第十六話(1/2):星を観る者
粗雑に巻かれた包帯の下の焼き焦げた顔に鋭い痛みが走る。
身体全体に負った打ち身、裂傷、その他諸々の痛み。
それらを煮えたぎる怒りのエネルギーでねじ伏せる。
「西ノ池庭園」からおよそ三キロほど離れた解体中の工事現場。
そこで火島は身体を休めていた。
「……うぅ……ぐっ……」
屈辱。怒り。
それらが今の火島の脳内を埋め尽くしている。
「何だ……最後の……アレは……」
最後の一撃。あれは確かに必殺の意思で放ったものだ。
確かに力を得て数日しか経ってないとはいえ、それでも火島は加速度的にその力を使いこなしている自覚はあった。
そして最後の炎に関しては間違いなくあの時出せた最高の一撃だったはずだ。
「確かに……消耗はあった。連続の使用、そして負傷によるダメージ。それでも……時間をかけて練り上げた炎だった。それなのに――」
――何故、やつらは死ななかった?
いや、火島もわかっているのだ。
あの男が最後の最後に魅せた――輝き。アレで何かをしたのだ。
その後の爆風と閃光、そして辺り一帯を一時的に覆いつくした熱せられた蒸気。
それらによって最後まで確認できたわけではないが、逃げるように去っていく機械の駆動音と人の気配だけは察知していた。
つまり、火島はまたもや逃げられたということだ。
「ぐっ……ぅう……っ!! ~~~ッッ!!」
気が狂いそうになるほどの怒り。
今が人目から忍んでいる状況であること身体のことがなければ、叫び声を上げて手当たり次第に暴れていただろう。
それでも理性を総動員して何とか我慢し口をつぐみ、怒りの感情をミネラルウォーターの水と共に腹へと落とす。
「ふぅふぅ……くそっ、水も……残り少ないのか」
元々逃亡犯である火島の所持品というのほとんどない。
この街に来た時も碌なものは持っておらず、最初にやったことも空き巣に入ったぐらいだ。
リスクの高い行動ではあったが一先ずのそこそこの現金と食料、そして服なども入手できたのは僥倖だったがそれだけだ。
持ち歩いて動けるものなど袋に入れられるのが精々だ。
飲料だって一度に大量に買っても重くなるし、そもそも必要になれば買えばいいだけだからと詰めていたのは500mlが二本だけ。
それを隠れてからチビチビと飲んでいたのだがついに無くなってしまった。
外は警察やメディアがウロウロし、そして何より今の状態が状態だ。
顔面に包帯を巻いた不審者がコンビニやスーパーマーケットに行けるはずもない。
「……っ、がァ!! くそっ……くそっくそっ!」
惨めだ。
じっと怯えるように隠れ潜んでいる今の状況が、何よりも火島を苛立たせた。
――私は神の祝福を授かったはずだ。選ばれた存在であるはずだ。
ここに祝福はあるのだ。
どこからともなく火炎を生み出す超常。それが神の力でなければ何というのだ?
ではなぜ、神の祝福を持ちながら火島はこんな無様を何故晒している?
「奴らの……せいだ!」
本来、ここは身を引くべきなのだろう。
冷酷に何度も罪を重ねてきた連続殺人鬼としての経験は言っている。
神の祝福など知らぬ警察が火島のことに辿り着ける道理はない。
ならば街を離れることは難しくなく出来るだろう。ある程度の体力も戻ってきている。
別の街でゆっくりと身体を癒し、力についてもしっかりと理解を深める。
万全に使いこなせるように鍛え、そして情報を集め調べ上げ計画を練って……再度、あの二人を確実に。
そうするべきだとわかっているのだが……。
「……ダメだ……ダメだダメだ……っ!」
留まれば留まるほど危険。
それがわかっているのにこうしてこの街で足踏みをしているのが火島の本心だ。
違うのだ。
これが必要にかられての判断ならば火島も合理的に判断したのだろう。
だが、神の祝福を持って全力で殺しにかかってそれでも逃げられたとなれば話は別だ。
あの男も祝福に似た超常の力を持っていた。
つまりはあの二人が生き残ったのは彼らが火島より選ばれた存在だったから……ということにならないだろうか?
――到底、見逃せるはずがない。
それだけは認めるわけにはいかない。
必ず殺さなくては。
――……だが、どうする?
公園での一件が派手過ぎたために街は厳戒態勢だ。
今のところ見つかってないとはいえ、進展がなければ捜査員は増員されるだろうしパトロールも強化される。
そうなればいざという時の脱出も難しくなる。
だから動くならば出来るだけ早めに動き出すべきだ。
――学生服から伏見高等学院の学生であることはわかっている。だが、それ以上は……時間と余裕さえあればある程度調べることは難しくないが今はそのどちらもない。短期間に見つける方法がない。
公園での一件だって奇跡のような偶然の結果だ。
また、神の手助けを期待するのは不遜というものだろう。
――それに……仮に見つけたとして今度は確実に殺せるのか? 男は強かった。相手の意表を突くことで攻撃を命中させることが出来たから良かったものの、あの運動能力によるスピードにあの盾の防御力は脅威……。
溢れ出しそうになる怒りを制御しながら、火島は冷静に頭を巡らせる。
だが、どうしても名案が浮かばなかった。
「力が……もっと強い力があれば……」
うわ言のように呟き、ふと火島は思い出した。
横にしていた身体を起き上がらせると痛みに顔をしかめながら、部屋の隅の方に放置していた黒色の布袋を開けるとひっくり返した。
布袋はそれなりに丈夫で大きく物が入りそうだと空き巣に入った家から拝借し、中身は適当に使えそうなものを放り込んでいる。タオルや携帯食料、百均で購入した紙コップにライターなど様々だ。
だが、地面に散らばった物の中で一つだけ異色さを放っている物があった。
それは筆箱ほどの丈夫そうな金属製のケースだ。
辺りに散らばっているものが安っぽいものばかりなので一層異様に見える。
それは火島が護送車から逃げ出す際に奪ったものだった。
「………………」
火島はこれが何なのかはわからない。
だが、使い方は知っている。
金属製のケースをそっと開けるとそこには万年筆のような太さのシリンダー状の物体が三本。
一本は既に空だが残り二本の中には粘度のやや高い青い液体のようなものが入っている。
「そうさ……必要なんだ、私には」
火島は徐にそのうちの一本を手に取るとその頭のような部分を回転。すると反対方向の先端から針が飛び出してきた。
そして、それを確認すると躊躇いなくそれを腕に突き刺した。
「私は必ず……っ」
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