第二十話(1/2):堕ちたるモノ


 術式プログラム。


 万象に干渉出来るCケィオスに、異能者各々が指向性を持たせ固有の異能。

 その異能が異能として形を為すための過程を解析、解体したものを電子的な情報に変換した特殊プログラム。

 簡潔に言えばこれに沿ってCケィオスを変換することでその異能を疑似的に再現するというもの。


 メリットでありデメリットでもある特徴に発動出来る異能の性能は一定であるというものがある。

 異能というのは精神と深く結びつきがあり、さらには成長するもの。だが、あくまで電子的に分解して落とし込んだ術式プログラムは極めて機械的なものだ。


 十の性能を持つ術式は正式な手順で発動すれば常に十の性能を発揮する。


 防護術式ならば手順さえ守ればどんな状況でも八、九の攻撃は防げる。

 だが、十一の攻撃は常に防ぐことが出来ない。

 これはそういうものなのだ。 

 だからこそ防護術式では防げないと一度は演算されてしまった「炎球」以上の攻撃、そう予測される目の前に迫る灼熱の波濤は当然のように防ぐことは出来ない、


「――行くぞ」


『肯定。そして勝利』


 そのはずだった。


 押し寄せる赤熱と不可視の盾が衝突する。

 渾身といってもいい密度の火炎の威力に盾は紫色の燐光を発し軋み上げた。

 余波によって周囲一帯に破壊をまき散らし、融解させ、地面を陥没させた。


 暴威がその場を蹂躙したのはほんの数秒の間、それは晒される者にとっては永遠にも等しい時間。

 それでも、その盾は尊とそして後方に居る巫城を丸ごと守って耐え抜いてみせた。

 壊れることは能わなかった。


 それは起きるはずの無い結果だった。

 高度な演算によって引き起こされる疑似異能。あるいはそれが計算を超えるスペックを発揮したとしたら原因として考えられるのは……。


「俺と一体になったこと……」


『仮説。現状ではそれ以外のファクターは考えられない』


 《拝火者サラマンドラ》の攻撃を耐え抜き終えると同時に飛び込み、渾身のストレートを叩き込んだ右腕を下ろしながら尊はそう呟いた。


 本来のプログラムの使用上ではありえない性能だが、そもそもアルケオスが融合している今の状態が完全に想定されていない異常なのだ。


『肯定。ユーザーの精神状態の錯乱によって著しく性能を発揮できない場合が存在しました。ならばその逆があってもおかしくはない。アルケオスはCケィオスによって構成。Cケィオスは意思によって干渉を受ける性質を考慮すれば……』


「理屈としてはわからなくないが……。何というか不安定なことになってるな。性能が精神状態に影響されやすいとは」


 その可能性が示唆されたのは公園での一件。

 《拝火者サラマンドラ》の最後の攻撃を迎え撃った術式プログラムが本来の理論上のスペックを超えた威力を発揮したというデータが観測された。


 ――それを切り札にと考えていたら、まさか準備も何も出来てない状態ですぐに《拝火者サラマンドラ》と再戦することになるとはな……。


 実際のところ、一瞬で決着の付いた戦いではあったがその内実はかなり紙一重のものだった。


 実際のところ余裕の振りをしていたがまだまだこの区画にも大量の原油が残っていた状態だったのだ。

 そして、相手はこちらを殺すために一歩間違えれば自分が死んでいたかもしれない自爆を平然と実行した相手。

 《拝火者サラマンドラ》がその火力を持って手当たり次第に異能をばら撒いたらどうなるかはシリウスでも判断がつかなかった。


 だからこそ、あえて挑発染みた言動をして攻撃を誘引させそれを盾で受けきった上で《拝火者サラマンドラ》を倒すという作戦を尊は取るしかなかったのだ。


『総括。不確実性の高い作戦であった苦言。融合体となったことによる術式の異常もあくまで推測の域。再現性についての実証もまだ十分ではない。そのようなものを基に作戦行動を決定するのは如何なものかと』


「……俺だって十分用意してからやりたかったよ。でも状況が許さないんだから仕方ないだろ? 俺だって一か八かの作戦なんて心臓に悪いし好き好んでやりたくはなかったさ」


 上手くいったように見えて実際はのところ紙一重の勝利。

 だが、紙一重だろうと勝ちは勝ちだ。


 覚悟を決めたつもりでもやはりどこかに残っていた恐怖が幾分と心がすっきりとした気がする。


「さて、と。さっさとコイツを踏ん縛るとして……というかコイツ、結局誰だったんだ? いや、まあとりあえずそこはいいか。しかし、捕まえるのはいいとしてそれからどうしたら――」


 そう考えながら歩きだそうとしたその瞬間。

 不意に軽い衝撃が背中へと。

 尊は向かってくるものに気付いていたが特に避けもせずに受け止めた。


「うぐっ、ひっ……ぐ」


 そして小さな嗚咽の声。


「よ……がっだ……っ」


「……あー、うん。もう大丈夫だ。アイツはもうぶっ倒したから……怖い奴は見ての通り、な? あー、だからその……」


「先輩が……無事で……よかっだ……っ!」


「…………」


 困った。

 非常に困る。こういう時の対処法ってどうすればいいんだ。

 何もせずに立っているのも手持ち無沙汰なので何となく向き直って尊は頭を撫でることにした。


 ビクリッと華奢な巫城の肩が震えた。


「もう大丈夫だ」


「ひっぐ、ぅ……っ」


「言ったろ? 必ず助けるってな」


「……はい。色々と言いたいことも聞きたいことありますけど……先輩は凄い人ですね」


「はっ! だろう? 十分に尊敬してくれていいぞ?」


「……責任も感じる必要は無いとか何とか言ってませんでしたっけ?」


「責任を感じる必要は無いが感謝は別だろう? それに敬意もだ。存分に敬ってくれて構わない」


「ははっ、何ですかそれ」


 少しだけ落ち着いたのか口調の軽くなった様子の巫城に尊は内心でホッと一息をついた。

 居たたまれない空気がようやく弛緩したように感じた。

 尊は巫城のぽんぽんっと軽く叩き、改めて《拝火者サラマンドラ》を拘束しようと向き直った――その瞬間。


『――反応。ユーザー、対象に動き有り』


「っ!? 下がれ、巫城」


「は、はい!」


 シリウスからの警告に速やかに巫城を背に隠しながら向き直る。

 そこには地面に倒れていた《拝火者サラマンドラ》がまるで幽鬼さながらに揺らめきながらも立ち上がる光景があった。


「……キチンと意識は刈り取ったつもりだったんだけど」


『解析。データを検証してもユーザーに特に不備は見られません。十分な加速とそれによる威力。身体制御による精密な動きも問題なし。過不足のない一撃だったと分析しますが……』


 脳を揺らす。

 尊が決めた一撃というのはダメージよりもそれを重視したものだった。

 相手が自爆すら厭わない異能者であるということを考慮すれば、最適な行動はただの一撃で意識を刈り取ってしまうのが一番。


 だからこそ頭部を揺らすための顔面への攻撃。


 常人ならば確実に意識を失っているはずだというシリウスの演算結果も弾き出された一撃だった。

 仮に意識を繋ぎ止めることが出来たとしてもあれだけ頭部を揺らされてしまえば身体を満足に動かすことは出来ない――という想定もあって尊は緊張を緩めていたのだが。


「なんで立ち上がってくるんだよ」


『回答。対象の耐久力、回復能力が想定を上回っていた可能性。とはいえ、ダメージは甚大な模様です』


「みたいだな」


 まだ動くことが出来るとは想定外だったが尊の一撃が効いていなかったわけではないらしい。

 ふらつきながらも立ち上がったはいいものの動き出す様子がまるでなく、立つのが精一杯であることが伺える。


 そんな《拝火者サラマンドラ》の姿を見て些か動揺していた頭を尊は切り替えた。


 すでに異能も一度打ち破った以上、精神的にもこちらには余裕が出来ている。


(意識を失ってないとはいえ効いてないわけじゃない。むしろ、しっかりとダメージも残っている。なら……)


 今度こそちゃんと無力化すればいいだけのこと。

 そう尊は思い直した。


「しぶとい奴だ……けど、これで――」


 だからこそ改めて今度は確実に意識を刈り取ろうと脚を踏み出そうとしたその瞬間。


 スルリッ。


 不意に《拝火者サラマンドラ》の顔を覆っていた包帯が解け地面へと落ち、その下が露になった。



「……は?」


「えっ!?」


『検索。対象のフェイスデータから解析。ネット上のデータと照合……一件ヒット』



 殴られた時の衝撃かあるいは壁にぶつかった時かにでも緩んでいたのだろうが……そこは今は重要な話ではない。

 問題はその下から現れた《拝火者サラマンドラ》の……男の容貌にこそあった。


『一致。刑が確定し刑務所への護送中に逃亡。計十二名の被害者を出した連続少女猟奇殺人犯の火島那蛇という人物』


 警察のデータベースから照合したと付け加えるシリウスの声。

 明らかになった《拝火者サラマンドラ》の正体。


 その異常な精神状態の言動、行動を見ていた尊からすれば重犯罪者であったという情報はむしろ納得しか浮かばないが、尊と巫城が驚愕の声を上げた理由はそこではなく――


 《拝火者サラマンドラ》――火島の露わになった

 それ自体に声を上げさせた原因があった。


「な、んだ……アレ」


「顔が……」


 殺人鬼である火島の顔はその半分を何やら

 蝋あるいは石膏のような温かみのない無機質な白。それにどこか金属に似た光沢を加えたような物質がまるで張り付くように。



 そして露わになったその右眼は禍々しいまでの紅色の狂眼となり輝いていた。


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