第十九話(2/2):拳


「許さない……許さない! 何度も私の邪魔を……っ!」


 手段についてはともかく、周囲の事態におおよその状況を掴んだのだろう。

 《拝火者サラマンドラ》は明確に尊にのみターゲットを向けたようだ。


「こっちだって二度も殺されかかっていい加減にそっちの顔にうんざりしているところだ」


 いや、まあ顔は知らないんだけども。

 と心で付け足しつつ。


「見ての通り、ここの施設は完全にこっちが支配した。いざという場合のための防災用のシステムも含めてな。仮にこの瞬間に爆発事故が起きても精々この区画内で被害は終わせることも出来るだろう。パイプ内も順次寸断している最中だしな」


「…………」


「それに、だ。仮にここで爆発事故が起きても俺とコイツは生き延びるだろう。公園で見せたように俺の力があればそれは可能だ。そのぐらいのことなら問題なく出来る自信がある。まぁ、火を出すしか出来ないやつには少し難しいかも知れないけど」


 尊は無言になった《拝火者サラマンドラ》に語り掛けた。

 その様子に澱みはなかった。

 先日のように形のない恐怖に振り回されていた時とは違う。


「つまり、だ」


「私が私の目的を成し遂げるにはまず貴様を殺す必要があるということ……か」


 狂乱していた様子が嘘のように静まり返る《拝火者サラマンドラ》。

 その瞳には静かな殺意だけが宿っている。

 尊はそれに対して鼻を鳴らして笑った。


「……そういうことだ、俺もお前を逃がすつもりはない。ここで決着と行こうじゃないか」


 公園の時とは違う。

 逃げ腰の覚悟ではなく。戦い、そして終わらせる。

 その意思こそが尊に力を与える。


『術式プログラム稼働良好。AEXプログラム起動。≪|一次稼働解放状態(ザ・ファースト)≫に移行――出力八十四%……八十六……九十%代への推移に成功。システム正常作動を確認』


 バチリッ。

 視界の中、あるいは加速する思考の中に紫電が走りそして尊の右眼が蒼く輝いた。


「凄いな……これは」


 膨大に流れ込む情報量に身体の中を駆け巡る膨大な力……アルケオスの兵器としてのポテンシャルの一端を尊は少しだけ垣間見た気がした。

 融合体となってしまった弊害として尊の精神状態がパフォーマンスへと干渉していた。



 だが、今はそれはない。



「あの時とは随分と違う」


 状況自体はさほど変化はない。

 あの時と同じく、尊には守るべきものがあってそれを守りながら戦わなくてはならない不利な状況。

 公園での一件の時はそれこそ逃げ回ることしか出来なかったが――今の状態ならば。


「――やるぞ」


『注意。ユーザーの身体はまだ治療途中です。速やかな戦闘終了を推奨します』


「ああ、手早く終わらせよう」


 尊はそう言うと同時に駆け出した。

 相手の異能の周囲への破壊の振りまき具合を知っているが故、最小限の被害で終わらせるには何もさせずに倒すことが肝要。



 つまりは速攻だ。



「いいだろう、私はこれを試練だと受け止める。ならば乗り越えるまで……っ!」


 両者の間は二十メートル。

 今の尊ならただ直進に進むだけならば一秒にも満たない距離。


『――Cケィオス反応を検知』


 加速する思考の中で尊は少しだけ驚く。

 不意をついた特攻。

 明確に敵対する意思は表明した後とはいえ、それでも咄嗟のそれに《拝火者サラマンドラ》は反応したのだ。


 あるいは《拝火者サラマンドラ》自身もこちらの不意打ちの隙を探っていたのだろうか、それとも備えていたのか。

 どちらにしても公園の時よりも遥かにキレを増した動きに反応し、さらには異能を発動して反撃すらしようとしているのは十分に称賛に値する動き。


「――我が憤怒。万象を焼き尽くさん!!」


 サラマンドラの右腕に火炎が猛り狂う。

 そして、その灼熱を自身めがけて疾走する尊へカウンターの如く解き放った。


『観測。恐るべき発動速度を検知。Cケィオスをこれだけ見事に淀みなく集束させ攻撃に転用するとは……』


 それは今までの「球」状の火炎ではなかった。

 直線状に放たれた紅蓮の塊は波濤のように押し寄せてくる。人一人など呑みこみ、それどころか奥に居る巫城すら焼き尽くさんとする紅い壁。


『推測。異能による火炎攻撃。それを無理に連続発動したものと推測します』


 単純な総熱量とCケィオス密度の数値から判断するにそれは「炎球」の一撃すら凌ぐ火砕流とでも言うべきもの。

 尊はそれを睨みつけた。

 恐れではない、ただの障害として。


「――我は掲げる。破邪の盾を」


 押し寄せる炎の波に飲み込まれる直前。

 ただ静かに術式のコードを正式な手順で発動する。


『術式発動――アルギオスの盾よ』


 灼熱と盾は衝突し、そして――。



 熱波と閃光と爆音、そして黒煙が立ち込めた。



 その瞬間、火島は確かに勝利を確信した。

 完全に捉えた、回避不可能なタイミング。


 相手の力は既に公園での戦闘時に知っている。

 そして、あの厄介な盾の強度もだ。

 だからこそ、かの盾ごと撃ち抜いた「炎球」の一撃より強力な自身の限界を超えた祝福の連続行使による一撃。


 ――確実に仕留めた。間違いない。


 火島は激昂はしていても目の前の相手を侮ってはいなかった。


 むしろ、その逆だ。


 自身と同じような超常の力を持つ相手。

 しかもどうにも自身の祝福のようにわかりやすいものではない。

 異様な身体能力に盾の能力、それに重傷だったのにもかかわらず平然としている様子から治癒能力のようなものもあるかもしれない。


 応用の広い祝福なのか、あるいは単に複数の祝福を持っているのか。

 それは火島にはわかりかねるがとにかく底の見えない非常に不気味な相手であることは間違いない。


 神からの試練というのならなるほど相応しい相手だ。

 だからこその速攻。


 出来るかどうかもわからなかったが今の調なら多少の無理なら問題ないだろうと、後のことを考えない祝福の連続行使による圧殺。

 無理をした反動なのか全身の体内が灼けるような痛みに襲われたが放った一撃は間違いなく今の火島に出来る最大の一撃だった。


 そう、


 だからこそあってはいけない。

 炎の波濤の過ぎ去った痕には灰しか残ってはいけないはずなのだ。


 あまつさえ、などあってはいけないわけで――



「――やりたい放題やってくれた分だ。釣りは要らないから」



 尊の拳が火島の顔面に突き刺さる。

 情け容赦なく放たれた異様に硬いその右拳によって火島の身体は壁へと叩きつけられた。



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