第一話(3/3):未来同盟部

 映し出されたのはシリウスがこれまでに収集したデータだ。


『――火島那蛇。性別は男。年齢は二十七歳。計十二名の被害者を出した連続少女猟奇殺人犯として逮捕。裁判によって刑も確定し刑務所へ移送される予定。ですが、その移送中に突如暴れ出し脱走した模様』


「そして、この天去市に流れ着いた……と」


「凶悪な事件の犯罪者なんですね。いやまあ、あの様子だと納得しかないか……けど、そんな危ない犯罪者が逃げ出したなんて結構な事件だと思うんですけど朝のニュースとかでありましたっけ? 見た記憶が無いような」


『検索。確認の結果、火島那蛇の脱走について取り扱った番組あるいは紙面などは存在しない。何らかの規制或いは操作が行われていた可能性大』


「まあ、普通に考えて不祥事だからな。重犯罪者の脱走なんて……」


 もみ消そうと考えてもおかしくはない。


「私そのお陰で死にかけたんですけど」


「俺なんか殆ど死んだようなもんだぞ」


『発言。両者が死にかかってくれなければシリウスとアルケオスは損傷でそのまま機能していた可能性は非常に高かったと分析。故にシリウス的には助かりました』


「「おいこら」」


 閑話休題。


「まあ、ともかく火島は刑務所にぶち込まれる最中に逃げ出してこの街に潜伏。そして異能を使って連続で事件を起こしてやりたい放題をやったわけだ」


「連続放火から始まって公園を吹き飛ばして最後に街ごと炎上させようとしたり確かにやりたい放題でしたね。最終的には怪物みたいな姿になって……」


 ぶるりっと言いながら悠那は身を震わせた。

 あの恐ろしい異形の姿を思い出したからだろう。気分を切り替えるようにスナック菓子を口にほおばる姿を見ながら尊は淡々と自身の考えを口にした。


「そうだ。火島には気になる箇所が何点かある。まず一つ目、火島はいつから異能を使えたのか? そこまで会話したわけでもないし火島の人間性を熟知したとは言えないが……。これまでの行動や直接相対時の態度から、火島は異能の行使にそこまで慎重だったとは思えない。むしろ、誇示するように積極的に使用していた」


「それは確かに」


「そうなると大人しく警察に捕まっていたってのが気になる」


「確かにあの性格だと普通に使って派手に逃げ出している気もします」


「だろ?」


 二人の知る火島という男の印象は一言で表すなら破綻者だ。

 目的のためなら手段を選ばないというタイプ。

 でなければ街ごと燃やしてやろうなんて行動は取ろうとはしないだろう。

 だが、そうなると判決が出るまでは大人しく捕まっていたのがどうにも腑に落ちない。


「それに二つ目はあの化物みたいな姿への変化……」


『名称。カテゴリーコード「禍」』


「禍……」


「未来で観測された災害。その肉体が高密度のCケィオスで構成されていること以外不明の謎の破壊と暴威をまき散らす魔物モンスター……か」


『肯定。正体も発生理由も不明な災害事象という区分で分類。でしたが――』


「こういうのを瓢箪から駒とでもいうのか? ひょっこりとその謎の一部を解く鍵になりそうな出来事が目の前で起こった……」


 正体不明とされている白い災厄。

 だが、この場に居る誰もがソレへと変化していく男の姿を見た。


「火島はその禍という存在へと俺たちの目の前で変わっていた。それはつまり……」


「い、異能者は最終的にあんな化物になるってことですか? なんか白いのがドロドロ至るとこから出てきて……」


「……悠那。お前、火島のヤツみたいに実は気付かないうちに一部が白く覆われたり――」


「や、やめてくださいよぉ!」


「す、すまん」


 ちょっとした冗談のつもりだったが思った以上に怯えられ尊は謝罪を行った。


「シリウスはどう考える?」


『回答。火島那蛇が禍へと転じた現象……異能者と禍はどちらもCケィオスが関わっている存在、故にその関連性について否定するほどのデータはない。だがその場合、禍の記録実数と未来における異能者の数の差について疑問点』


「未来にはそれこそ異能者が多くいるんだったか……。それなら確かに異能者が禍へと変化するにしても三例ってのは……少ないな。もっと多く居てもおかしくないはず」


「それは……そうですね」


「よっぽど希少なのか。あるいは別の要因が関係している……か。そうなるとやはり気になるのは三つ目の――」


 話にあわせるようにシリウスは映像を切り替えた。

 映し出されたのは尊と悠那が最後に火島と会った例の日、そして白き化物へと成り果てる丁度その前の瞬間の映像だ。


 声にならない絶叫を上げながら自身に何かを注射器で打ち込む火島の姿がそこにあった。


「……この後、火島はあんな変な姿になっちゃったんですよね。何かの薬かなんかなんでしょうか? 青っぽくて身体に悪そう。わかります?」


「知るわけがないだろ。シリウス……何か分かったか?」


『不明。火島那蛇が使用した注射器は消失。映像データのみでは判断は不可能。観測データより使用後の急激な対象の変化を確認。薬品と思しき液体がその後の変化に影響を与えたのは明らかと推測』


「けど、それ以上の情報は無し……か。異能者を化け物に変える薬か」


「あれ? でも火島ってあの時に注射を打つ前から白いの出てませんでしたっけ?」


『肯定』


「そう言えばそうだな。それに確か他にも色々とおかしかったんだっけ……火島は」


 細かいところで言えば反応速度や怪我の回復速度等々、火炎の異能力者では説明のつかない事柄も起きていたことを尊は思い出した。


「うーん、あの液体が肉体に何らかの変化を起こすものだとしてあの注射が初めてじゃなかったとか? 石油コンビナートで会った時には既にああだったし……もしかしたら複数使用したからあんな変化が発生した……とか? 注射器は複数? というかそもそも……逃亡中の火島がそんな薬剤の入った注射器なんてのを持っていたんでしょう?」


 次から次へと湧いて出てくる疑問を悠那は口に出すが尊は答えることが出来ない。


 ――わかってないことばかりだ。


「わからん。本当にわからん。……俺はあまり頭を使うのは苦手なんだよ」


「そうですね。こう考えると色々と状況が激動過ぎたので仕方ないですけど」


「謎が多いんだよ」


 何故、脱走してから異能を使うようになったのか。

 何故、火島は禍に変化したのか。

 あの青色の薬剤のようなものの正体。

 そして、それを逃走中の身でどうやって手に入れたのか。


「軽く上げてもこれぐらいある。……シリウス、火島の事件後の足取りは?」


『回答。事件後、すぐに警察に身柄を拘束。そして三日後に東京の方に移送されたと確認』


「えっと……あの白い蜥蜴みたいな姿で?」


『否定。少なくとも拘束された際は火島であるとの認識の元で行われた模様』


「まあ、蜥蜴のまんまじゃ騒ぎの一つにでもなるか……。だったら人間の姿に戻ってたってことか? それにしてもアレで生きてたのか。いや、殺したかったわけじゃないが」


 それでも生死を問わない覚悟で尊は攻撃を行った。

 いや、正確に言えば問えるほどの余裕が無かったというのが正しい。

 だが……ともかく、そのこともあって火島が警察に捕まったという話を最初知った時は嘘か何かだろうと思ったものだ。


「それに関しては良かったじゃないですか。相手が猟奇殺人犯とは言え……」


「それはそうなんだが……」


 納得のいかない部分はある。

 だが、結果として肩の荷が下りたのは確かな事実だ。


「まっ、ともかくだ。火島については謎が多い。大厄災に繋がるかは確証はないが……禍なんて存在と繋がっていて全くの無関係というのも可能性としては薄いはず」


「きっと間違いないですよ! 手掛かりというやつです! フラグってやつです」


「おい、シリウスに影響されるなよ」


『発言。だが、こういう場合は別のイベントが発生するフラグでもあることを考慮。シリウスはユーザーに注意喚起』


「いや、それ発言自体がフラグだろうが!? やめろォ!」


「ふーらぐ! ふーらぐ!」


「そこ、連呼するな! っていうかなんだ、異能でなんかそういうのでも見えたか?」


「いえ、全然。ですが乙女の勘ってやつです!」


「……はっ。まあ、とにかく出来るだけ情報が欲しい。時間にどれだけ余裕があるかもわかんし――」


「おい、なんで鼻で笑った。言え」


「脱走して天去市に来るまでの足取り、事件直後の状況、現在の情報等知りたいことは多い」


「無視するな先輩……っ。というか調べものならシリウスに任せればいいのでは?」


「それなんだがなぁ」


『回答。流石に捜査機密情報となると外部からのアクセスは難しく、警察署内の独立した電子書庫やネットワークに保存。外部からの詳しい情報データの入手は非常に困難』


「なるほど……それはそうか。いくら未来のAIでセキュリティは抜けても繋がってないんじゃ……」


 その通り。

 故にだからこそ。



「――それはつまり内側からなら問題ないということだ」


「えっ……?」



 尊の言葉に疑問符を浮かべる悠那。

 それを無視して言葉を続ける。


「未来同盟第一回作戦会議……目的を火島那蛇に関する情報収集とする」


『選定。ミッション内容を提示。天去市中央警察署への侵入および機密捜査情報の奪取』




「よし……それで行こう」


「警察署へ侵入……?! いや、先輩それは流石にまずいんじゃ――っていうか何を準備して」


「悠那……時は金なりという言葉があるように時間というのは大切だ。俺だってこんなバカなことやりたくてやろうとしてるわけじゃないが……しなければならないというのなら仕方ない」


「嘘つけ! ちょっとワクワクしてる目ですよ、その目は!」


「ソンナコトハナイヨー。後……俺って面倒事はさっさと済ませるタイプなんだよね、夏休みの宿題とか最初の週で終わらせるし」


「いや、夏休みの宿題レベル程度の嫌なこと済ませていいもんじゃないと思いますけどね、警察署への侵入って……。えっ、ということはつまり――」




「ああ……だから、ちょっと行ってくる――今夜!」


「ええぇーっ!?」


『気炎。潜入ミッションだー』


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