第二十一話(2/2):天に昇るモノ


 ――地上で戦うわけにはいかない。


 禍との戦闘を考えた上でまず頭を過ったのがそれだった。

 場所が場所だ。それに巫城やその他の職員も巻き込まれる可能性も高い。避難誘導をしているとはいえ、この短い時間では限界はある。

 だからこそ引き離すために空中へと追いやった。


 アルケオスは空を飛ぶことが可能だ。


 正確に言えば重力術式によるもので飛行とは概念が異なるらしいが細かいことはこの際どうでもいい。

 尊にとって重要なのはアルケオスが空中で戦闘可能だという事実のみ。

 空中へと禍を打ち上げたのは地上から引き離すと同時に空中戦に持ち込んでそのまま一気に有利に持ち込もう……そういう魂胆があった。


 あったのだが、


「おい、立ってるぞ」


『観測。立ってますね。……足元に力場のようなものの発生を検知』


 あっさりとそんな作戦は躓いてしまった。


 高度にして約四百四十メートル。

 勢いよく吹き飛んでいたと思っていた禍はその最中、身をよじらせて体勢を整えたかと思うと空中で勢いを殺し立ち止まってしまったのだ。

 そこにまるで見えない地面でもあるかのように。


「そう上手くとは思ってはなかったが……」


 とはいえ、動揺は少ない。

 そもそもが異様にして異質な存在。

 尊としても最初からこっちの思い通りに上手く進むと甘いことを思っていたわけではなかった。

 すぐに頭を切り替えると同時に彼は動いた。


『(敵性個体名称――変異個体「ナタナエル」と暫定。最初の攻撃による損傷軽微。攻撃の更なる続行を推奨します)』


「(わかってる! ここからだ!)」


 全身の各部にスラスターを解放。

 シリウスによる重力術式のコントロールも加わり、瞬間的にトップスピードに至って蜥蜴の禍――いや、ナタナエルとの彼我の距離を尊は縮めた。


「グルるルルァああァ!!」


 攻撃されたことによって完全に怒り狂いナタナエルはその鋭い爪を振るい尊を狙う。

 だが、


「――遅い!」


 それは当たらない。

 尊はナタナエルを紙一重の最小限の回避に留め、その一撃を回避すると次の攻撃が来る前に七度の拳戟を尊は叩き込んだ。


「グるぉああっ?!」


 二回りほど大きなナタナエルの巨体が吹き飛ぶも、追いつくように加速しさらに追加で勢いをつけた回し蹴り。

 確かな手応えと怪物の悲鳴が天去市の上空に木霊した。


 ――いける。


 自らの攻撃が目の前の怪物に届いているという実感を尊は確かに得た。

 ナタナエルもこちらの攻撃を黙って受けているだけではない。

 当然のように反撃も行う。


 恐ろしいまでの膂力をもって振るわれる爪の一閃。

 しなる尻尾による横の薙ぎ払い。

 その巨大な咢による噛みつき。


 それらは巨体に似合わぬ俊敏さで行われた。

 元となった火島も異能を使わず複数の警備員を鎮圧できるほど身体能力が向上していたことを考えれば当然ともいえる。

 まさか化物になって弱くなるということはありえまい。

 特にその瞬発力の加速は凄まじく、そして獣染みた本能での予測しづらい挙動はなるほど脅威なのだろう。


 だが、当たらない。

 それらは虚しく空を切り、


「が、ァああアアァ!?」


 逆に尊の攻撃は全てがナタナエルの身体を捉えた。


 あちらの攻撃は全て外され、こちらの攻撃は全て命中する。

 彼我のスピード自体にそれほどの差はない。総合しての飛行能力ならばアルケオスの方が上であるだろうが、クロスレンジを維持してでの戦いならばナタナエルの瞬発力もあってほぼ互角と言ってもいい。


 だが、百八十秒後以降のことをある意味で考慮の外に置いたアルケオスの機能の解放。

 あらゆるリソースの負担を度外視した完全駆動≪フルドライヴ≫は高速情報処理による思考加速においても適応された。

 ナタナエルも獣染みた反応速度をしているがそれ故に動き自体は直線的。


「軌道が丸わかり……なんだよォ!」


「グるぉオぉおおおっ!?」


 爪の一閃、それを掻い潜ると同時にボディーブロー。

 その一撃によって首が下りた所を刈り取るように左で顔面に掌底を叩き込む。

 澄み渡ったように感覚は冴えわたり、最適な動きとして再現するためのシリウスの細かい補助もあって、その連撃の流れるさまは一つの淀みも無い。

 正しく、水が流れるような連撃という相応しい連続攻撃。


 しかもナタナエルの身体を穿つ拳はただの拳ではない。

 それ自体が超高度の高分子マテリアルで出来た特殊装甲だがそれに加えて手の部分には盾の防護術式を圧縮展開している。範囲を絞り、さらに重ね掛けした堅牢な盾。

 それは相手に勢いよくぶつければ、なるほどそれだけで矛にもなり得る。


 ナタナエルからしても溜まったものではないだろう。

 拳が、蹴りが、手刀が、膝が、あらゆる部位がその身体を打ち据え……そして、その身体に罅を入れていくのだから。

 そう。


「(――クソっ!)」


 罅を入れていく……だけ。


「(硬いっ!!)」 


 尊の一撃は確かに災厄に効いている。ダメージを負い、そして苦しんでいる。

 だが、届いていない。まだ……その核を砕くには。

 遠い。


「(ありったけの力でぶん殴ってるのに!!)」


 相手が元は人間であったことは今は考慮しない。

 こうして戦っているだけでわかる。これはあってはいけない存在なのだと。

 だからこそ、必殺の意志を込めて放たれる一撃一撃は戦車の装甲すら撃ち破る破壊的な拳打のはず。

 だが、わかる。わかってしまう。……遠い。


『(報告。外皮の極めて高い存在強度を観測。アルケオスの装甲に相当。追加報告。徐々に再生スピードの向上も確認)』


 シリウスの言葉を聞き流しながらも同意する。

 恐ろしい。尊は心底そう思った。

 この目の前のナタナエルはやはり生まれたばかりなのだと実感したからだ。

 仮に今の両者の戦いが見える者が居れば尊側が一方的に優勢だと見るだろう。それは現状間違いではない。

 間違いではないのだが……。


「(センサーで感知できるこいつの中のCケィオスの反応量が増えている。内からどんどん湧き上がってくるかのような……)」


 まだ目覚めたばかりで寝惚けている状態だとでもいうだろうか。

 対峙していると徐々にその圧力が増してくる感覚を感じ取っていた。

 こいつに本気を出させるつもりなど無論ない。

 だからこそ、攻撃の手を加速させるもこれでは――。


「(制限時間内に押しきれないかも……)」


『(肯定。現状のままで――残り時間百十一秒)』


「(もう一分も使い切ったか……ちっ!)」


 相手の外皮の硬さ、そして再生力。それを考慮に入れるとこのままのペースでは削りきれるかは怪しい所だ。

 削り切れないならば、それこそ一撃で決めるという選択肢が出てくる。

 アルケオスは滅びの未来において実戦投入されるはずだった――兵器。当然、殴り合いの戦いしか出来ないなんてことはない。

 当然、高火力攻撃なども存在するのだが。


 ――使う……使うか? 使うしかないが……。


 尊は少しだけ逡巡した。

 世紀末染みた未来における最新鋭の兵器というのもあってアルケオスに搭載されている攻撃用の術式、並びに兵装というのはそのどれもがカタログスペックに戸惑いを覚えるほど強力だ。

 いくら地上ではなく上空での戦闘とはいえ、街中でしかも出たとこ勝負に使うには躊躇してしまう。

 とはいえ、


『(警告。回避推奨。センサーに反応あり、Cケィオスの集束を確認)』


「っ!? させるか」


 シリウスの警告に反応するように尊は身体をひねるようにして、その脚でサマーソルトキックを咄嗟にナタナエルの頭部目掛けて叩き込んだ。

 顎を掬い上げるように決まった一撃にナタナエルの頭部は跳ね上がり、その口腔の中で集束し解き放たれようとしていた劫火は虚しく誰も居ない天に向かって吐き出された。

 それは火島の異能を思い起こさせる烈火の炎。


『(報告。禍はそれぞれに固有の能力を持っていたという記録有り)』


「(火島の件を考えると一つ仮説は立つが……。今は重要じゃないな)」


 事実はどうあれナタナエルがその身体能力による物理攻撃だけでなく、異能攻撃までするようになってきたというのは間違いなく脅威度の上昇に繋がる。

 こちらにはCケィオスの反応を高感度で感知するセンサーがあるので予兆自体の把握は容易で優位があるとはいえ……。


 ――このままじゃ押し切れないのも確か……なら、やるしかない!


 刻々とリミットとした時間に近づいているのもその気持ちを後押しした。

 尊は決意をすると攻撃術式の選択に移る。


「(猶予もあまりない以上、中途半端なもので仕留め損なうわけにもいかない。有効と思われる高火力攻撃術式の中で最も被害範囲を絞れるものは?)」


『(検索――完了。術式の内容をユーザーに提示します)』


 尊の問いかけにすぐ様に返ってくるシリウスの答え。

 概略とはいえ一緒に送られてきた術式のスペックに軽く眉をしかめる。

 術式プログラムであるという以上、基となった異能が存在するということだが……。

 俄かには信じがたい。というか信じたくない。


 ――下手な使い方をすれば街が消えるぞ。


 理解できてしまったが故に思わず冷や汗をかいてしまう。

 とはいえ、なるほどそれほどの火力であれば十分過ぎるとも言える。

 この空中で使用ならば気をつければ街に被害はいかないというのも間違いではない。


「――シリウス」


『(了解。殲滅術式解凍――起動準備開始)』


 尊の指示のもとにシリウスは術式発動の演算処理の準備に移る。

 目の前のCケィオスを一撃で倒すための術式発動。

 そのレベルともなると使用するCケィオスの規模も膨大であり電子情報処理の密度もそれに比例、一から発動しては緩慢に過ぎるという欠点がある。


 だからこそ、準備段階状態で予め先に終わらせることが出来る部分は済ませ待機状態にし、後は術式の起動のみという状態にする必要があった。

 準備状態ではあれど大規模攻撃術式の前兆に無数のプログラムコードが走り、特に砲手となる右腕については放つためのCケィオスエネルギーが 流れ込むようにして圧縮集中されていく。右の掌に周囲は蒼き雷が鳴り響き、その密度にあるだけで空間が歪むかのよう。


 ――これならいける。


 このアルケオスにおいて三つしか存在しない――殲滅術式。その一つ。

 なるほど、今間違いなく尊の掌には滅びの力が集っているのだ。

 ブルリと身体が震えたのは恐らくは武者震い……と思いたい。


「(相手が未来においての災害とも言われた存在ならば……不足はないだろうさ!)」


 残り時間にして既に三分の二を使い切った。

 後はどうやってこれを完璧にナタナエルへと叩き込むか……。それだけに思考を傾けながら不意に放たれたナタナエルの尻尾の大薙ぎ払いの攻撃を冷静にバックで回避した瞬間――





「ぅうウウぅあァァ!! アァァあヒひひィ!!」





 ナタナエルは今までの攻勢はなんだったのか。

 奇声を上げたかと思うと徐に尊から大きく飛び退くとそのまま逃げるように距離を取った。


「なっ!?」


 獣同然の動き。荒れ狂うようにその怒りの狂騒からの予想外の動き。


『(分析。ナタナエルの挙動を解析するにこちら同様にCケィオスの感知が出来ている可能性を示唆します。アルケオスのセンサーほど高性能では無いようですが……)』


「(気付かれたってわけか……けど、逃がすわけにはっ!)」


 慌てて距離を詰めようとスラスターを解放した。

 その瞬間、


『(警告。ナタナエルのCケィオス反応に――)』


 サタナエルはこちらのその動きを待っていたと言わんばかりに反転し、



「うルルぅォォおおオォぉおおェッ!!」



 視界を埋め尽くす程の炎球が突如として発生。

 光の雨となって尊へと降り注いだ。


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