第十一話(1/2):公園での死闘・Ⅰ
――ようやく見つけた。
標的を繁華街で視認した時、火島那蛇の心はそんな歓喜で満たされた。
天去市は大都市計画化も進み、総人口では二百万人超えに達するのも近いと言われる都市。再開発がやや遅れているこの区は他の区よりマシとはいえ、その人の数の中でただ一人の標的を再度捉えることが出来る。それはなんたる幸運。僥倖。奇跡と呼んでも差し支えは無いだろう。
少なくとも火島はそれを天祐だと受け取った。
――ああ、神よ。
漏れ出しそうになる力を押し留め、火島は冷静に距離を取りながら標的を観察した。
そもそも一番最初に衝動的に動いてしまったのが失敗だったのだ。もとより火島は慎重派の人間だ。用意に用意を重ね、対象のことを調べ上げ準備をしてから実行する。
だからこそ、これまで十二件の連続殺人を実行できたのだ。
所謂、連続殺人鬼と呼ばれる存在こそが火島の正体だ。
流石にそれだけやるとミスも積もってしまうのか最終的には警察に捕まってしまったものの。それでもこうして外へと逃げ出すことに成功してこの街へこうして潜むことが出来た。
火島はそれに大いなる意思を感じた。
やはり、自身を後押ししてくれている存在が居るのだと。
そう感謝を捧げながら逃亡生活のせいか少し疲れた身体を引きずりながら、何か食べ物でもと外を歩いている時に……。
出会った。
獲物を決める時はいつだって直感がざわめくのだ。
理屈ではない。ああ、コイツにしようというのは火島の中か……あるいは外側か。そう囁くのだ。
火島はそれを疑わないし、疑問にも思わない。考えるとしたら冷静にどうやろうかと手段や計画について頭を巡らせることのみ。
そうして来たというのに……。
十三番目の獲物を決めた時はそれを崩してしまった。
その結果は獲物を取り逃がすという屈辱の結末に繋がることとなった。
だが、そんな火島の雪辱を晴らす機会を神は与えてくれたのだとそう思った。
――やはり見ていてくれたのだ。
故にひっそりと慎重に注意を払って尾行しているとまるでお誂えたように対象は人気のない公園の方へと向かっていくではないか。
あまりにも出来過ぎていて笑ってしまう。
――余計なおまけもついているようだが、ここでやってしまおうか?
そんな考えが過ってしまう。
六日前、対象を見つけた時もあまりにも状況が良すぎて咄嗟に手を出してしまったのが原因だったが今はこちらの状況が違う。
あの時は精神的ストレス、体調の不良による自身の判断力の欠如を認識せずに目の前のチャンスに飛びついたのが根本的なミスだ。どれほど状況が良くても冷静さを欠いて慌てて飛びついた時にはチャンスというのはチャンスではなくなってしまうのだ。
――今の私は違う。体調は万全、むしろ調子が良すぎるくらいだ。
冷静さを失ってはいないし、そして何より力がある。
神からの祝福。浄化の炎の力が。
――最初の獲物はキミだと決めていたんだ。キミを殺せばもう我慢の必要もなくなる。あんな畜生で発散する必要もなくなる。
火島はこの力による最初の生贄を逃がした獲物である対象と定めていた。
それを捧げない限り、次を捧げないと。
だからこそ、我慢に我慢を重ねながらも探していたのだ。対象を殺せば次の供物探しにも移ることが出来る。
燃やせ、燃やせ、燃やせ。
そう火島の内に眠る力が囁く声を聞いた気がする。
「……御心のままに」
火島はそう呟くと公園へと向かう階段に足をかけた。
笑みを浮かべ軽やかに。神からの祝福を思うままに開放する……その瞬間を思い描きながらなら歩き始めた。
轟音。
ついで衝撃。そして熱波。
『(――――――――ッ――!)』
焦げ付くような鼻を刺す臭い。
そして肌を焼く熱量。
『(ユー――っか―――ッ――!!)』
全身に走る鈍い痛み。
そして、目の前に広がる。
紅く燃える灼熱の炎。
美しくも触れるものを全て焼き滅ぼさんとするそれが辺りに広がっているその光景、それは正しく地獄の如きと思い起こさせた。
ああ、だが知っている。
(――俺はこの光景を……)
『(――ユーザー!!)』
「っ!?」
そんなシリウスの声が飛び込んできて尊はぼんやりしていた意識をハッキリとさせた。
いや、まるで急に聞こえ来たかのように感じたが実際は何度も呼びかけていたのだろう。
それを認識できなかっただけで。
実際の時間では数秒と経っていないはず、だがあまりにも急に物事が起こり頭が追いついていなかったのだ。
「い、一体何が……!?」
『(報告。異能攻撃による襲撃。シリウスによる警告にユーザーはこれを回避することに成功しました。だが不安定な状態での回避行動のため、次いで発生した爆風に吹き飛ばされる今に至ります。頭部への損傷が軽微と確認。意識は明瞭かであるか問う)』
「っ……ああ、思い出してきた」
淡々と事実だけを明瞭に報告してくるシリウスの言葉を聞くにつれて、落ち着きを取り戻し目の前の状況がようやく認識できるようになってきた。
数秒前までは公園の管理ドローンのお陰でゴミ一つなく整備された園道が、爆撃でも受けたかのようにめくり上がり、彼が使用しようとした自販機などはそれをまともに受けてしまったせいか、原型をとどめないほどに焼き爛れて破壊されていた。
爆風によって舞った道沿いの木々の葉は可燃物となって至る所に火を広め、園内はまるで戦場のような様相に様変わりしていた。
『(分析。高熱量の火炎攻撃。予測された範囲ではありますが出力規模については――)』
火と煙の向こう側にゆらりと人影が見える。
それはこのような異様な状況でありながら、逃げるわけでもなくこちらを見つめている。
偶然に通りがかった第三者というわけでは当然ながらないだろう。
つまりはその人影こそが下手人というわけだ。
男――だとは思う。
曖昧な表現になったのはその人物が容姿を隠すように着込んでいたからだ。
黒のライダージャケットに頭部はフルフェイスのヘルメットで覆っている。
当然、顔はわからない。どんな表情でこちらを見ているのかも。
だが、友好的な存在でないことはわかってしまう。
記憶がなくても尊の身体はどうやら覚えているようだ。
あれが自身を殺した相手だと。
意識せずとも呼吸は浅くなり動悸は激しく小刻みに震えが走り、知らずに相手の一挙手一投足に眼が奪われていることに気付いた。
それはまるで捕食者に怯える小動物のように。
いや、まるで……ではないか。
事実として彼は怯えていたのだ。
(くそっ、情けない……っ! どうする? 相手はどう出てくる……?!)
男は仕留めそこなった事実を不思議に思っているのか、何やら確かめるように右手を開いたり閉じたりしている。
尊はその様子を眺めながらどう動くべきかと頭を巡らせ、
「………ぅぁ」
そこでようやく自身の腕の中に居る巫城悠那の存在に気付いた。
(はて、何故巫城はこんなところに居るのだろうか?)
半ば本気で疑問に思うも……そういえばと完全に思い出した。
ほんの数秒前のこと。
シリウスの警告を聞き、振り向いた時に飛び込んできた光景。
巫城を挟むようにして反対側に現れた人影がこちらに手のひらを向けるように立っている姿に、猛烈に嫌な予感を感じた尊は考えることをやめて無我夢中で巫城の方へと向かったのだ。
そして、巫城を抱え込み離脱しようと跳躍した直後に男から離れた炎球が地面へと着弾し、その爆風に吹き飛ばされるように転がって……今に至る。
なんてことはない、ずっと巫城が腕の中に居たのに気づかないほどに尊は動揺していただけなのだ。
そして気付いた。
腕の中の巫城の身体は震えていた。
地面を二三転ほど転がったせいか顔には土汚れが付き、両目を大きく恐怖で見開きながら煙の向こうの男を見つめいてた。
当然と言えば当然だ。
状況がわからないにしても目の前の惨状を見れば自身が死ぬ直前であったということぐらいはわかるだろう。
死の恐怖なんて普通に生きていてそう体験できるものではない。
一度死んでその記憶に耐え切れずに自身で消した彼だからこそわかる。
だからだろうか。
「……安心しろ。必ず助ける。約束する」
「……ぁ」
柄にもないそんな無責任な言葉を尊は吐いてしまった。
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・シーン1
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330668524126230
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