第八話(2/2):巫城悠那


『巫城悠那は街の北部にある大戌神社の一人娘。小中ともにこの南二区の学校に通っていたようだです。両親と祖母は五年前の落雷火災で他界し現在は一人暮らし。そのため、現在連絡を取れる親族もいないため学校側も無断欠席している巫城悠那の現状について把握できていないらしいと報告します』


「育ちも天去市だとするとやはり会っていた可能性はない、か。俺がこっちに来たのは去年だし。それに……ねぇ」


 火災と放火、それだけで関連付けるのは苦しい気もするけど。


「思っていた以上に荒れていたな」


『肯定。ある程度の修繕はされていましたが両親と祖母が同時に亡くなり、さらに巫城悠那自身も一度危篤状態まで行って病院で一命を取り留めたという情報が当時の電子新聞に掲載されていました』


「五年前と言えば小学生か……。まあ、一人残されてそこまで手が回るわけもないか」


 尊は先ほどまで居た大戌神社の様子を思い出しながら呟いた。

 しっかりとした鳥居と石段を上った先にあった本来の大戌神社はそれなりの歴史と格を兼ね備えた建物だったのだろう。


 だが、今はその影もなくその名残があるだけだった。


 元々、廃れて居たというのもあったらしいが、関係者が同時に他界し管理してる者が居ないのが大きいのだろう。再建されている様子もなく大戌神社という存在はもはや過去の遺物。


 その大戌神社のすぐ近くに巫城悠那の家は存在していた。


「うーん」


 先度ほどまで巫城悠那の家を訪ねていた。

 今のところ巫城以外に彼のこと聞いていたような人物もおらず、だからこそ住所を調べて放課後になってすぐに向かったのだが……。


「外れか」


 巫城の家には誰も居なかった。

 居留守ということもない。

 アルケオスのセンサーまで使って生体反応を確認したのだ。


 そして、誰も居ないことしか情報は得られず――今に至る。


『意見。現状まだまだ情報が不足しています。多角的に情報集める必要性をユーザーに提言します』


「それもそうか……。少し整理するか」


 巫城悠那は何者なのか。

 正直、繋がりはなかったはずだ。

 ぶつかった時が初めてでその時も大した話はしていない。

 尊が直接に会ったのは月曜の昼休みとその放課後にあの廃ビルの現場で遠目に見た二回だけだ。


「そう言えば……」


 その時のことを落ち着いて思い出しているとふと何かが引っ掛かった気がした。

 何が気にかかったかといえば巫城の態度だ。


「俺の方を見て何かに驚いていたような?」


(いや、俺というよりもっと正確に言うなら……)


 記憶の糸を手繰り寄せようとするも上手くいかない。


「……流石にちょっと前過ぎてよく思い出せないな。時間も経ってるし」


『提案。では当時のユーザーの視覚情報を検索してみるのは如何かと』


「……そんなことできるの?」


『解説。ユーザーの右眼は実質はアルケオスの右眼。故にそこからの情報は常に保存領域にバックアップされ、解凍し出力することは可能です』


 シリウスが言うのと同時に端末の画面には色々な場面の画像が表示された。

 学校で授業を受けている時だろうタブレットに眼を落としてる場面だったり、自宅の部屋のベットで寝っ転がり天井を見ている場面だったりと尊が見ていたであろう視覚情報が切り取られた写真のように映し出されたのだ。


(左下には小さくその時の時刻が表記されているの芸が細かいな……。というか、俺のプライベートなんて本当になくなったんだなー)


 としみじみと感じてしまうが尊は一先ずはそこら辺は置いておくことにした。


「おお、こりゃ凄い」


 端末の画面に表示された画像を確認する。

 時刻は月曜の昼休み。ちょうど、巫城とぶつかった時の場面だ。


「……動画に出来るか?」


『可能』


 画面の中で彼の視点での映像がリプレイされるというのは、どことなく奇妙な気分ではあった。

 とはいえ、気にせずに見続けていくと――



「やっぱり驚いているように見えるな」


『不審。上級生の異性と不意に衝突したからにしても挙動がやや……』


「オドオドしているのはそういう性格だとは思っていたけど……顔色も改めて見ると少しおかしいか?」


(それに動きがどこかぎこちないというか)


 改めてみると違和感がある。


「シリウスここだ。拡大してくれ」


 尊が指さしたのは巫城の左手首。

 学生の袖部分から僅かに白い布のようなものが見えたのだ。


『拡大。解析結果……画像データから推察するに医療用の包帯。身体の動きを解析すると僅かに強張りも確認されました』


「怪我でもしているのか?」


 気になる。

 それにやはり動画として改めて見直すと巫城は彼という人物を認識して驚いてるように見えるのだ。


「シリウス……巫城の視線の動きとかから何に対して反応しているのか解析できたりは……」


『データの解析に移行。所要時間は三……二、一……終了』


「早いな」


『巫城悠那の視線の動きと瞳孔の拡散から解析。反応が大きかったのはユーザーの顔に視線を向けた瞬間。つまり、ユーザーをユーザーとして認識した瞬間。そしてそれと同じ、もしくはそれ以上に反応をみせたのがユーザーの右腕に視線をやった瞬間となります』


「俺の……右腕?」




『肯定。本来、を見た瞬間です』




「……なるほど。それはつまり……巫城にとって俺に右腕があることは驚くに値する光景だったということか? 次は放課後にあの現場に行った時の画像も頼む」


『了解』


 映し出された画像から巫城を何気なしに観察した時のものを選び出す。

 画像の中の巫城は尊のことには気づいておらず、じっと廃ビルの方を見つめていた。


 そして、片手で持てるほどの大きさの黒ずんだ何かを胸に抱いていた。


「これは……何かわかるか?」


 シリウスに問いかける。


『不明。画像データからだと距離もあり断定は不可能。金属の塊のように推察。黒ずんでいるのは元の色ではなく、恐らくは酸化反応によるものかと推論します』


「酸化反応? つまり燃えた何かの残骸ってことか……」


 何でそんなものを。

 そう続けようとしてふと気づいた。


 手のひらサイズの金属製の何か――それはちょうど今こうして使っている携帯端末くらいのサイズではないか、と。


「……携帯端末ならあれくらいのサイズ感か? いや、待てよ? となると」


(焼き焦げた携帯端末の残骸……。少しがありな)


「シリウス……ちょっと知りたいんだが。廃ビルの現場検証は終わったんだよな?」


『肯定。現場検証については日曜の時点で終了しています』


「その中の遺留物で俺の携帯端末については見つかったか?」


『否定。携帯端末と思わしき残骸などが見つかったという記録無し。腕の一件もあったため、かなり念入りに現場は調査が行われた模様。ですがそれと思わしきモノの発見は無し』


「なら、仮に巫城が持っていたのが……俺の端末の成れの果てという可能性はあるわけだ」


『回答。否定する要素は今のところ無いかと』


 そうなると何故持っているのかという疑問が一つ。

 それに対しての考えはこうだ。


 まず顔や右腕のことで巫城が驚いたのはやはり廃ビルでの一件を知っていたから。

 シリウスの存在を尊以外この時代の誰も知らない以上、あの反応はそう考えれば筋が通るのだ。

 何せこの時代における医療技術ではまず助からないほどの状態だったわけで、それが普通に学校来ているにいるなんて驚いて当然だろう。


 ただ、そう仮定すると次にネックになってくるのが時間だ。


 彼が重傷を負ってアルケオスがやって来るまでの間、救命処置で少しだけ完全に死ぬまでの時間を伸ばしてくれたとはいえ重傷を負ってから融合して身体を治し家へと逃走するまでの時間はそこまで長くはない。

 負っていたはずの傷はそれほどであり、ギリギリのタイミングであったということはシリウスが後に述べている。

 それを考慮すれば尊が本来死ぬほどの重傷を負っていたはずの人間ということを知るには、実際にあの日にその場か近くに居なければ不可能だ。


 シリウスが来たときに建物内はサーチしたが彼以外の反応はなかったという証言がある。

 そしてその後、融合し復活し、逃走の流れになる間も不審な反応は近くにはなかった。



 では、何故巫城は尊の負傷のことを知っていたのかという疑問が発生する。



『巫城悠那こそがユーザーを殺害した犯人であり、当機が来るときにはすでに逃走した後だったというのが一番合理的な推測であろうかと』


「一応の筋は通るか」


『疑問。仮に犯人だとしてユーザーの焼き焦げた端末の残骸を所持している理由が不明です。証拠になりえるもので合理的な行動ではない』


「あー、殺した記念とかそんな感じ……とか? そういうの確かあるって聞くし」


 何かの特番で最近見た気がする。

 殺した相手の持ち物を持ち帰る趣味の連続殺人犯の特集だったはずだ。

 それならば理屈としては通らなくもないはず。


「動機とかは恐らく両親、祖母が一気に死んで精神の均衡が崩れて――とか」


 なんとなくそれっぽい理由を思いついて呟いた。


『回答。動機付けが一気に適当に……』


「ぐっ、痛いところを。思いつかないんだからしょうがないじゃないか。人を爆殺するほどの動機なんて」


 とにかく浮かび上がったのは巫城悠那犯人説だ。


『方針。それでは最優先事項を巫城悠那の捜索に設定します。これからの指示をユーザー』


「一先ずは行動あるのみ。改めて探すとしよう」


 そうしてベンチから立ち上がり、街へと繰り出して巫城の捜索を始めて二時間後。

 彼は……。





「ひっぐ、ひっぐ……ごめんなさい、迷惑ばっかり……えっぐ……っ」


「あー、うん。いいからさっさと食べておけって。ほら冷める前にさ。腹減ってるんだろ?」


「はい……ずぞぞぞっ!」


「(豪快に食うなコイツ。って言うかそろそろ泣き止んでくれないかな。泣きながら豚骨ラーメン啜っている女の子って……途轍もなく注目を集めている光景なんだからさ……。周りの好奇の眼が痛い)」


『(困惑。……どうしてこんなことになったのでしょうか?)』


「(俺が知るかよ)」





 何故かその探していた猟奇殺人犯(暫定)と街のラーメン屋で一緒に豚骨ラーメンを食べていた。




(どうしてこんなことになったんだ? 本当に不思議でならない)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る