第十九話(1/2):拳


『報告。現状では情報が不足しています。せめて巫城悠那が向かっている場所のヒントでもあれば……時間内に捕捉するのは不可能と提言』


 巫城の行方を追おうとしている尊とシリウスは足踏みを強いられていた。

 理由としては至極単純で彼女がどこに向かっているのかわからなかったからだ。


「……何とかならないか?」


『回答。現時点で判明しているのは一時間以内に辿り着ける場所という事実のみ。それも徒歩でなのかタクシーなどの足を拾うことも考慮してなのかも不明。絞り込むにはもう少し情報が必要です』


 シリウスの返答に尊は歯噛みした。

 巫城の様子からして何か緊急の事態が起こっているのらしいが、現状ではそれらしき出来事が起こっているという情報はない。

 あるいはこれから起きるのか……だとしたら巫城の足跡を追うしかないが、それで間に合うのかという疑問も残る。


「目的地さえわかれば、そこに向かえば済む話なんだが……っ!」


『回答。処理能力には限度は存在します』


「それでも……やるしかない。諦めれば可能性はゼロだが、諦めなければ案外何とか……っ。それ以外に手段がない以上は――って、ええい! 何だこの忙しい時に!」


 努めて冷静さを維持しようとしていた尊。


 ぴぴぴっ。


 そんな努力を嘲笑うかのように不意に通信端末から着信のコールが響いた。

 一瞬、無視しようかとも思ったがもしや巫城かと思いシリウスに相手を尋ねた。


『回答。着信相手。佐藤歩』


「なに……歩のやつからか?」


『回答。ユーザーが意識を失っている間に何度も連絡があったのでその件かと推測します』


「…………」


 時間が無いのでこのまま取らないでおくべきかとも考えたがそう言われると少し申し訳ない気持ちになった。

 心配させたのかもしれない、さっさと元気なことだけは伝えて切ってしまうかと尊は思い直した。


「もしもし……歩か?」


「ああ、良かった。生きてたんだね、尊くん」


「いきなり、ご挨拶だな」


「ごめんごめん。ほら、あんな面白そうな事件があったしそのことで話そうと思ったのにずっと無視してるんだもん。もしかしたら事件に巻き込まれて死んだんじゃないかって」


 まあ、大体あってるが。


「そうじゃないかと思ってシカトしてたんだよ。俺はお前のように趣味が悪くないからな、付き合わされるのはごめんだ」


「えー、酷くない?」


「うるせえ。とにかく死んでなくて残念だったな。生存確認も出来たんだからもういいだろ? こっちはちょっと忙しいからもう切るぞ?」


「あー、ちょっと待った待った! 電話したのはそれもあるけど一つ聞きたいことがあったんだって!」


「わかったわかった、後で聞いてやるから――」




だよ。巫城さん」


「……あん?」




「ほら、金曜日に聞かれて答えたでしょ? 尊くんのこと色々と尋ねてまわってる一年の巫城さん。ついさっき彼女を見かけたんだけどなんか様子がおかしくてさ。何か事件の匂いがするし尊くんなら何か知って――」


「おい」


「うん?」


「四の五の言わずに知っていることを全部吐け。何時ごろ前のどこで見た? どんな様子だった?」




 それが今から十数分前の出来事。

 情報を頼りに範囲を絞り検索し、最短ルートでこの石油コンビナートに辿り着き内部へと突入。



 飛び込んできた光景から察するに本当にギリギリのタイミングだったらしい、と尊は内心でほっと息を吐いた。



「ヒーローは遅れってやって来る……ってことで、ギリギリセーフでいいよな」


『回答。現状把握……致命的な事象が起こる前だと判断します。よってユーザーにヒーローポイントを10ポイント進展します』


「……それって貯まると良いことある?」


『回答。シリウスが「ユーザー凄いなー」ってなります』


 滅茶苦茶要らないな、と尊は素直に思った。


「とりあえず、咄嗟に蹴り飛ばしたけど……炎を出してたしアレが《拝火者サラマンドラ》で間違いないよな?」


『肯定。対象のCケィオス反応のデータを照合した結果、解析結果は97.69%一致。間違いないとユーザーに報告します』


 内ポケットに入れていた端末からシリウスの返答が返ってくる。

 尊はそれに少し笑みを浮かべる。どうやら、自身を散々な目にあわせていた相手も中々に酷い目を見ていたらしいことがわかり、ちょっとだけ気分が晴れた気がしたのだ。


「はっ、ならいいや――イメチェンか? ミイラ男」


「貴様……ッ!!」


 包帯の隙間から見える目から燃えるような怒りが溢れている。

 尊はそれを確認しつつ、巫城の身体を隠すように前に出た。


「先輩……っ、なんで……」


「説明は後で聞いてやる。全く……まあ、状況から考えて予想はつくけど。――シリウス」


『報告。区画内のセキュリティネットワーク掌握終了。並びに管理システムをコントロール下に置きました。貯蔵されている石油、ガスなどをパイプライン利用して別の区画へと一時的に移行中……。警戒アラート発令、関係者の速やかな退避を誘導中……退避が完了が確認され次第、順次に防災壁を起動します』


「おおっ……完璧の仕事でびっくりだ」


『恐悦至極』


 騒がしいほどに鳴り響き始めた警報の音にそして隔壁が閉じる音、尊が到着した途端に周囲の状況が変わったのを悟ったのだろう男は辺りをしきりに気にしている。


「……いいか、巫城。 あいつの相手は俺がやるからお前は――」


「……んでっ!」


「おい、聞いてるのか? 巫城は――」


「っ、何でなんですか! なんで来たんですか!」


「あん?」


「怪我だって治ってないじゃないですか! 三回も心臓が止まったんですよ!? それなのにそんな動いてバカじゃないんですか!?」


「今はそんなこと言ってる場合か! っていうか助けられたのにその言い草はないだろ!」


「助けられたくなかった!!」


「……あ?」


「私は……私は本当はあの日に死ぬはずだったんです! でも、そうなるはずものを変えたから! だから! 先輩も二度もあんな目にあう羽目になって! 私のせいなんです! 私の……私なんかが居るから!」


 まるで支離滅裂なことを言いながら泣き喚く少女の姿に困惑する尊。

 《拝火者サラマンドラ》から注意をそらさずに横目に見る巫城の姿はとにかくボロボロだった。見たのは首を絞められている姿だけだったが、よく見れば額から薄っすらと血が流れ、学校指定の制服スカートから覗く足は痛々しく変色した負傷の痕もあった。締め上げられていた首はその力の強さがハッキリとわかるように手の跡が残っている有様、よほどの暴行があったのであろうというのが伺える。


「全部、全部、私のせいだ。私が……っ! ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで先輩も……!」


 何となくだが。この狂乱にはこいつの持っているであろう異能が関係しているような気がする。まるで泣き喚く子供のような有様で――



「ええい! うるさい黙れ!」



 それはそれとして、とりあえず尊は巫城の頭をぶん殴ることにした。


「ふぎゅっ!? な、何を……っ」


「大変な目にあったが、それは俺が選んでやったことの結果だ! 俺が俺の意思で決めてやったことまで勝手にお前が責任を背負うんじゃない!」


「で、でも……」


「正直、お前が何を言っているかは全くわからん! だがな、こっちはお前が助けて欲しかろうが助けて欲しくなかろうが関係ないんだ。やりたくてやってるだけだからな。……死なれちゃ困るからこうして助けてるんだろうが! お前の心境なんて知るか!」


「な、なんですかソレ! 大体、私たちなんの関係も無かったじゃないですか! 初めて会って一週間も経ってないのに……命がけで助けられる理由なんて!」



「――約束をしただろうが。それも二度も」



 別にお人好しというわけではないし、善人というわけでもない。だれかれ構わずに助けようなんて殊勝な性格でもない。


「「必ず助ける」……って」


「――あっ」


 ただ自分で言ったことぐらいは守る、それだけの守る男だ。


「俺は果たせない約束はしない主義なんだよ」


 ただ、約束をした。

 その一点だけで命を懸けて戦うことも……まあ、やぶさかではない。


 約束というものは相手とそして何よりも己自身に結ぶもの。

 一つ約束を破れば己を一つ捨てること同義だと尊は考えている。


 だから誓った手前、やり通す必要があるのだ。


「要するに俺がここに居るのは結局は俺のため……責任なんて感じる必要はないってことだ。……それにな――俺はそういう自分が少しだけ好きなのさ」


「……先輩」


「下がってな」


 尊はそういい放つと完全に視線を切って前に出る。

 後ろで巫城がコクリと頷いたような気がした。


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