第十三話(1/3):公園での死闘・Ⅲ


 衝撃、木々を薙ぎ払う音。

 痛みはなかった。

 全てを防護膜が受け止めたからだ。


「―――っ、怖かった!!」


 アルケオスとしての右脚の力をフルに開放。

 大地を蹴った推進力で弾丸のように雑木林へと突っ込み、直線上にあった木々を犠牲にして尊たちは地面へと着弾した。


 限界まで速度を出すための溜め、途中で撃ち落とされないように弾幕を一旦集中させるために足を止める必要があったとはいえ――中々に肝を冷やす体験だった。


「(見渡す限りに火の球の光景ってのは……わりと絶望的な光景だった)」


『(達成。攻撃範囲内から逃れることに成功しました。ユーザーに惜しみない称賛を)』


「(ああっ……賭けに出た甲斐はあった)」


 挫けそうになった心を鼓舞しながら何とか意識を切り替えて彼は立ちあがった。

 現在の場所は雑木林の奥。

 《拝火者サラマンドラ》の攻撃範囲から逃れる作戦は見事成功したと言っていい。

 運動能力はこちらの方が上である以上、仮に全力で追って来ていたとしても少しは時間は稼げたはずだ。


「……っと、そうだった。こうしてる場合じゃなかった。巫城……っ! っ!」


「はらひれ~~」


「…………」


 抱きかかえていた巫城に眼を落とすが物の見事に目を回していた。

 さもありなん。


 とはいえ、時間が無いので尊はその頭を叩いて起こした。


「――へう!? ね、寝ていません!」


「巫城、無事だな」


「えっ……は、はい!」


『(効率。迅速な対応です)』


 意識を取り戻すも状況が掴めておらずあわあわしだす巫城を無視し彼は話を進める。



「お前はさっさとこのまま逃げるんだ」



「えっ」


「反対側に逃げて公園から出ろ。出来るだけ人気のある方に……いいな? これだけ派手にやってれば色々とこっちに寄ってくる人の波がある。それに上手く紛れて出来るだけ遠くに逃げるんだ」


「で、でも先輩は!? 一緒に逃げるんですよね?!」


「そうしたいのも山々ではあるんだがな……」


「(実際どうなんだ? 身体の調子は?)」


『(報告。身体的な多大な負荷。常人の限界を超えるスペックを一時的に引き出す以上、負担もそれに応じて発生します。七割は生身のままであることから、連続的に使い続ければ蓄積する負荷も無視できなるレベルになるのは必然でしょう。致命的な損傷はまだですがなどは既に発生済み)』


「(……そんなの気付かなかったんだけど)」


『(回答。ユーザーの体内で現在分泌されているアドレナリン量等に干渉して一時的に麻痺させている状態です)』


 道理で……と尊は納得した。

 妙に感覚が鈍いと思っていたのだ。

 ただ身体全体の内側から発せられるような熱っぽさがあったが……それは気のせいではなかったらしい。


 恐らくは思っている以上に酷使していたのだろう。


(早めに覚悟を決めて正解だったな)


 判断は間違いではなかったと彼は改めて思った。


「――どうやら、そういうわけにもいかないらしい」


「そ、そんな! 何をする気ですか!? 危ないことをするんじゃないでしょうね!? いくら、先輩がなんか強くても……っていうか何で先輩一体何者なんですか!? 私を抱えてぴょんぴょん動き回るし、見間違いじゃなければなんかバリアみたいのも使ってましたよね!?」


「そこら辺はちょっと一言で説明できないというか……まあ、けどアレだ。そんな力があるからアレにも対抗できるってことで納得を一つ」


「っ、ダメですよ!! 先輩が実は超能力者だとかどこかの機関のエージェントだったとか、変身系ヒーローだったとしても……命は一つしかないんですよ!? 怪我をしたらとても痛いし苦しいし……放ってはおけません!」


「む……」


「だから逃げましょうよ、先輩……? ね?」


 そう言って震える手先で尊の服の裾を掴む姿にはその身を案じている様しか見て取れなかった。

 ただ一人で逃げるのが不安だとか怖いとかそういうことではない。

 ただただ純粋に心配をしているのだとじわりとうるんだその瞳が訴えかけていた。


 その姿を見て彼は軽くため息を吐いてその胸中を素直に漏らした。



「……何でもっと嫌な奴じゃないんだ」



「ええっ!? なんでいきなりこの流れでディスられたんですか私!?」


「いや、褒めてる褒めてる」


「あれェ!? いや、逆説的に……や、やったー?」


 あまりと言えばあまりの言い様に完全に混乱している巫城の声を上げる姿を見て、尊はどこか諦めたように軽く笑った。

 勝手に笑えてしまったのだ。


「まっ、安心しろ。お前という重いお荷物が居ない分一人ならどうとでもなるさ。動きやすいし」


「お、重くないですよ!? 私は!?」


「ああ、確か体重は――だったっけ? やはり胸部の分だけ軽量化が……」


「な、ななななんでそんなこと知ってるんですかー!? 乙女の重要情報ですよ!?」


「いや、ちょっと調べた時に……。入学時の身体測定の情報をほら……あと、これは余計なお世話かもしれないけど英語の点数低すぎない? 入試でこれだけギリギリラインだったみたいだけど」


「日本人は日本語だけ出来てればいいんですー!! ……っていうか先輩って今までと態度が全然違くないですか!?」


「いやまあ、こっちが素というかなんというか」


 揶揄うように言うと巫城の気は良い感じに抜けたように見えた。


「まぁ、なんだ……つまりは俺はヒーローをやるほど人が良くはないってこと。一応、やれるだけはやってみるけどヤバくなったらさっさと逃げるさ。だから、気にするな」


「あっ……」


 一応、それは素直な彼の本心のつもりだった。

 少なくとも多少の勝ち目はあると考えているからこうして行動しようとしているだけだ。

 ここで《拝火者サラマンドラ》と決着をつけれればそれに越したことはないし、ただ逃げるだけなら巫城がいない状況なら手段としてはそう難しくもない……という打算だってある。


 後は……そうだ。

 ほんの少しばかりの男としてのがある。


 それが尊を格好をつかせるのだ。


「ほれ、こいつを持っていけ」


 何かを言おうとした巫城を黙らせるように自身の端末を彼は押し付けた。


「うわっ?! な、何を……」


「頼んだぞ、巫城を公園の外までエスコートしてやってくれ」


『了解。ユーザー』


「って、喋ったァ!?」


 ピロンっと音を立てて起動した端末の画面にはシリウスのアバター。

 あくまで本体と言うべきシリウスは尊の中で現在もそのサポートに勤しんでいるが、一部を切り離して外部端末を子機のように動かすのは難しくないとのこと。


 所詮は道案内だけなら大した演算処理領域も使わない。


「そいつの指示に従って動けば安全に出られる。わかったな?」


『了解。よろしくお願いいたします。巫城悠那』


「えっ、あっと! よろしくお願いします! なんですか最新のアプリか何かですか?? でも、明らかに応答している……」


 目を白黒しながらアワアワと画面の中のアバター相手にお辞儀をしている巫城を見て、彼は笑いをかみ殺しながら言った。


「機会があったら教えてやるさ。さぁ、さっさと行け。俺が逃げられなくなるからな!」


「あっ……」


 巫城が我に返る前に尊は歩き出した。

 

「まっ――」


 彼は振り返らなかった。


『移動ルートを表示。指示に従って……』


 そして巫城悠那は……。



―――――――――――――――――――――――――


・シーン1

https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330669058155144

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