第二十話(2/2):堕ちたるモノ


「随分と……何というか独創的な容姿をしているんだな火島ってのは……」


 その異様な風体に尊は思わずシリウスに問いかけた。


『否定。データ上に残っていた火島那蛇の情報とは差異が存在します。フェイスデータと目や鼻や口などの位置、大きさなど複数の要素を照合した結果から特定しましたが……あの未知の白い物質のデータ。それに右眼の変化は不明。ですが――』


 シリウスが照合可能な最後の火島の画像データは警察のデータベースに保管されていたほんの二週間前のものであり、最近のものと言ってもいい。

 それなのにこの変貌という言葉に相応しい様子は一体なんだというのか。


「未知の物質?」


『報告。センサー類で観測をしようとしていますが非常に曖昧な性質で捉えることが不可能』


「曖昧だと?」


『回答。物質と非物質の間を彷徨っている状態のCケィオスの塊。概念的には高次元マテリアルに近いナニカと仮説』


「高次元マテリアルって確かアルケオスの……。明らかに異様な光景だからCケィオスが関係しているってのは理解は出来る。相手は異能者だからな。だが、あれはなんだ……火島の異能なのか?」


『不明。これまでのデータから火島の異能は火に関するものであると確定しています。異能者の力は基本一種であり物質生成と関係性も薄い以上――』


「だが、現実としてあれは存在している」


『回答。結論を出すには現状では情報が不足しています。データを解析した結果、判明したのは公園の時に負った傷に対して想定していた以上に身体の動きに問題を見受けられない点。運動能力、反射速度などの向上などがみられる点。それらから火島那蛇本人の身体に何かしらの変化が起きている可能性を示唆します』


(それは俺もそこら辺は少し気になっていた所だけど……)


「あっ、あの! そう言えば私があの人に殴りかかった時に変な感触が……気のせいかなって思ったんですけど、右腕で受けたのにまるで金属のように弾かれて……」


「……殴りかかったのか? 素手で?」


「いえ、その……鉄パイプで後ろから」


「そうか。鉄パイプで後ろからか……」


 どちらかというと気弱な小動物のようなイメージだった巫城だが、わりとやると決めたらアグレッシブにやるタイプらしい。

 尊はちょっと彼女の印象を心の中でやや修正しつつ火島の右腕を確認した。

 長袖のコートで隠されているため中については見て取れないが、さっきの異能の強引な発動のせいだろうか袖の部分が一部焼き焦げて消失しており僅かばかりにその下を露出していた。


 そこから覗くのは青白いナニカ。

 火島の顔の一部を覆っている何かと同じもののように尊には見えた。


「何だってんだ……全く」


 理解できたのはシリウスにもわからないナニカは顔だけでなく火島の身体の一部も覆っているらしいということ。


 だからどうした、という話ではあるのだがとにかく不気味な何かを察し尊は二の足を踏んでしまった。


 それは結果として失敗であった。


「………ぁァァアアアッ!!」


 突如として奇声を上げて動き出す火島。

 その覇気のない立ち姿に立っているので精一杯だと考えいたが予想を上回る俊敏な動き。

 尊は自身の失策を悟った。


 異様なその姿に対応を逡巡した時間はほんの短い時間ではあったが、それでも今の火島には十分な隙だったのだろう。

 相手の動き出したのと同時に尊は一挙手一投足に注意を払う。


 ――殴り飛ばし過ぎた……。一息に詰めるには少しばかり遠いっ!


 だが、距離があるからこそ相手の動きを見てから対応できる時間も出来るともいえる。

 尊は自身と火島の間に盾をすぐ発生させた。


 ――攻撃してくるなら受けて反撃。逃走するなら追撃。ダメージが無いわけじゃないんだ、冷静に大勝すれば問題はない。


 そのように尊は考えていたのだが、火島の行動は攻撃でも逃走でもなかった。


「が……っ!! アァアァッ!!」


 ぐしゅりっと嫌な音が響いた。


「えっ? 何を……して」


 尊の背後に庇われていた巫城が困惑の声を上げる。

 それはそうだろう。その行動はそれほど理解不能だった。


 なにせ火島は徐に懐に手を入れてあるものを取り出したかと思えば、それを躊躇いなく自らの首へ突き刺したのだ。

 それはペン型のシリンダー状の器具のようなものであり――



「………ァ……ァァ……み……よォ……」



 中身が見えるように透明になっていた容器の部分。その中に入っていた青色の液体が止める間もなく火島へと注入されていった。


 ――マズイ。


 尊がそう考えるよりも早く。



 どろり。

 






 追い込まれていた。


 必殺のこれ以上は無いと思った一撃を真正面から突破され、その挙句に体重の乗った重い一撃を顔面に。

 冗談のような衝撃によって壁へと叩きつけられ、そしてそのまま崩れ落ちるように身体を地面に横たえた火島は言い逃れが出来ない程に追い込まれていた。

 容赦のない一撃に欠片でも意識を繋ぎ留められたのは奇跡だった。


 だが、出来たのはそこまで。


 無理な祝福の行使の反動に火島の身体は悲鳴を上げ、追い打ちをかけるように相手からの一撃を諸に受けてしまったのだ。

 身体にはまるで力が入らず、もはや反撃の余地はない。


 ───これで終わり?


 薄れゆく意識の中で、火島は思う。


 ───終わるのか? 私は? 果たせないまま……ここで?


 辛うじて繋ぎとめていた意識が闇に落ちていく最中、


 ───……や……だ。


 それでも否定し続ける。

 それだけは認められない。


「……ァ……ァァ……ッ!」


 なぜ自分がそんなにも足搔こうとしようているのか。

 なにか理由があった気がするが思い出せない。

 だが、この胸の怒りで十分だ。


 ――このままでは終われない! 負けるわけにはいかない!


 切り札はあった。


 ここに薬を持ってきたのは幸いだった。

 これがなにかは火島もよく知らない。

 今の持ち主は火島とはいえこれは奪ったものだからだ。

 この中の青い液体が何なのかも。


 だが、これが与えてくれるモノについては身を以て知っている。


 最初に打たれた時、その後に火島は祝福を使えるようになった。

 二度目に打った時、それは公園での一件の後に更なる祝福を求めて自ら打った。


 二度目の効果は劇的だったというに相応しい。

 重傷だった火島の身体は短時間で回復し、身体能力や感覚能力、そして反射神経なども向上しているように思えた。

 少なくとも前までの火島なら祝福に頼ることもなく警備員多数を鮮やかに倒すことなど出来やしなかたっだろう。


 まあ、怪我をしていた部分から膿のように白いナニカが溢れて覆ったのは――ちょっとだけ困ったが。


 祝福の方も確かに強くなった。

 少なくともあんな強引な連続発動の一撃を無理やりにでも成功できたのだ。公園での時点の火島と比べれば明らかに力が増している実感があった。


 ――次にあの邪魔をしてきた男が現れたら今度こそ……!


 そう決意を固めていたというのにこの様だ。

 屈辱、という言葉では言い表せないほどの深い怒りに火島の心は満ちていた。


 ――認められない。このまま終わるなんてそんな結末。それ認めるぐらいならば!


 怒りを原動力に立ち上がる。

 消えかけていた瞳に炎が灯る。

 認めてやるものか。

 ここで終わるぐらいならば……。


 ――私は自分さえ捧げる!!


 何故動けているのかもわからぬ身体。

 きっと大いなる神が手助けをしてくれているのだと、火島は解釈しながら三本目の注射器を取り出した。

 逡巡はなかった。

 火島はただ激情のままに注射器を自身の首に突き刺した。

 そして、


「………ァ……ァァ……み……よォ……」




 滲み出るように、

 這い出るように、

 瞬く間に、



 身体の内側から溢れ出るように流れ出た青白い汚泥に呑み込まれ、


『観測。Cケィオス反応が急激に増大。波長パターンに変化――数値反転。Cケィオス移相力場――マイナス領域に変遷。異常変化――ライブラリ照合、類似パターンを算出』


 そして火島は――変生を果たした。

 破滅の未来の先においてある名で呼ばれる存在……いや、現象に。

 その名も――


『カテゴリーコード名――「マガツ」』


 塗りつぶされるようにかつて火島という男だったソレは咆哮を上げた。


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