第三話(1/2):吉凶


「うーん」


 天去市中央警察署の敷地の外。

 その裏手の向かい側にある小さな公園の中で悠那は唸り声を上げていた。


「ぁあああぁ……っ」


 時間も時間であり見つかると職質からの補導は間違いないので一応は人目を気にした状態で……だが。


「……うぁああ! だ、ダメだぁああ」


 念じるように瞑っていた目を見開き、悠那はそう不意に声を上げたかと今まで弾いていた十円玉を懐にしまうとそのまま脱力。

 手に持っていた眠気覚まし用に自販機で購入したコーヒーを一口飲むと大きな溜息をついた。


「このままじゃ、ダメなんだけどなぁ」


 悠那には最近悩みがあった。

 いや、これまでの人生は常に悩みと共にあったようなもの……そう言った意味では変わらないと言えばそうなのだが今までとは少しだけその方向性は違っていた。


「はあ……」


 悩みとは滅びの未来を変えること。そして世界を救うという使命……についてでは無い。

 無論、それについて軽んじているわけではないが悠那にとって一番大事なことと言えば――


「……役に立ちたいなぁ」


 その一言に尽きた。

 悠那にとって今という時間は望外の奇跡に等しい。


 ――あの日、私は死んでいたはずだった。


 それは確信。


 巫城悠那という人間はどうあがいても|そう(・・)なるはずだった。


 異能という力によって異なった観測視点を持っていた悠那だからこその――|絶対(・・)。

 だからこその絶望。


 だが、それは……覆った。覆ってしまった。


 諦観の海に沈み、望むことを諦めた未来の世界に悠那は居る。


 ――先輩もシリウスも本質的にはきっと理解できないんだろうな。このいきなり世界がひっくり返ったかのような私の喜びを……。


 実はこれが都合のいい夢で、目覚めると四月十一日の朝に戻っているのではないかと夜に眠りにつく際に何度も悠那は思ったものだ。


 ――詳しい理由はわからない。けど、未来は変わって……私はここに居る。


 自身の力だけではどうあがいても変えられなかった未来。

 それが何故変化したのか……それは悠那には分かっていない。

 だが、確かなことはある。


 それはあの日、巫城悠那は緋色尊に救われた。


 それだけは間違いない事実。

 難しいことは一先ず置いておくにしても、


 ――それでいいのだ。


 と心の底から悠那は信じている。

 だからこそ、恩返しを……と奮起したのはいいものの。


「……完全に空回ってる。はあ、なんでついて来ちゃったかなー。何が出来るわけでもないのに完全に迷惑なやつじゃん、私」


 人間やる気だけでなんでも上手くいくものじゃない、というのを悠那は身を以て最近体感していた。


「どうせ老い先の無い人生だと惰性で生きてきた報いなのかなー。もうちょっと……何かこれならという特技か何かあれば別だったんだろうけど。具体的に恩返しをしようと思っても何をやればいいのかわからない……」


 非行にこそ走ってはなかったが不真面目ではあった。

 排他的とまではいかなかったが対人関係においては壁を作っていた今までであった。

 その結果、悠那の社会性の経験蓄積が驚くほど少なく、それは自身でも驚くほどのコミュニケーション能力を劣化へと繋がっていたことを最近になって気づいた。


「なんだよ部室でのあのテンション……私ってあんな感じだったっけ? とりあえず、無理してテンションを上げてる感じ……キツイ。昔はもっと上手く人と会話を出来てたはず。……出来てたよね? よね? あれ、どうだったっけ……」


 過去の記憶を疑い始める程度に悠那は堪えていたのだ。


「はあ……。そもそもお役に立とうにも先輩たちが優秀過ぎるのがいけないんですよ。変身するしこの情報化社会じゃ色々と便利過ぎるシリウスも居るし……。こっちはただの女の子なんですよー?」


 冷静に考えて能力という一点を見て役に立てる要素がない。

 実際に彼らだけであっさりと警察署へと侵入できている手腕を見ればそれは否定の余地はない。

 悠那とて制服が可愛いから来てみたいという理由だけでそれなりの進学校である伏見高等学院に入学した身だ。

 世間的に見ればそれなりに優秀な部類だろう。

 なにせモチベーションの低かった時の結果だ、真面目に取り組めるようになった今ならばもっと成長できる余地だってあるはず。


 とはいえ、それはあくまでも一般的なレベルの優秀さというものであって……。


「世界を救うなんて大それた目的じゃ……多少の頭の良さとか運動神経の良さとかあまり意味ないよねー」


 頑張ればそれなりに向上するだろうがそれは誤差の範囲だろう。

 なにせ尊は十階建ての建物を外側から登って屋上までに辿り着くし、知識や考え事に関しては未来の高性能AIが居れば大抵のことはカバーが出来る。

 比較対象が酷過ぎる気もするが事実として悠那の単純な能力では足手まといでしかない。


 そうなると……残された手段はただ一つ。


「正直、嫌いだしそもそもの不幸の根本的な原因だけど……今はこれに頼るしかない」


 悠那の持つ星詠みの未来を垣間見る力。

 それならば何かしらの役に立てる可能性はあるはずだ。


 だからこそ色々と複雑な気持ちはあるものの、ここ最近は意識してその異能の力を掌握するための練習をやっているのだが……。


「――頼るしかないんだけど……ダメだぁ。全然、上手くいかない」


 正直なところあまり進展があったとはいえない。

 一応、こっそりとシリウスに相談を行って知見を貸してもらい多少は自身の異能への理解については進んだとは思う。

 少なくとも何もかもが手探りだった時に比べれば似たような力を持っていた異能者の記録等々は参考にはなった。


 だが、この力の種類というものが悠那の主観に依るものが大きい能力というのが厄介なところだ。

 火島のような客観的に観測できる異能ならば近い異能の持ち主の記録と比較することで自身の異能についての理解を深める……等々が出来たのだろうが悠那の系統ではそれも難しい。


「あくまでも観えるだけだからなぁ。それに観た世界を完全に言語化出来るわけでも無いし……」


 可能性の世界を垣間見る力……という非常に漠然としている能力なのも曖昧でいまいち捉えどころが無い理由の一つなのだろう。

 あくまでも好きな世界を覗ける力では無いというのがシリウスの結論だ。


 単純に認識できる世界の情報処理にも限界は存在するという推論から取捨選択など出来るはずも無いと分析したらしい。

 まあ、そんなことが出来るなら必死で頑張った過去はどうなるのかという話でそれは悠那にとって納得できる話だった。


「私の能力はあくまで可能性の世界を観測できるだけ……。傾向として死などの不幸な世界を観測しやすかったのは生物としての本能が無意識化で働いていた可能性、か」


 死というのは生物にとって最も忌避するべきもの。


 人間だけでなく生きとし生けるものならばどんなもので備わっているであろう生存のために危険を察知するための本能。

 危険を回避するためには危険を識ることが必要、それは確かにその通りではあるのだろうが……。


「だからって、そういうものに敏感になって観測して結果的に精神的に死にかけてたら本末転倒だよねー」


 心底に思うが難儀な力だ。

 観るだけの力。

 選択できるだけではなく、傾向として不運な世界を無意識に抽出しやすい。

 まとめるとしたらこんな感じだろうか。


 ――火島みたいなわかりやすい異能の方が良かったな。ほんと……。


 今のところ条件を限定することで観測する世界を制限すれば、目的に沿って使えるようにならないかと練習中だが進捗の方はあまりよろしくはない。

 一応、裏技としてあの日のようにそれこそ片っ端から観測して望む世界を見つける方法もある。


 あるのだが……。


「病院でシリウスが教えてくれたんだよね。検査情報から脳へのダメージが……って」


 あれはそれほどに無理のある行為だったらしい。

 確かに冷静になって考えるとあんな無茶な使い方をしたの初めてだ。

 使い終わった直後なんて頭はガンガンと響いてロクに動けないし、鼻から何からダラダラと血が溢れてるしで酷いなんてものじゃなかった。相当に負荷がかかったのだろう。

 それでも途中で辞めずにやり切ったのは一時的に感情が振り切れていたからこその火事場の何とやらの力のお陰だ。


 ――私って案外根性あったんだなー。


 そう思うと少しだけ自分のことが好きになれた気もする。


 とはいえ、それほど危ないとなるとおいそれと使うことは出来ない。

 シリウス曰く、廃人化する可能性が高いとのことだ。流石にそれは勘弁して欲しい。

 尊の言うように問題を全部解決した後で平穏な人生に戻るというのが悠那の目標でもあるのだ。

 だからこそ、そんな自爆染みた使い方ではなくどうにか自身の異能を掌握して使えるように苦心している。


「でも……上手くいかない。やっぱり私なんかじゃ――」


 そんな言葉が口から零れだしそうになりかけて、ハッとした悠那は気を取り直すように自身の頬を叩いた。


「ネガティブ禁止! そういうのはもう卒業! 私は変わるって決めたんだ! 心にはいつでもポジティブハート! よーし、もう一回チャレンジ!」



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