第十二話(1/2):公園での死闘・Ⅱ


 何故だ。何故死なない。

 何故こいつは死んでいない。

 火島はあまりの苛立ちに怒りでどうにかなりそうだった。


 ――最初の一撃で殺せなかったのはいい。


 やっと殺せるというフラストレーションの開放もあいまってどうにも力を込めすぎた。

 冷静さを欠いていた。あれでは儀式も行えずに消し炭になっていただろう。

 だからこそ、どうやってか生き延びていたことにはむしろ感謝すらした。


 ――だから、お礼としてどうやら知人らしいおまけと共に贄としてやろう。


 そう思ってやったと言うのに。

 やつらは死なない。

 ただの学生にしか見えないというのに祝福を行使する火島の手から逃れ続けている。

 

 男が女を抱えるようにして逃げようとした時――火島は思わず心の中で笑ってしまった。


 人一人を抱えて素早く動けるはずもない。

 一般的な成人男性よりかはやや高い程度の火島の足からでさえ逃れることは出来ないだろうし、ましてや直線状の存在するもの全てを焼き滅ぼしながら突き進む炎球ならばなおさらだ。


 ――まずは足を潰そう。それからじっくりと。


 そう思い放たれた破壊の力は――あっさりと回避されてしまった。


 それは人一人を抱えているとは思えない動きだった。

 抱えられている女は成人ではないとはいえ高校生の年代だ。大柄ではないとはいえ軽く見積もっても四、五十キロはあるはず。

 だというのにそれを感じさせない動きで地面を蹴り炎球を跳んで避けて見せたのだ。


 着地した際もよろけた様子も微塵も見せないしっかりとしたものでブレもない。

 見た目よりも身体能力がある――それだけでは説明の出来ない動きに火島は困惑するしかない。

 だが、距離を取ろうとする動き姿に我に返った。


 ――逃げる気か。


 逃がしはしない、火島は炎球を連射した。

 火島の敵意を吸い上げたように猛々しく輝く真紅の球体がつづけて放たれるが……。


 当たらない。

 当たらない。

 当たらない。


 まるでこちらの動きが読まれているかのように解き放った時にはすでに直線上には居ないのだ。

 全てを焼き滅ぼす炎球は虚しく空を切り、地面に着弾し爆風と熱波をまき散らす。

 だが、男はその爆風すらも避けて見せた。


 明らかに異常な動き。


 ――このままでは逃げられる。


 冗談ではない。

 火島は今度は無数の火の球を自身の右手の周囲に発生させた。

 先ほどまでのものがバレーボールくらいの大きさならば、これは野球ボールぐらいの大きさだ。


 単発ではなく、散弾のように面で制圧する。


 火力は落ちるがそれでも一発でも受ければ人体に致命的なダメージを与えるに足る熱量。隙を作るには十分。

 そう思い解き放つ。

 火炎の弾幕が薙ぎ払うように二人に殺到した。


 ――これならば逃げ場はない。


 そう逃げ場はなかった。そのはずなのに……。

 着弾した爆炎の中、二人は生きていた。


 何故?


 いや、確かに火島は見た。


 あれは盾だ。


 透明な盾のようなものが発生し、直撃するものだけを遮って両者を守ったのだ。紫色の燐光を発したかと思うと砕けるようにして消え去った超常的な光景。


 理解した。理解してしまった。


 火島は答えに辿り着いた。

 自身も似た奇跡を振るっているが故に、それもまた同種の奇跡であるのではないかと思いあたってしまった。


 明らかに常人離れした身体能力。そして不可思議な盾の力。

 それはつまり火島の得たこの祝福と同種のものではないか……と。


 そう考えつくのはある意味では自然なことなことではあったが――


 だが。


 ――許さない。


 その結論に至った瞬間、火島の中で凄まじいまでの憎悪と怒りの炎の噴き上がった。


 それは火島のみが選ばれた人間であるという優越感を否定するもの。

 自分以外にも祝福を受け取った人間がいるなどと、そんなことは――


「……許さない!!」


 認められるはずがない。

 火島の怒りに呼応するように力は増幅され、無数の火の球は雪崩のように降り注いだ。




 何倍にも引き延ばされ世界の中、尊は目の前の魔人が――《拝火者サラマンドラ》が何かを叫んだこと知覚した。

 だが、フルフェイスのヘルメットをしていることもあり、声はこもって何を言っている聞き取ることは出来ない。


(まあ、そもそも耳を傾けている状況ではないというのもあるが……)


 彼は気にせずに地面を蹴り跳躍した。


『(――攻撃予測)』


 降り注いで来るのは火の雨だ。

 最初に放っていたバレーボールほどの大きさの真紅の球体はシリウスの測定によれば一千度を超える熱量を誇っていた正しく災厄だった。

 着弾した歩道のレンガはあまりの熱量に晒されガラスのように変化しているのが見て取れ、生物が食らえばどのような結末を向かえるかは想像するに難しくない代物。

 だが、それでも軌道は単純で単発というのまって――今の状態ならば軌道を算出し回避するのも難しくはなかった。


 これならば一先ず巫城を安全な所にまで逃がせそうだ……などと思ったのもつかの間にこの状態だ。


「(異能って……こんなに出鱈目なのか!?)」


『(否定。このCケィオス反応の高さからして明らかに越級異能者のカテゴリーに分類されます。目覚めたばかりでは有り得ない数値。……よほどの才能があった。もしくは確認できていない別のファクターがあったのか。ともかく、回避行動推奨。単発の炎球攻撃は特に)』


「(アレはダメか!?)」


『(肯定。密度を演算すると防護膜の術式では耐え切れない可能性が高い。直撃を受けた場合、生身の部分は勿論右腕右脚も人体な被害を予測します)』


 《拝火者サラマンドラ》の攻撃は主に二つのパターン。

 火力重視の単発のバレーボールぐらいの大型の炎球での攻撃。

 複数同時に野球ボールぐらいの小型の火球を弾幕のように発射する攻撃。


 基本的にどちらも炎の塊飛ばしてくるだけというもの。

 単純であるが故に火力が高く厄介だ。

 特に炎球の方は途轍もなく熱量も高く、込められているCケィオスの密度も桁違いであるとのこと。

 防護膜の術でも耐えきるのは困難であり、それどころかアルケオスの装甲でも被害を受ける可能性高いとシリウスは推測している。


 故にこの攻撃は避けるしかない。

 

 そして、広範囲を薙ぎ払う火球の弾幕も十分に厄介だ。

 まずやたらめったらに飛ばしてくるので軌道を計算して掻い潜ろうにも隙間が存在しない。

 幸いに炎球の程の火力は一つ一つにはないため、こちらは防護膜の術式で防ぐことは出来る。

 とはいえ、火力が下がっているとはいえそれでも肉体にあたれば十分過ぎるほどの殺傷能力があり、回避しづらく防ぐことも多い。


 そうすると行動がかなり制限されてしまう。


 だからこそ、火の雨の中を回避ルートをその都度模索しながら走り抜け、どうしても回避できそうにないものだけ防御するという手法を取っているのだが……。


「~~~~~っ!?」


『(提案。ユーザーこれはやっぱり廃棄をするべきであると主張します。邪魔)』


「せっかく助けたのに捨てられるか!?」


 シリウスの言葉に対して彼は咄嗟にそう答えるものの、その言葉にも一理はあった。


 《拝火者サラマンドラ》本体の身体能力はさほどでもない。

 恐らく今の身体能力なら容易に引き離せるだろう。


 それなのに攻撃範囲から抜け出せないのはもちろん相手の妨害があるのもそうだが二つの要因があった。


 まず単純に言って巫城悠那の存在。

 乙女の秘密を考慮して体重については触れないが、それでも人一人を抱えていればどうしても動きに限界されてしまう。

 それは制限が解放された今でもそうだ。

 単純に横抱きにしているのもあって両手が使えないのだけでも、回避行動の困難さはわかるだろう。

 

 そしてもう一つの何よりの要因は尊自身にあった。

 ある程度冷静になったように見えてもやはり完全にスペックを引き出せていない。

 飛んでくる火球に対して過剰に反応し十分に距離を取れているにも関わらず、算出された最短ルートより余裕をもって回避しようとしたりと……要するにビビっているのだ。

 

 火炎が傍を飛び交うごとに動悸は激しくなり、冷や汗があふれた。

 それは身体の動きを無意識に鈍化させ、そして精神の混乱は全体のパフォーマンスにも影響を及ぼす。

 厄介なのはただの精神不調だけならともかく、融合している弊害なのかどうにもアルケオスという機体自体の出力、反応、演算のパフォーマンスに今の彼の精神状態が諸に影響を受けているらしいということだ。


 逆に言えば気の持ちようで改善できるとも言えるが。

 気の持ちようだけで克服できるのならPTSDなんて言葉は生まれないのだ。


 引き延ばされた体感時間によってしっかりと把握できる自身を殺さんと迫る火球の数々に尊は精神を削られながらもまた一つ回避した。



―――――――――――――――――――――――――


・シーン1


https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330668586519938

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