第十話(2/2):そして狼煙は上がる
どうにもタイミングが悪いな。
尊はそう思うも相手から話の切っ掛けを作ってきたのに対し合わせることにした。
「あっ、ああ。……ちょっとした病気でな」
「本当に大丈夫ですか? やっぱりあの廃ビルでのことで身体を悪くしたんじゃ……」
『(ユーザー)』
「(わかってる。集中させてくれ)」
シリウスへそう返答しながら彼は警戒度を引き上げた。
巫城は「廃ビル」という言葉を口にした。
尊とあの場所の関係性を知るものはそうは居ないはず。
動揺を表に出さないように注意をしつつ、会話を続ける。
「あー、それは大丈夫。今日から学校には復帰しているからな。まっ、ベッドでずっと寝てたんで少し運動不足ではあるけど」
そう言って少しわざとらしくも右腕を回して見せた。
その様子を見てどう思ったのか巫城は安心したかのように微笑んだ。
「良かった……っ! 本当に」
「えっ……と?」
それにとどまらずに極まったように少し涙目になった巫城に彼は激しく動揺した。
「先輩が居た廃ビルがあんな事になって……しかも次の日に行ったら腕のような物が見つかった……って、それで私……先輩が死んじゃったと思って……ぐすっ」
「(ど、どういうことだ?)」
『(解析。巫城悠那の言動記録)』
「でも、月曜日に登校したら先輩には学校に居て……腕もあって、ぐすっ……幽霊にでもあったような気がしけど……ひぐっ……ああ、でもあの日の方が悪い夢で……先輩が無事だったこっちが現実なんだと思ったら……次の日から学校から来なくなって私……っ」
「あーと、えーと。ほら、泣くないで。ね? 俺はこの通り幽霊でも何でもないし、五体満足で生きてるから」
段々と涙声になっていく巫城をとりあえず必死に慰めながら、尊はシリウスにヘルプコールを送った。
「(おい、これどういうことだ? 俺を油断させるための演技……とか?)」
『(整理。巫城悠那の話からするとユーザーがあの場所にいたことは知っていました。そして、事件現場でユーザーの一部が見つかったことで誤認をした。そういうことになるのではないかと)』
「(つまり偶然、俺があそこに入るとこを見られていた?)」
『(肯定。言動をまとめるとそのようになります)』
「(一応、辻褄が合う……のか?)」
彼があの建物に入っていくところを見て、そしてその後にあの惨事になり次の日には身体の一部が見つかった。
なら死んでいると思ってもおかしくないし、学校で会った時の反応も理解は出来る。
(つまり犯人ではない? ただの目撃者?)
「ぐすっ、ひぐ……っ、すいません。なんか安心しちゃって」
「いや、まあ別にいいけどさ」
(つまるところただの勘違い、考えすぎだったってこと?)
無駄に緊張して損をした気分になったが、同じくらいにどこか安堵した自分の気持ちに彼は気づいた。
「(つまりは無駄足ってことか?)」
『(不明。彼女が真実を言っているかは現状判別不可です。まだ注意は怠らないようにユーザー)』
「(ああ……そうだな。とはいえ、俺が事件前後の記憶を喪失してるなんて犯人が知るはずない、変な騙しとか嘘とかで様子を伺う理由もないような……)」
『(同意。その点については理解します。ですが顔や正体がバレてない自信があり、そしてなぜ生きているかの秘密を探ろうとしている場合ならば……)』
「(そこまで理性的に頭を働かせているなら、そもそも一連の放火騒ぎなんて起こしてないと思うが)」
『(……ユーザーの主張に一定の合理性を見とめる。巫城悠那の脅威度カテゴリーを低下。ただカテゴリーの低下のみ。容疑者のカテゴリーからの除外の必要性は不必要と考えます。情報源としての重要度はむしろ向上。注意を払って情報収集のミッションを続行してください)』
それは確かにと心の中で尊は同意した。
想定とは違ったが今度は巫城に目撃者としての価値が出てきた。当時、その近くにいた彼女なら何か犯人に繋がる情報を持っているかもしれない。
(もっと言うなら犯人の姿を見ている可能性もある)
どのみち詳しく話を聞く必要はある。
ここが今人気のない公園でよかったと思いながら、彼は巫城が落ち着くのを待つことにした。
「………ずずっ、そのすいません。急に」
「別にいいさ。心配してくれたんだろう? それに対してどうこう言ったりはしないさ」
「お、お恥ずかしいです」
ようやく泣き止んだかと思えばそう巫城は顔を赤くし照れ隠しのように頬をかいた。
言葉通りに恥ずかしがっているのだろう。何というか感情表現が素直な相手である。
(コロコロ表情が変わるというか……)
どうにも困った。
悪感情というわけでない。ただ、どうにも善良というか裏の見えてこない相手に疑いを持って接することにちょっとした居心地の悪さを感じたのだ。
(まあ死んだと思っていた人間が生きていたらそれは驚く……けど、次の日から来なくなったからと言ってわざわざ探す? 学校を休んでまで?)
少なくとも尊だったらしない。
所詮は知り合いでもないちょっと見ただけの他人。
だが、あの彼の姿を見て安堵した表情も涙も演技とも思えない。
となるとこれが根っからの善人というやつなのだろう。
あまり理解のできない人種ではあるが、自分に向けられた善意を斜に構えて受け取るほど尊も恥を知らない性格ではなかった。
(打算とか警戒とかしまくって話しかけたのって……いや、危機管理とかそういう意味では間違った行動ではないんだけども……)
「あー、なんだ。その件でちょっと話したいこともある。少しいいか?」
「は、はい! 何でもどうぞ!」
若干落ち込みそうにもなったが彼は頭を切り替えて話を進めることにした。
「そうだな、少し飲み物でも……自販機もそこにあるし。何か飲みたいのあるか?」
「い、いいですよそんな! 奢って貰ったばかりで申し訳ないですし」
「気にするな。今更、百円二百円変わらないから。あんなに健啖家とは思わなかった」
「ふぇ!? い、いやあのですねいつもはあんなに食べるわけじゃなくて今日は偶々――」
「はいはい」
「ちょ、ちょっと聞いてますか先輩!?」
ほんの少し揶揄してみると面白いほどあわあわと慌てだした巫城に、少しだけ留飲を下げて背を向け尊は自販機へと向かった。
適当に飲み物でも買ってさてどうやって詳しい話を聞きだすとするかと悩みながら、ポケットの中の財布に手を伸ばした……その瞬間のこと、
『(緊急通達! ユーザーの後方にて
(――は?)
唐突に発せられたシリウスからの警告。
それに彼の意識は一瞬の空白。
そして次々にその言葉の意味を考える。
(俺の後ろ?
つまりは。
(騙された?)
弾かれるように振り向いた瞬間に飛び込んできた光景。
そこには当然のように巫城がこちらを見つめていて……。
しかし。
「―――ッ!!?」
『(ユーザーッ!? それは……っ)』
シリウスが何かを言っている。
それを認識する間もなく、
「西ノ池庭園」の一角はその日。炎上した。
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