第二話(1/2):天去市中央警察署


 天去市中央警察署。

 大都市化計画によって拡大する天去市全域の治安維持の要として、中央区に建設された十階建ての高層物。

 日夜、この天去市の治安を守るために建物から明かりが消えることはないがここ数日は不夜城も斯くやと言わんばかりの様相と聞く。


「この四月だけでも怪事件が連続して発生。そして福音事件での広域での電子システム障害によるトラブル……なるほど、こうにもなるか」


「完全に他人事ですね、先輩」


「可哀想だなとは思ってる。どうしたって解決できなくて徒労になるとわかってるわけだしな……。とはいえ、俺って基本的には被害者だし」


 時間にして午後十一時。

 春とはいえ夜の冷えた風が吹き抜けるのを感じながら尊は答えた。


 ――とりあえず、ご愁傷様です。


 また一台のパトカーが警察署の敷地から出ていくのを見下ろし・・・・ながら尊は心の中でそう静かに呟いた。


「っていうか本当について来なくてよかったのに……」


 周囲には誰もおらず、また何か通信機器を所持しているわけでもない。

 第三者が居ればただの独り言のように見える光景だが尊は確かに会話を行っていた。


「いやいや! 私と先輩の未来同盟部じゃないですか。その記念すべき一回目の活動ですよ!? それなのに普通に解散させて帰そうとしないでください!」


「えっ、だって……居たところで何か出来るか? 居るだけ邪魔だし」


「言葉に気をつけろぉ! ストレート過ぎますよ!」


「元々今日辺りにしようかなとは考えてたんだよ。それなのにどっかの誰かが部室で創設祝いと快気祝いやりたいって言うから……」


「うごっ」


「しょうがないから付き合って後で行こうって決めたけど、黙って行って後でバレたら面倒かなって……。一応、伝えるだけ伝えとこうかなって教えたらなんでついてくるかねぁ」


「ううっ、だってぇ」


「とりあえず一仕事を終えるまでそこで大人しく待ってろよ。あと職質にかからないようにな。あと肉まんかっててね」


「……はーい。先輩もくれぐれも気をつけてくださいね」


「最悪の場合、強引に振り切って逃げる。だから大丈夫だ、もしもの時のことを考えて準備したし問題ない」


「警察署に侵入するっていうのに気楽ですね……。まあ、対策の方は確かに効果はあるんでしょうけど……それって完全に不審人物スタイルですよ? 大丈夫ですか?」


「どういう意味で聞いてる? ほっとけっての」


 尊はそう言って脳内……というより内部のアルケオスを介して行っていた通信を切った。

 通信先は敷地の外で待機している悠那の持つ携帯情報端末だ。


「端末を持つまでもなく通信して会話をする……便利だけど慣れていく自分が怖いな」


 本当のことを言えば口に出す必要も無い。

 だが、脳内だけで会話を完結するより口に出していた方が会話はやりやすいのだ。

 無論、傍から見れば独り言を喋っている光景にしか見えないので人の目がある場所では注意が必要だがここは警察署の屋上。地上から三十メートルも離れた高さにある。

 時間も相まって人など居るはずもなく、故に尊は安心して悠那と雑談をしていた。


「シリウス、行けそうか?」


『回答。問題無し――開錠』


 電子音と共に建物内へと繋がる扉のロックは解除された。

 どちらかと言えば自由に屋上に出られないようにするためのロックであり、飛び上がって屋上まで登って侵入を試みる相手など考慮していないためかあっさりとしたものだ。


「仮にも警察署のセキュリティをこうも……。やはりこの時代の電子的なセキュリティはシリウスの相手ではないか」


『肯定。二十年近くも旧式のシステムなど障害とはなり得ないとユーザーにシリウスの性能を報告』


「それは頼もしい」


『指示。ユーザー次の角を左へ。その先に扉が存在。機器に右手を翳すように推奨。開錠を実行』


 どこからか既に建物内の構造データを入手し把握しているシリウスの案内に従って歩いていく尊。

 流石に真新しい警察署内部というだけあって、建物内にもセキュリティとして監視カメラや電子的な施錠などしっかりとしているがその全ては無意味であった。

 監視カメラは最初の一台を見つけた時点でそこから辿るようにシステムを掌握され、尊たちが通った瞬間を無人の映像と差し替えて記録。


 そして電子錠の扉に至っては――


『開錠』


「……電子的な施錠だけってのも問題があるもんだ」


『評価。シリウスの性能を改める気に?』


「何を言ってる。俺はお前の力を最初っから信じてる」


 尊の瞳だけ映る、淡く溶けていきそうな姿で舞うシリウスにそう答えた。

 何処か笑った気もしたが、次の瞬間には、


 ピピッ。


 という音を立ててあっさりとロックは解除された。


 恐らくは何かしら電子的なチップか何かを読み取る機械なのだろう、扉に付けられたその機器を尊が右手で撫でるように翳すと数秒も経たずにシリウスによって制御システムを奪ったためだ。

 当たり前のように開いていく扉を見ながら電子化というものに一抹の不安を覚えた。


 ――物理的な施錠ってのも大事なんだな。だったらここまで簡単じゃなかっただろうに……いや、シリウスが例外的過ぎるんだろうけど。


 侵入者側として順調すぎることに余計なお世話であろうことを考える余裕が出来ていた。

 悠那が言っているほど別に軽く考えて尊は実行したわけではなかったのだが……。


 ――こいつは必要なかったかな? いや、まあ何が起こるかはわからんしこのままにしておくか。


 そう考えながら尊は頭部に展開しているアルケオスの漆黒のヘルムを軽く手で撫でた。

 警察署に無断で侵入して機密捜査情報を奪取するといういったいどれだけの法令に喧嘩を売っているのかわからない行為。

 そのため、何らかの対策が一応は必要だった。

 最悪、何かのアクシデントが起こったとしても力を使えばどんな状況でも逃走することは可能。

 その考えから顔だけ隠して見られなければ何とかなるだろうという結論に至り、頭部のみを展開して尊は被ることにしたのだ。


 とはいえ、これ形だけを模したもので強度は精々強化プラスチック程度の仮面だが……


 ――服装自体は動きやすさ重視であまり目立たない特徴の無い服だけど、どこかサイバー色の強いデザインのヘルムを被って警察署内を勝手に歩き回る男……。客観的に考えるとただの不審者という単語で少し足りないレベルで不審な存在だ。悠那の評価は正しい。


 とはいえ、見られなければ何も問題にはならない。

 そう結論づけて気にしない。

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