第二十一話(1/2):天に昇るモノ


 禍。

 それは破壊と暴威を振りまいた災害として記録されている。

 公式において確認された例は全部で

 それらについて分かっていることは少ない。


 「禍」は異形の獣。

 その身体は高密度のCケィオスで出来ており強靭無比。

 凄まじいまでの生命力と力、速さを以て凶暴さのままに暴れまわる。

 そして個体によって異なる能力を持っている。


 およそわかっていることと言えばその程度。

 Cケィオスで構成された異形……ということで異能者による異能の産物ではないかという話も当然に出たのだが、単純に「禍」と呼ばれるその獣たちはCケィオス反応の出力が個人という規模で収まらない領域にあったこと。

 そして、その三例は全て別々の場所、時期において確認され個々の事案において関連性が見られなかったことから謎の多いCケィオスが引き起こした現象に近いものではないかとの推論がたてられていた。


 正体不明の災禍を振りまく異形の魔獣たち。

 それらは同じ姿をしておらず、


 一つはまるで魚のような顔をした二足歩行する異形、

 一つは影に潜む巨大な多眼の蛇の如き異形、

 一つは二頭の頭を持った狼の如き異形、


 それぞれの容貌は全くのバラバラであった。

 ただ、二つの共通点があったためその三体の獣は纏めて「禍」と区別されることとなった。


 一つはCケィオス移相力場の反転マイナス領域の観測。

 そしてもう一つは……。


 三体は姿形は違えども同じ色をしていた。

 その姿から別名は「白き災厄」。


 災禍の獣はという。


「ぐるォォオおおおオォぉォォ!!」


 ちょうど、そう。

 目の前で咆哮を轟かせている怪物のように。


「……第二形態は聞いてないぞ」


 シリウスの洩らした「禍」という言葉、その意味を尋ねるより先に頭の中に送られてきた情報を整理しながら尊はポツリと呟いた。

 わかったことと言えばあれが未来で「禍」って呼ばれる正体不明の存在と似通ってるってことだけ……それ以上のことは一切不明。

 少なくともシリウスのデータに残っている三体の姿とは体表の色以外に姿形には関連性は見られなかった。


 火島という男の成れの果て。

 内側から溢れ出れるように現れた青白い汚泥に吞み込まれ、男は異形の姿へと変貌していた。


 その姿をどのように例えるべきか。

 敢えて言うのならその顔は蜥蜴のような爬虫類に近い。

 ドロドロとしていた青白い汚泥は固まったように流線型の硬質そうな外皮へと変わり、その総身を二メートル半ほどに肥大化させた全身を覆っている。

 火島という人間であったという面影は二足歩行しているという姿しか残っておらず、両手には鋭利で硬質そうな爪、咆哮する口には獲物を抉り取らんとする牙が覗き、しなる尾を以て前傾するような姿勢を保つその姿は「獣」と称するに相応しい。


「白き災厄……ね」


 なるほど、と尊は胸中でその別称に納得した。

 その威容もさることながら発せられる肌を刺すような気配に、破壊をもたらすだけの現象が一つの形と成っている理不尽さを嫌が応でも理解する。


 ――これは生物ではない。

 ――現象である。

 ――それも災いをまき散らすものである。


 「禍」と名付けられた所以、恐らく命名者は実際に対峙した者に違いないと尊は確信した。


「せ、先輩……っ!」


 完全に状況に流されている巫城は怯えた声を上げている。ある程度の状況を理解できている尊ですら混乱しているのだからそれも当然と言えるだろう。

 とはいえ、尊としてもあまり彼女に気を使ってやれる状況でもない。

 相手は災害と記録された存在。

 であるならば、このまま行けばどうなるかそれは火を見るよりも明らかだ。


『観測。乱れていた対象の波長が急速に安定化。存在が現次元に確立していきます』


「シリウス……やるぞ」



 故に尊は覚悟を決めた。


 火島の変容、そのきっかけと思しき青色の液体。

 そして「禍」の正体……わからないことだらけだ。


 それでも危険性だけはハッキリとわかる。

 シリウスから送られてきた記録情報に載っている被害の規模を考えれば……。


「(出し惜しみはしない。一気に決めるぞ)」


 切れる手札の中で最大の札。

 それがアルケオスの力の完全開放だ。


 現在、尊は融合体サイボーグとして戦闘形式を三つの段階にわけている。


 ≪一次稼働解放状態≫による反応速度、身体機能向上。

 ≪二次稼働解放状態≫による並列しての術式プログラムの使用。

 そして、アルケオスの装甲を展開して本来の機能を解放する≪最終完全稼働状態≫。


 これら三つの段階。

 段階を上げるほどにシリウスの時間単位当たり演算処理量が増加。

 それは一心同体となっている尊の負担にも繋がる。

 とはいえ、≪二次稼働解放状態≫までならば単に疲れやすい程度で済む話だが……。


『(警告。改めての注意を。融合体という特殊過ぎる事例で完全にアルケオスとしての機能を解放した場合、どのような影響が出るかは未知数となります)』


「(だからといって出し惜しみできる状況でもないだろ。データにあった個体より弱いという確証なんてのも無いんだ。リスクは承知の上でアルケオスの力の全てを使って倒す。次世代の最新兵器として作られていたアルケオスは対「禍」のことも想定していたんだろう? なら、いけるはずだ。それに――)」


 尊は一瞬だけ間を開けて揶揄うような口調で言ってやった。


「(未来から来たスペシャルなAIの相棒が居るんだ。何とかなるだろ)」


『(回答。シリウスの性能に不足はない。そう言われてはこちらとしても管理サポートAIの役目を十全に果たすことで証明をするしかない。今のユーザーの状態は極めて特殊で想定も無かった形、≪二次稼働解放状態≫までならば予測の範囲内に留まることは確認出来ていますが、それ以上のアルケオスの完全展開時となればその反動は予測困難。確実に稼働が保証が出来るのはおよそ――百八十秒)』


「(前に言ってた通りだな……超えると神経回路が焼き切れるんだったっけ?)」


『(回答。あくまでも推測の一部。もっと甚大な被害を受ける可能性も存在します)』


 それは怖い。

 だから、



「なら……百八十秒以内で終わらせるまで!」



 尊はシリウスとの思念での会話を打ち切り、そして吠えた。

 正真正銘、後を考えない勝負に出る。

 ならば気持ちで負けるわけにはいかない。


 保証された戦闘時間を超えたらどうなるか――なんて考えるのは時間の無駄。

 余力を残すことな考えない正真正銘の全力、それを以てこの「白き異形」を退けなければ……恐ろしいことになる。


 それだけは直感だがわかった。


「先輩なにを……っ」


「ちょっと、まあ……なんだ……柄じゃないけどヒーローの真似事をするだけだ。恥ずかしいから誰にも言うなよ?」


 いたずらっぽく笑いながら尊は巫城の頭をポンポンっと叩いた。

 安心させるように。


 一人ならたぶん逃げてただろう。

 怖くないかと言われれば嘘になる。

 だが年下の可愛い後輩の女の子の手前だ、弱腰になるわけにもいかない。



 ――さて、最後にもうひと踏ん張りだ!



「俺を頼んだぞ! 準備は良いか相棒マイ・バディ?」


『返答。問題はない、相棒ユーザー


「アルケオスの起動を……承認!」


『――拝領』


 直後、尊の右腕右脚そして右眼が光の粒子へと変わった。


「せ、先輩?!」


『(展開。欠損した部分を補うために変化させた部分を一度粒子分解。速やかに再構築。アルケオス本来の右碗部と右脚、そして右眼の変生完了)』


 ほんの一瞬だけ尊の手足が燐光を帯びた粒子に包まれる。

 かと思えば次の瞬間には異様な腕と脚。そして瞳に変化する。


「えっ……ええっ!?」


 見ていた巫城が驚きの声を上げた。

 そんなことはお構いなしに周囲に蒼く煌めくような光の粒が現れた。


 高分子マテリアルの粒子。

 尊の中に眠っているアルケオスの躯体を一時的に粒子へと変換、そして本来の強化外骨格スーツとしての用途に沿うように「装着」されていく。


『(同期。ユーザーとアルケオスの存在位相のシンクロ開始。通常シンクロ率三十%から上昇……四十%……六十%……)』


 初めに右腕がその漆黒の色合いの特殊装甲に包まれた。

 次に左脚、腰部、胸部、腹部の順にパーツが現れたかと思うとすぐさまに「装着」されていった。


『(八十%……九十%……)』


 そして頭部がヘルムで覆われ、最後に蒼き燐光を帯びたマフラーに似た布が首を一回りし後ろにたなびかせ――完成する。

 それはまるで漆黒の騎士甲冑を基礎にしたかのような容貌。黒き鋼のようなそのフレーム装甲の奥には薄っすらと金色の幾何学模様が輝いていた。


『(――百%。機体の最終完全稼働を確認。機体展開オールグリーン。各部チェック異常なし。アルケオス零号機――稼働)』


 シリウスの言葉と共に漆黒のヘルムの二対のカメラアイに蒼き光が灯った。

 アルケオスの炉心が稼働し始めたのだ。人間が着ることで真の力が発揮されるアルケオス、それは稼働するための炉心とて同じ。Cケィオスの相転移エネルギーによって大量の「ICR」という血の如き紅き液状流体動力に変換精製され、融合体の身体の隅々に行き渡る。


「……がっ……ぐっ、コイツは……」


 全身の血管の一本一本に灼けるような熱き血潮が駆け巡る。気を抜けば燃え上がりそうな錯覚すら覚えた。


『術式プログラム解凍。戦闘用プログラムの最大出力に移行。センサー稼働に問題なし、アルケオスの正常な稼働――エラー。想定以上の炉心のエネルギーを検知。過剰エネルギーの放出――調整完了』


 背後へと流されていた燐光を纏っていた布から大量に蒼い粒子が放出され、それによって体内を駆け巡っていた熱の奔流が少しだけ安定しマシになって尊は安堵した。

 このマフラーに似た装備はどうやらただの飾りではないらしい。放熱板に近いもののようだ。アルケオス内のエネルギーの調整に使うものなのだろうが、放出し過ぎた粒子が蒼き雷光に変化して時折に音を立てている。


「逆にスペックダウンとかじゃなかっただけマシ……いや、むしろ、ありがたいか。時間についてはどうだ?」


『回答。「想定以上」の過剰稼働ではありましたが「想定外」のトラブルではない。戦闘保証時間は依然として百八十秒。――戦闘モードに移行しますか?』


「せ、先輩……?」


 もちろん、と答える前に巫城が困惑した様子で尋ねてきた。

 その様子にそりゃそうだろうな、と尊は他人事のように思う。

 巫城の視点からすれば火島が化け物になったかと思ったら今度は尊が何やら変身したのだ。全くと言っていいほど状況に置いて行かれている。


 だが、説明している時間はない。


 アルケオスの装着。それは時間にして数秒にも満たない短い間。

 だが、誕生の喜びを表すように咆哮していた「蜥蜴の禍」はこちらの異様な雰囲気を察したのか、もしくは発しているCケィオスに反応したのかわからない。だが、確かにこちらへと注意を向けていた。


「ルルるルぅ……」


「ひっ?!」


 滲み出るようにまき散らされていた蜥蜴の禍の攻撃的な気配が指向性を得て放たれる。

 凍り付くように悲鳴を上げた巫城を隠すように尊は前に出た。

 敵対者としてこちらを認識したのだろう今にも飛び掛からんばかりの雰囲気の蜥蜴の禍、それを真正面から見据えて拳を握り締めた。


「先輩……や、約束です!」


 踏み出そうとした尊の背に巫城の声が届く。


「絶対、無事に――」


「……ああ、約束だ」


 天地を割らんとばかりの大咆哮が轟く。

 ふと何を約束したのか邪魔されて聞こえなかったな。

 そんなことをふと尊は思った。


 ――まあ、後で改めて聞けばいいか。


 死ぬつもりなんてこれっぽっちも無いのだから。


「――シリウス」



『了解。戦闘モードに移行。アルケオス零号機――完全駆動≪フルドライヴ≫――』




 そして咆哮が終わった。或いは途切れた瞬間、それ同時に襲い掛かってきた蜥蜴の禍であったが。

 その巨体は次の瞬間、


「――ごるァ!?」


 蒼き雷光を軌跡を残しながらその速さをもって潜り込んだ尊の拳によって……いっそ呆気ないほど豪快に打ち上げられた。


「行くか」


 それを追うように垂直に――突き破っていった天井の穴を通って尊は空中へと躍り出た。


「先輩……」




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