第十話(1/2):そして狼煙は上がる


「はーーー! 美味しかった♪」


「(ウッソだろ、マジで食い切りやがったあの量を……)」


『(計算。軽く見積もって成人男性の三、四人前のカロリーを彼女は摂取)』


 時はしばらく。

 ラーメン屋での食事も終わり、尊たちは中央通りから離れたとある公園にやってきていた。

 天去市に流れる一番大きな川である八沼川。

 その八沼川の堤防に沿うように作られた市の中でも一番大きな公園で、その中でも一番大きな池が特徴の「西ノ池庭園」に二人は居た。



 彼が食後に誘ったためだ。



 元から注目を集めて話をするには不適当だと考えていたラーメン屋の店内だったが、フードファイターの如き巫城の食いっぷりに今度は別の注目が集まったために断念を決定。シリウスとの相談の元、それほど離れていないココへと決めたのだ。


「ご馳走さまでした、先輩!」


「あ、ああ。満足してくれたようで何よりだよ」


(確かに奢るとは言ったけど、あれほど遠慮なく食う……?)


 二人分の食事代とは思えないほどの代金に若干恨めしく思ったものの、いい笑顔でお礼を言ってくる巫城に何とも言えなくなってしまった。

 言い出したのは自分なので黙って支払いはしたが……。


『(進言。ともかくとしてここからが正念場です。場合に備えてここに誘導することは僥倖)』


「(ああ、わかっている)」


 今月に入っての猛烈な出費に少し遠い気持ちになりかけるも、シリウスの言葉に尊は気を引き締めた。

 この場所に巫城を誘ってやってきたのは単に店の中で会話をするのが難しかったからという理由だけではない。最悪の場合――。


「(あるいは戦闘が起こるかもしれない。その注意だろ?)」


 もし仮に巫城が犯人だとして、人目のあるところで犯行を起こさない――という選択を取るかは微妙なところだった。

 これまでの連続放火の傾向からシリウスのプロファイリングによると段々と過激に、大胆に……あるいは我慢が効かなくなっていると考えている。


 一番最近のものになると生き物を焼いているのでこれに関して尊も同意見だ。


 そうなると人目があっても抑制になるかは怪しく、相手の異能を考えると仮に暴れた場合被害が甚大になる可能性が高い。何せ相手は炎の異能持ちだ、街の中で使われればどれほどの被害になるか……。


『(報告。調べた限りにおいて最近の連続放火事件のこともあり巡回中の警察官などの帰宅呼びかけのお陰か、公園内そして周囲に人気は平時に比べて激減しています。更に先ほどまで警察無線を傍受、偽造し誘導することで巡回させて掃除したばかり。公園内の管理用のドローンも一時的に掌握、稼働させ公園内を回らせていますのでここに一般の第三者が偶然迷い込んでくる可能性は最小限といえます)』


「(よくやるよホント)」


『(これぐらいのこと未来の最先端サポート管理AIであるシリウスにとっては造作無し。ですがユーザー……)』


「(いつ相手がアクションを起こしても対応できるように気を付けろってことだろ? わかっている)」


 シリウスの言葉を借りるのではあればフラグ。

 それも特大のイベントが起こりそうな流れを彼も何となく察していた。


『(当然。ですがそうなった場合の……後についてのことをシリウスはユーザーに注意を促します)』


 シリウスはそう念を押すように言った。

 襲われる可能性の示唆だけではない。


 それもあるがそうして仮に戦闘になったとして、それに無事に勝てた後のことについてシリウスは言っているのだ。


『(現状。異能者の力を封じる手立ては存在していません。未来においてなら特殊な薬剤を定期投与することによって、異能の発動までのメカニズムに誤作動を誘発させ弱体化させるという手段が存在しています。ですがこの時代においては当然存在しない。つまり、それは異能者を安全に無力化する手立ては存在しないということ)』


「(……………)」


『(対象はすでにユーザーを一度殺害しています。その後も犯行を続け凶悪性を増加しています。またその異能自体も攻撃性殺傷性に優れた能力。対象の異能を封じる手立ても対異能者用の監獄もない今の時代、今後のユーザーの安全を最も確実に確保するには対象の処分が確実な手段が必要だとシリウスは主張します)』




 それはつまりということだ。




『(無論、今後の活動のための貴重な情報源でもあるので必要なだけ十分に吐かせてからとなりますが。だが、軍でも使用された対尋問用のマニュアルデータもありますのでご安心をユーザー。シリウスがサポートを保証します)』


 わからないではない。というかシリウスは正しいのだろう。

 異能力を持った犯罪者、それが凶悪な奴でしかもその能力を封じる手立てが無いとなればそれが実際に有効で一番早く確実だ。

 警察に身柄を引き渡したところで何とかなるとは思えないし、ではかといって対応できる尊たちでずっと監禁監視をするというのも現実的ではない。


 理屈としてはわかるが。


「(――それは無しだ)」


『(保証。安全な隠滅処理サポート)』


「(そこを心配してるわけじゃないんだけど)」


『(回答。ですが対象は一度はユーザーを殺害した相手です。こうしてユーザーが生きているのはただの偶然。危険な不確定要素は排除が一番合理的な判断となります。使命達成への行動にも影響が出る可能性を考慮すると看過できません。無論、協力してくれるのであれば一考の余地がありますがプロファイルから演算する犯人の人格データは社会的にも不適合な人物です)』


「(――だ)」


 自分を殺した相手への憎しみなら確かにくすぶっている。

 だが……。


(こいつが……本当に?)


 夜風を気持ちよさそうに受ける巫城の様子を横目に見ながら尊はそう思わずにはいられない。

 一応助けた形になったとはいえ出会ってから明け透けなほどに正直で、好意的な態度を示す巫城の様子は何というか警戒心をどこかにおいてきたかのように懐いてくる子犬を彷彿とさせる。


 それがどうにも彼の中での犯人像と合致しない。


 明確な記憶として形があるわけではない。

 だが、尊の中での犯人のイメージというのはそう……おぼろげな温かみのない爬虫類のような眼がイメージにある。

 そしてそこから連想される陰湿なドロドロとした悪意。


 それがどうにも巫城の様子と重ならない。

 そして何より、


(……怖くない)


 表には出さないし、強がりなために口にも出さない。

 だが事実として彼は犯人に対してトラウマを持っていることをどこか他人事のように自覚していた。


 記憶を取り戻すという近道を取ろうとしないのもそうだし、月曜のゴミ置き場での小火の現場を見た時だっていつの間にかジットリと背中に汗をかいていた。

 無意識で忌避しているのは客観的にみても間違いないないだろう。


 記憶としては封印していても身体は覚えているのだ。

 だからこそ、もし犯人を見つけたらあるいは何かしらの反応があるかとも思ったのだが……。


(特にないな)


 夜の公園。灯りも決して多くない道を二人で歩きながらこっそり伺って見ても、やはり不調は起こらない。

 とはいえ、所詮は巫城の様子に気が削がれるのも恐怖を覚えないのも尊の感覚一つで別に犯人じゃない証拠にはなり得ない。


 やはり、意を決して踏み込んでみないと始まらない。


(――よし、それじゃ……)


「それにしても本当に良かったです緋色先輩! 急に学校に来なくなるからやっぱりどこか悪くなったんじゃないかって心配で……っ!」




(……なんか、勝手に自分から喋り始めたな)




―――――――――――――――――――――――――

・シーン1

https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330667972456843

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