第九話(2/2):再会とラーメン


 回想終了。


「はぐはぐ……っ!」


 そして今に至る。

 ここは大通りの隅の方にあるラーメン屋の一つ。座敷で分けられたタイプの店で尊たちはその一つで食事をしていた。


 まあ、食事をしているとは言っても主に食べているのは巫城であるが。


『(質問。なぜ彼女を食事に誘ったのか)』


「(……仕方ないだろ。あれだけ人が集まってる中で泣いてる巫城を突き放すわけにもいかんし、かと言ってあのままじゃ目立ってどうしようもなかった……)」


 そんな時にくぅっと可愛らしいお腹の音が巫城からしたので、一先ず緊急避難として飲食店を選んだ結果がこれだった。


「(変な噂になってなきゃいいが……)」


 同じ高校の生徒にあの現場を見られていないことを祈ることしか尊には出来ない。

 なにせ傍目から見て、年下の女性が泣きながら男性の腰に縋り付いている構図というのはとてもマズ過ぎた。


 少なくとも彼が見ている側だったら推定有罪を確定させていた。


「はむっ、はむ……っ!」


(――っていうかよく食うな……)


 腹が膨れたせいか情緒が安定してきて泣き止んでくれたのは助かってはいるのだが……よほどお腹が空いていたのか巫城は食べることに夢中になっていた。

 そんな姿に若干呆れつつ、尊はシリウスとの会話に意識を割いた。


「(……巫城で間違いないよな?)」


『(肯定。間違いはありませんユーザー)』


「(推定猟奇殺人犯の?)」


『(容疑。あくまでも我々の推論の上での話ですが。ユーザーの殺害、ならびに連続放火の容疑者候補が巫城悠那となります)』


 無言で巫城の方を眺めてみる。



「ずぞぞぞ~~~!はぐ、はむっ……!」」



 まるで警戒心ゼロという顔でラーメンを啜っているその姿を見るとどうにも困惑が先に立ってしまう。

 さっきの反応だってそうだ。


「(いきなり泣き始めるとか……それだけあいつ等が怖かったのか?)」


 去年まで中学生だった子が複数の年上の男子大学生くらいの連中に夜に絡まれたと考えれば――


「(まあ、おかしくはない? いや、恐怖ぐらいは覚えるかもだが流石にあの反応は……)」


 まるで迷子の子供が親を見つけたかのようなホッとした表情。

 彼が思っていたイメージとのズレを激しく感じた。


「(いや、変な先入観を持つのはマズイ。あるいはそうやって警戒心を解くのが相手の手かもしれない……。巫城に色々と怪しいことがあることは事実なんだ)」


 それを慎重に詰める必要がある。


(一先ずは相手の出方を伺いつつ話をして情報を引き出す)


 こっちが探っていることをバレるのもまずいから用心深く……と考えたところで気付く。

 どうにも、はふはふっとうるさかった食事の音が止んでいたのだ。

 改めて巫城の方に眼をやるとニコニコ顔で食事をしていた様子がおかしいことに気付いた。


「は、はわわわ……」


 顔は蒼褪め、冷や汗を流しさらには目はフラフラとせわしなく泳いでいる。

 挙動不審という言葉はこのためにあるのだなと尊は感心した。


「(こっちの意図に勘づかれたか?)」


『(困惑。食事に集中しているように見えましたが……)』


「(動揺してるってことは何かやましいことがあるってことだ。……俺に知られたらマズいこと? ――なんか急すぎる気もするが)」


 とはいえ、原因は不明だが動揺しているのならチャンスかもしれない。

 尊は敢えて気付いていないふりをして話しかけた。


「どうした? 食べないのか?」


「い、いえ。そ、そのぉ……」


「……何か様子がおかしいけど大丈夫?」


「そ、そんなことないですよぉ! や、やだなあははは……!」


 ワントーン上がる声。

 すいーっと逸らされた目。


「(おい、こいつとんでもなく嘘つくの下手だぞ)」


『(注意。演技の可能性もあります。油断は禁物……かなぁ?)』


 シリウスに促されつつ彼も頑張ってさらに続けることにする。


「いや、顔が真っ青だし調子が悪そうだ。何か心配事でもあるんじゃなのか?」


「ぎくぅっ!」


「(おい、ぎくぅって自分で言ったぞ?)」


『(肯定。リピート――「ぎくぅっ!」)』


「(……ちょっと吹き出しそうになったからやめてくれ)」


 なんとか耐えながら尊は巫城へと更に話しかけた。


「……ふむ、隠そうとしているということはバレたらマズイ、やましいことだったり?」


「ぎくぅっ! ぎくぅっ!」


「…………俺には言いづらい。俺に関係することだったり?」


「ぎくぅっ! ぎくぅっ! ぎくぅっ!……な、なぜそんなことがわかるんですか!? さては……エスパー?!」


「(なあ、シリウス……)」


『(注意。こ、これも演技……かもしれない。そのその可能性がゼロではない限り油断は禁物です。……です)』


 シリウスのアバターの表情も普段通りの無表情のはずなのに、どこか困っているかのように見えた。

 未来の高性能AIすらも困惑させるほどに態度が素直過ぎる巫城。


(これを演技でやっているとしたら……ちょっと内心を見抜くのは俺には難し過ぎるかもしれない)



「えっと、だな……」


「ご、ごめんなさーい!!」



 話をどう続けようかと困惑していると、巫城はそれを見て何を思ったのか唐突にそう叫び声上げ、そしてそのまま土下座の体勢に移った。




(土下座……土下座??!)




「は?」


『(は?)』


「お金がないんです! 財布どこかに無くしちゃったみたいで……ごめんなさーい!!」


「『は?』」


 尊とシリウスの声が重なった。

 あまりにも唐突な出来事過ぎてシリウスも思念通話回線ではなく、端末の方で思わず声を上げてしまったぐらいでだ。


「だ、だだだから財布がないんですよぉ~~! どっかに落っことしちゃんたんです! そんなつもりはなかったんです! 本当ですよ! お金ならお金ならちゃんと払いますから!」


「えぇ……」


 どうやら、巫城の様子の変化は財布を持ってないことに気付いたが故のものだったらしい。

 そもそも、頼んだ豚骨ラーメンは尊が食わせるために勝手に頼んだもので気にする必要はないのだ。

 何なら「頼んだ後から気づくのもなんだけど、女の子相手に匂いの強い食べ物って大丈夫かな」と心配していたぐらいで……。



 というより、それよりも。



「お金! お金ならほんと後でちゃんと払いますから! 助けられたって言うのに厚かましくも先輩に奢って貰うのが当たり前と思うような常識のない子とかじゃなくて私ホント無くてですねちょっと先輩を探してここ三日ほど街を徘徊していて色々余裕がなかったといいますか空腹だったのもあってついついラーメンが出されて我を失ってしまったというかそれでも自分の分はちゃんと払うつもりだったんです本当です嘘じゃないんですでも落ち着いてポケットを探ったら無くなっててですねとにかく―――お金は後でキチンと持っていきますから!」


 顔を羞恥に真っ赤に染め、目尻に涙をためながら言い募る姿は容姿が端麗なこともあり大変可愛らしく見える。


 だが……。



「お金……払う」


「あんな可愛い子を土下座させて……」


「さっき、女の子を通りで泣きながら縋り付かせてたの……」


「ずっと探し回らせて……」


「――鬼畜」



 巫城が泣き続けていたせいでそもそもラーメン屋に入店した時点で彼らは注目を帯びていた。

 それも少し時間を置いたことで治まってきたかと思っていた矢先に――である。

 ひそひそとした話し声が店内に流れているのを察し、尊はコイツが自身を社会的に抹殺しようとしている悪魔に見えた。


「(まさか直接的手段ではなく、間接的に俺の息の根を止めに来たのか……??)」


『(困惑。それならば……納得がいく?)』


「ホントにですね!ホントのホントにそう言ったつもりでは――」


「あー、巫城」


「えっと……はい」


「お、俺は最初から奢る気だったから気にしなくていいんだぞ?」


 引きつりかけそうになる顔を笑顔の形で必死に維持しながら、尊はまだ土下座の体勢を決めている巫城に語り掛けた。


「そ、そうなんですか? ……い、いえ! そんなご厚意に甘えることなんて! ちゃんと払いますよ! なんなら利子を付けてでも……」


「本当にいいから! ほら、怖い思いをしただろう? これでも年上だしそのぐらいはな」


「で、でも」


「厚意と思うなら時には遠慮なく受け取るのもマナーってものだ」


(――本気で。受け取ってください、お願いします)


『(必死。融合して今日で六日ですが記録として今が一番必死ですね。心拍数や血圧等も……)』


「(シリウスも黙って。今、俺はとても危機に瀕しているんだから)」


 社会的立場の危機なのだ。


「ほら、遠慮なく食べて。他にも頼んでいいんだぞ。腹減ってるんだろ?」


「い、いえいえいえ! まさかそんなこのラーメンで十分に――」


 そこでタイミング良くぐうっとなる腹の音。

 まるで返事のようにでもある。


 巫城曰く、かなりの空腹であったため中途半端に満たされたのでもっと寄越せと鳴ったのだろう。


「「……………」」


 無言になる両者。凍り付く時間。

 巫城の顔は羞恥ために染まっていない場所を探す方が難しいほど、首筋から耳の先まで真っ赤に染まった。

 そして――。


「……他にも頼んでいいんだぞ??」


「――ご、ゴチになります! 先輩! よ、よーし食べちゃうぞー!!」


 申し訳なさより羞恥の方が勝ったのだろう、土下座の体勢を解除し素直に奢られる選択をした巫城。

 それを見て尊は心底ほっとした。



「ああ、好きなだけ食え。話はまあそれからってことで……」



 なんかドッと疲れた。

 そう内心で溜息を吐きつつ、好きに注文するように言い含めておく。少し気にするようにチラチラとこちらの様子を伺われたが押し切ることに。


「(あー、落ち着いて話をできる雰囲気でもなくなったし、なんか振り回されてるな……)」


「えっとそれじゃあ遠慮なく……すいません! ラーメンおかわり! 今度はこの魚介系のスープのラーメンの大盛をもやし増し増し、チャーシュー増量で……」


『(戦慄。これらが全て計算だとしたら難敵ですね)』


「(勝てる気がしないな)」


『(兎にも角にも偶然かそれとも意図的なのか。それはともかくとして彼女がユーザーのことを探していたという証言を自ら自供した形ですが……)』


「それからチャーハンも大盛りに餃子……」


「(ああ。そこら辺から切り込んでいくのがいいだろうな。理由も気になるしな)」


『(彼女の証言を整理します。三日前から行方が掴めなかったのはユーザーの捜索に費やしていたと。これは些か労力としてかなりのものがあるとシリウスは考えます)』


「(そうだな。学校さえ行かずに俺を探していた……っと。確かに相当の理由がなければ親交のない人間をそれほど探し続けるってのは――ないはずだ)」


『(肯定。だからこその理由。まずはその辺りをきっかけに――)』


「後はデザートの杏仁豆腐とそれから……」







(――いや、食い過ぎじゃない?)






 メニューを開きながらニコニコ顔で頼んでいく巫城の姿に尊は戦慄した。



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