第二章
プロローグ:特異第六課
天去市のあるビジネスホテルの一室。
少し前から寝泊りを続ける羽目になったその部屋で
「巷における通称「福音事件」と呼ばれる事件の捜査状況について……」
霧雨玲。二十二歳。階級は警部。
警視庁に近年に創設された特殊な部署、特異第六課に配属された若き才媛。
彼女はその怜悧な容貌に些かの疲れを滲ませながらもキーを叩いていた。
「結論として先に要点を纏めるならば、この天去市における一連の事件。連続放火事件に始まり、西ノ池消失事件、そして福音事件。それらは関連した事件であり、そして第六課が対応するべき
それは
彼らの数は少ないながらも存在は政府内でも認知され、だが現状ではその存在を公にすることも出来ず、かといって無視することも出来ない。
そのために発足されたのが特異第六課だ。
配属された彼女の仕事はただ一つ、現行において対処の難しい
「第六課における本事案についての初動は西ノ池消失事件発生の際、
この天去市に来ているのもその仕事のためだ。
強大な
「件の西ノ池消失事件における被害の推定から本事案における
そして、その中で最大の危険度とされているのが個人において国家に対する重大な犯罪をしうるだけの
カテゴリーAと判定される。
今までの比ではない力の可能性を秘めた犯罪者。
それを想定して万全の用意をしている矢先のことだった。
――福音事件と呼ばれる事件が発生したのは。
「福音事件の概要説明。四月十九日日曜日、夕方。天去市上空にて二つの飛翔物体が数分間に渡って戦闘らしきものをおこなったとされている。空に爆炎や煙、そして雷光のようなものが奔った等と証言は多数。同時刻、同場所において《
――カテゴリーAの危険度を持った
恐ろしい結論である。
カテゴリーAに指定された
それこそ検討されたのが今回で初めて……という事態。
一応区分としては作られてはいても実際に存在してはならない。
それがカテゴリーAという区分。
――単一で社会に重大な影響を起こし得る力を持った
それらが同時期に現れ、そしてぶつかり合った。
国家の安全を脅かす緊急事態と称するのも過言ではないだろう。
「……福音事件の影響は甚大であると言える。直接的な被害は少ないが、戦闘の余波と思しき電磁障害で一つの都市の機能が一時的にも麻痺、大規模の混乱を引き起こした」
これらの事態への対処に要した苦労は……思い出したくもない。
少なくも近郊から応援を集めまくっても手が足りず、天去市警察はあらゆる処理を不眠不休でやる羽目になったという事実だけ述べよう。
「二つのカテゴリーAの
で、あるがその危険性だけは間違いない。
たった数分。それも可能な限り被害が起きないように空中でのものだったとして、それでもこれほどの被害が余波だけで起きたの。
もっと長い間、戦闘が続いていたら。或いは両者が戦闘中に使用していた
特に最後に放たれた雷光と思しきもの。
アレはダメだ。
本部によればあれが地上で炸裂していた場合、一つの街が消えてなくなっていただろうという計算だ。
そんなものを個人で使用可能。
どう考えても看過できない事態だ。
「……とはいえ、情報が少な過ぎる」
玲は諦めたようにキーボードから手を離した。
どうせ何もわからなかったと昨日と同じ結論を書くしかないのだから。どうに続きを書くにはなれなかった。
頭を切り替えるように机の側に置かれた飲みかけのブラックコーヒーを一気に飲み下した。
「電磁パルスの影響か当時の電子記録や映像データなどには不具合が発生。碌なデータが残っていない。一応、依頼には出したとはいえ復旧できる目途は無し。そうなる証言が頼りだが事件自体は短い時間で終わっている。正直、目新しい情報はない。手がかりがあるとすれば何とか手に入れたこの写真と――」
玲はテーブルの上に散らばった一枚の写真に眼を落とした。
今どきのデジカメや電子端末で撮ってプリントした写真ではない。
所謂、ポラロイドカメラと呼ばれるカメラで撮られた写真だ。
当時、ある路線でお目当ての列車を待って撮り鉄と呼ばれる人種が偶然に撮っていた写真だ。
当然、画質はそこまでよくはなく。ピントもあっていない。
だが確かに空に浮かぶ二つの飛翔物体。白いものと黒いものの存在を写していた。
「あとは――」
ガチャリ。
と扉の開く音が響き、一人の少女が入って来た。
不法侵入者ではない。玲の部下であり、そして今は同居人である星弓飛鳥という少女である。
彼女はその特徴であるポニーテールを揺らしながら疲れたように部屋に入って来た。
「ただいまー。あー、疲れたー。東京まで行ってすぐにUターンだなんて」
「お疲れ様。ルームサービスでも頼んでおけ、今日は休んでいいぞ」
「あいあい。全く……犯罪者の護送なんてつまらない任務だよー」
「面白さを求める職場じゃないからな。それで? 火島は何かを言っていたか?」
「全然! 何も喋らないよ。例の言葉以外はね」
火島那蛇。
連続する本事案の重要参考人。
逃走中であった連続猟奇殺人期は福音事件が発生し、すぐに発生現場の一帯を捜査を行った際に見つかった。
――白い繭に包まれ、守られるように……何かが落ちたかのようにクレーターになったその中心に彼は居た。
理由も経緯もまるで不明。
だが、放置することも出来ず意を決して回収。
火島はまるで心身を喪失しているかのようにこちらの行動に無関心のまま、その身柄は東京へと送られた。
「火島がこれらの一件に深くかかわっているのは間違いない。まさかあんな様子で見つかっておいて、まるで関係ないなんてことはないだろうからな」
「白い方? それとも黒い方?」
「繭が白かったら白……と簡単に行くものでもあるまい」
「まあ、そりゃそうだけどさ」
「それに片方が火島だったとして……もう一つは誰だ? もう一つのカテゴリーA……こちらについては今のところ予想もついていない。存在だけ確認されて情報が全く無いわけだ……頭が痛くなるよ」
「ろくな情報が集まらないからねー」
「……そうだな、集まらなすぎだとは思うが」
玲は言葉を区切った。
「今のところわかっていることは少ない。手がかりになりそうなのはこの写真と火島くらいだ。写真の存在によって少なくとも白と黒の二つの存在があの日に居たことは証明できた。あとは火島の証言だが……」
「――黒き天使を見た、だってさ」
「また、それか」
「口にしたと思ったらコレぐらいで……わけわかんないよー!」
「黒き天使、か」
単純に色のことを言っていて火島は白側で敵対した存在をそう評した……というだけならば簡単なのだが、そう鵜呑みにすることも出来ない。
ともかくはしばらく調査を続けるしかないだろうと玲は判断していた。
「とはいえ、流石にそろそろ人員を送ってくれて欲しいものだが……」
それはそれとして切実な願いである。
誰に向けてのものというわけでもないが……。
「……まあ、今は無理か。時期が悪過ぎる」
と一人で結論を付けると玲は再度報告書の作成に取り掛かることにした。
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・シーン1
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818023212881504994
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