯めてるの!?」


『追加。さらにツンデレポイントも増加』


「いや、誰がツンデレだ!? マジで何を勝手に測定してるんだ!?」


『告白。ユーザーの正義のヒーローな主人公力に感銘』


「やめろ、やめろ! ヒーローは別に構わん! カッコいいからな! でも、枕詞の「正義の」はやめろっ!」


『納得。ああ、失礼。ユーザーの趣味は誰にも知られずに夜の街を行くダークヒーロー系が好きでした』


「おい、俺の好みをさらに細分化して分析しようとするんじゃない。そして、ダークヒーローは好きだけそうじゃなくて……あー。もう知らん!」


 尊は振り払うかのように速度を上げた。


 ――どのみち、飛び出した後で今更戻るというのも格好も悪いし……。


『報告。巫城悠那からの情報を統合。並びに近隣のエリアの防犯監視システムに介入した結果、当該車両と思われると車両を確認』


「位置は!?」


『補足。対象は南下中』


「悠那が言うには橋上での話ということだが……」


『回答。天去中央警察署を中心とした近辺において、巫城悠那の報告にあるような大型の橋は一つのみ』


「八沼川か……っ!」


 八沼川。

 天去市を縦に分断するように流れ海へと繋がる河川。

 悠那の言っていたような大きさの橋と言えば近隣ではそれしか存在はしない。

 予知が正しければ起こるのはでしかあり得ないはずだ。


「っ、間に合うか?!」


『報告。対象は目的の橋に接近中……移動速度から測定。橋に到達するまでの残り時間は――』


「……っ!!」


 シリウスの回答を聞き、尊はこのままの速度では間に合わないことに舌打ちを一つ。

 一際深く踏み込み、名も知れぬ建物に足跡を刻み込み――そして静かに唱える。



「――起動承認」


『拝領。完全駆動フルドライヴに移行』



 変化は一瞬の内に。

 燐光が尊の全身を覆ったかと思うと次の瞬間に黒き機械仕掛けの騎士の如き姿……アルケオス零号機の姿へと転じる。



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