第十一話(2/2):公園での死闘・Ⅰ
恐怖や混乱がなくなったわけではない。
だが、自分以外の怯えている人間を見ると落ち着くというのは本当らしい。
少しだけだが冷静さを取り戻せた。
巻き込んでしまったな。
そういう申し訳なさもあった。
誰が悪いのかと言えば間違いなくあの男が悪いのだが……。
(どうにか逃がさないと)
混乱していた尊の意識が一先ず冷静になっていく。
『(提言。ユーザーの一時撤退をシリウスは推奨します。現在の状況は非常に悪い。一度引き態勢を――)』
「ダメだ」
『(疑問。理由の提示を要求します。不安を煽ることになると思い、あえて伏せていましたが――対象の異能のレベルが予測よりもかなり高い。そして何よりもユーザーの今の状態は精神状態が最悪です。それはユーザーが一番理解しているはずですが?)』
「…………」
≪|一次稼働解放状態(ザ・ファースト)≫。
それが本当の意味での
AEXプログラムはあくまでも近接戦闘等の戦闘行動を補正し、素人でも一定以上の動き、戦闘術を得られるためのもの。
そこにさらにアルケオスの眼、そしてセンサー類によるリアルタイム情報の収集速度と領域の増大。
即ち感覚機能のリミットの解放。
それによる膨大の情報の収集、そして分析によって知覚範囲を拡大し、全身に新たに張り巡らされた再生神経系による基礎的な身体能力の向上――それらを総合したのがAEXプログラムだ。
先ほども一瞬だけ尊ごと殺されそうになった巫城を助けるためにこれを使用した。
半ば無意識でやった中途半端なものではあったが……炎球を作り出し、そして発射するという男がその行動を終わらせるまでの二秒に満たない間、その短い時間に巫城の所にまでたどり着き、そしてその身体を抱き上げて逃れるために跳躍するなどAEXプログラムの助けが無ければできない芸当だった。
普通では無理な話で絶対に間に合っていない。
だが、彼と巫城は生きている。
リミッターが解放された尊の身体能力は常識を超えた瞬発力を生み、膨大な情報処理によって相手の動きを予測し、
全てをサポート管理AIの面目躍如という活躍で演算しつくし、シリウスの想定の通りならば遅れてくる爆風すら回避して彼は距離を取って男と対峙しているはず――だった。
だが、現実は……。
『(報告。理論想定の出力の三十八%。それが現在の――)』
「――わかっている」
尊はこうして無様に地面を転がるようにして土を舐める羽目になった。
それは何故か。
シリウスが計算を間違えたから……いや、違う。
原因があったとすればそれは彼の方だった。
「……っ」
多少は冷静になれたとはいえ、目の前の男は間違いなく敵。
相手は自らを一度殺しトラウマを植え付けた殺人者、その操る炎は正しく自身の命を奪い去っていったソレ。
記憶には覚えていなくとも身体の方は嫌というほどに覚えていたのだろう、尊の意思を無視するかのように反応していた。
頬を伝う汗。
それは熱波による熱さのせいなのか。
浅くなる息。
それは極限状態による緊張によるものなのか。
じりじりと後退しそうになる脚。
それはただ間合いを探っているだけなのか。
『(判断。想定ほどのスペックの向上が得られない以上、現状では逃走が最善です。対象の異能の出力の強さを確認できただけでも一先ずは成果と言えます。ですので、ここは立て直しを図るのが――一)』
「……ダメだ」
理屈はわかる、そうなのだろう。
だが、尊はここで逃げるわけには行かなかった。
『(しかし)』
「顔を見られた」
彼の、ではない。
チラリと腕の中の存在に眼をやって続けた。
「俺は……いい。けど、こいつはマズイだろ」
『(それは……)』
いきなり、あんなものを攻撃を飛ばしてくる相手だ。
しかも一緒にいたというだけ巫城ごと巻き込む形で……。
そんなやつに顔を見られたのだ。
辛うじて自衛手段がある尊はともかく……巫城は自らを守る事ができない。
(まず第一はこいつを逃がす。そして、出来ればやつをここで仕留める……出来ればの、話だけど)
こちらは相手のことが顔すらわからないというのに、向こうは一方的にこちらのことを知っている。
仕切り直されてどちらが不利かは言うまでもない。
(それに……)
何よりもここで逃げてしまえば彼は次に戦えなくなってしまう……そんな気がある。
巫城を助けるという目的があって初めて何とか立ち向かえてはいるが……。
そして何より――
「すまない。けど、付き合ってくれ」
『…………』
無理やり笑みの形を作る。
正直吐きそうな気分ではあるがそれでも少し気分は和らいだ気がする。
『(不本意。不確定要素が無視できない程に存在しています。ですが、ここでの逃走行為がユーザーに後に及ぼす精神的な影響も考慮するとなると……合理的な理由として一部は認めましょう)』
「悪い。ダメそうだったら大人しく……尻尾撒いて逃げ出すさ」
『(――任務了解。ユーザーが決めた以上、管理サポートAIとしての機能を十全に発揮しバックアップを行います)』
「頼むよ」
『(仮称。敵対象の呼称を《
シリウスの宣言と共に身体の機能の制限が解放され、莫大な量の情報が流れ込んでくる。
それを脳の一部を間借りする形で融合しているアルケオスの電脳とこの時代に存在するはずのない未来のAIが脅威の演算能力で処理していっているのだろう。
先ほどのような咄嗟の中途半端な起動ではない、正式な手順による起動はアルケオスとの融合体である尊の力を飛躍的に向上させていく。
莫大な情報を捌いているのはあくまでもシリウスだが――それでも膨大に流れ込んでくるデータの洪水に彼の意識は。思考は。全て塗りつぶされる。
世界も。音も。色も。消えたように――。
否、その表現は相応しくないのかもしれない。
ただ、遅れているのだ。
あり得ない膨大な情報量を処理しきることによって爆発的に拡大した知覚速度が尊の世界を停滞させている。
『(――≪
それがこの状態の名前。
アルケオスの力の一部。
『(報告。先ほどの中途半端な起動よりはマシですが……それでも出力は四十二%。想定での平均はおよそ八割。戦術プランを改めて練り直します。同時に術式プログラムも用意。
「あいよ」
彼はそうシリウスに返事を返し、そして人影へと顔を向けた。
男――いや、《
《
「巫城……」
「は、はい」
「キミは死なせない。俺に任せろ。逃げる隙は必ず作るから――その時になったら構わず逃げろ……いいな?」
「……っ?! で、でも―――」
『(
何かを言おうとしているようだが彼は既にシリウスの警告に従い、巫城から意識を引き剝がした。
全集中を《
実は先ほどから焦りのせいかシリウスとの会話を口に出していたこと。
誰と話しているかはわからずとも、腕の中の巫城悠那は当然それを聞いていたこと。
そして、それを聞いた巫城悠那が――どんな顔をしていたのか。
気づかずに。気づく余裕もなく。
それでも緋色尊はこの日、火炎を操る魔人と立ち向かった。
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・シーン1
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330668529898542
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