第一話(1/3):未来同盟部


 四月三十日木曜日、放課後。

 伏見高等学院の敷地内の一画。

 まだ建てられて真新しい部室棟の一室で少女の声が響いた。


「それでは! えー、の創設と快気祝いを兼ねてー! 乾杯ー!」


「はい、乾杯」


「もう! 先輩! ノリが悪いですよー!」


「いや、お前が何だよ。そのテンション……はいはい、乾杯ー」


 灰色の髪の少女、巫城悠那の無言の視線に促されるように仕方なく緋色尊も応える。


 たが、どうにも不満が残る反応にならばと悠那は別の相手にターゲットを変えることにする。

 この部屋には二人の人間しかいない。

 だが、答えてくれる存在なら――まだ居るからだ。


「じゃあ、ほら……シリウス! 乾杯ー!」


 悠那は誰も居ない空間に話しかけた。

 あるのは一つの携帯情報端末機。


『疑問。必要性の提示』


 返事は返って来た。

 だが、それは端末の向こうから返ってきたものではないく端末のから返ってきたものであった。

 画面に電源が点り、真っ白な少女のアバターが浮かぶ。その表情はいつもながらに無表情ではあれどどこか困惑しているようにも見える。


「乾杯ー!」


『疑問。必要性のて――』


「乾杯ーー!」


『疑問。必要s――』


「乾杯ーーー!!」



『復唱。乾杯』



「よし!!」


「いや、負けるなよ」


 満足したかのように椅子へと座り直し紙コップの中のオレンジジュースを一息に飲み干した悠那に尊はそう突っ込んだ。


『回答。ユーザーがシリウスはこの度、感情の学習に成功』


「それは素晴らしい。で、その感情とやらは?」


『表現。めんどくせえ』


「お前、入院してから今日までの間で変な成長するしたなー」


『体感。この時代は情報に溢れていると実感』


「どうでもいい情報の方が大半だからな?」


 そんなくだらないやり取りをしている尊とシリウス。

 そんな様子などお構いなしに巫城の視線はテーブルの上に乱雑に集められた菓子らに釘付けである。


「ったく、巫城……お前なぁ」


「――


「いや、あの……」


「悠那です! いいですね、先輩!」


「あー、はいはい」


 ――全く懐かれたものだ。


 流石に自惚れではないとは尊も自覚している。

 それぐらいには積極的に絡んでくるのだ。

 病院で入院中の頃も悠那はこんな感じだった。

 尊……というよりアルケオスの術式の応用で早く治ったとはいえ、結構な怪我だったはずなのに元気なものだと感心する。


「身体の方は大丈夫なのか? 万全ですよ! 先輩のお陰で! というか怪我の具合なら先輩の方がよっぽど……」


「今の俺は色々と規格外だからなぁ……。あまり常識で考えても意味はない。まあ、元気って言うならそれに越したことはない」


「おや~? 心配してくれたんですか~? 可愛い後輩をー?」


「……可愛い後輩? どこに? ウザがらみしてくる後輩なら最近できたが……」


「っんだとこらー!!」


 悠那の叫び声が部屋の中に響いた。

 尊はそれを無視して開けられた袋の中からチップスの菓子をつまみながら思い返した。


 福音事件。

 そう巷で言われる謎の多い事件。

 その関係者……というより当事者として関わってやく十日の時間が過ぎた。

 尊と悠那はその間をそれなりに忙しく過ごしていた。病院の入退院に学校への復帰、そして例の部活動申請と学生としてやるべきことは多かったからだ。


 ――まあ、大抵はシリウスが誤魔化したが。


 今の世の中、大抵の場合は電子上のデータで処理が行われる。

 病院内のデータ改竄も部活動のための部室申請だって電子処理だ。

 そしてそれは二十年以上もの先の性能を持つシリウスにとってうまく調整することなどはそれこそ片手間でも出来ることだったとか。


 そのお陰でこんなにもあっさりとこの部室も得られたのだ。


「っていうか部員二人しか居ないのによく部活として認められましたね」


「あくまで今のところ仮って感じだな。ルールとして最低五人は必要らしいが……まあ、そこら辺はシリウスが上手くやったとか何とか。急な話だったしな、ある程度学校側も猶予を見てるってのもあるんだろう」


「なるほど……。そうすると何れは部員の勧誘も?」


「後々は考えなきゃいけないだろう。掛け持ちは有りらしいし幽霊部員なり何なり……まあ、最悪一年ほど誤魔化せればいい。別に本当にボランティアの部活動をやりたいわけではないし」


 そう……建前としてはボランティア活動の部活として建てられた「未来同盟部」。

 だが、その目的は別に存在する。


「ある意味、究極のボランティアみたいなもんですけどね。世界を救うなんて」


「やってられないよ……全く。なんで俺がそんなのしなくちゃならないんだか」


 それはこのままだと起こる予定の「大厄災」を契機とした滅びの未来を救うこと。

 この部はその使命を遂行するための拠点のようなものだ。


「期限はおよそ一年、か。まあ、これもあまり信用は出来ないんだが……」


 だからこそ一年、部は持てばいいだけなので尊はあまり深くは気には留めていない。

 使命と学校生活の両立を目指しての設立なので、最悪使命が終われば廃部になったって全然構わないのだ。

 とはいえ、こうして学校の敷地内で好きに菓子を持ち込んで食べるというのも中々に乙なものだと気に入ったところだが……。


 それはともかくとして。


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