第八話(1/2):巫城悠那


 ――どこだ。どこに居る……。


 人影は夜の街を彷徨うようにして歩く。鬱陶しい警察官共の目も増えた以上、見咎められるのを避けるため警戒が必要だがそれもあって遅々としてして進まない。

 リスクのある行動であることはわかっている。

 だが、相手が生きているとなるなら話は別だ。


 殺さなくてはならない。

 捧げなくてはならない。

 逃がすことなど許されない。


 あの場所……。

 神からの祝福に目覚めた場所。

 そこにふらりと向かい、そして見つけた時には歓喜した。


 やはり神は居るのだと。

 これは思し召しなのだと。


 あまりの興奮に我慢することが出来ずにその場は離れるしかなかった。


 ――どうにもこの力は私の感情に影響を受けてしまう。


 溢れ出るそれを留めることが出来ず、何とか人気のないところで発散するしかなかった。

 だが、やはりあの場でやってしまった方が良かったかもしれない。

 そう人影は後悔していた。


 一時の感情に身を任せてはいけない。

 今度こそ冷静に事を運ぼうと考えて結果、獲物をこうして逃してしまっていた。

 あのままこっそりと尾行でも出来れば自宅なども突き止めることも出来ただろうが路地から逃れることを優先し見失ってしまった。

 それでも改めて探せばすぐに見つかるだろうと思っていたがこの様だ。


 ――もしや感づかれて逃げられたのか?


 あり得ないとは言い切れない。

 苛立しげに地面に転がった小石を蹴り飛ばす。

 湧き上がる怒りが変換され、それは力となって現出しそうになる。


 ――落ち着け。落ち着くんだ。


 それを制御して押し留める。

 初めは戸惑ったが何度か使ううちに感覚は掴んだ。このくらいはわけもない。

 だが、この力の源泉は感情なのだろう。

 苛立ちが募るこの状況においては蓄積していく一方だ。早く開放しなければ自身がどうにかなってしまいそうになる。

 いっそ他の獲物を狙うべきかとすら思ってしまう。

 だが、ダメだ。それはいけない。


 ――捧げなくては。私の手から逃がれたのもあるいは神の意思だというのなら……これは試練なのだ。神はきっと私の行いを見ているはず。


 人影は愛おしそうに焼け爛れた金属の塊。かつては携帯用の端末として機能していたであろう残骸をそっと撫でた。


 ――必ず果たしてみせる。……必ず。





 四月十七日、金曜日。

 久しぶりの登校日だが、その日の天気はどんよりとした曇り空だった。


「ふあ……」


 欠伸を噛み殺しながら教室に入ると病気で休んでいたことになっていたこともあってかクラスメートから労わりの声をかけられた。

 それに対して二、三言葉を返しながら尊は席へと向かった。


 三日の休みというのは流石に少し目立つことは避けられなかったが、無難な対応をし続けると気分を害した風もなく別の話題に移行していくクラスメートたち。


 話題はどうやら近頃の連続放火事件についてだ。

 流石に色々と話題になっているらしい。


「(結局、昨日の夜。現場を回ってみたが予想通りに全てで残滓の反応が確認されたな)」


『(回答。全てが同一の異能によるものであるとの推定の結果が出ました。つまり、ユーザーを殺害した対象による犯行とみて間違いないと結論を出せます)』


 新たな事実は見つからなかったが巷を騒がせている事件について、尊はようやく確証は得られたわけだ。


(とはいえ……)


 犯人がその現場を監視している可能性も考慮した上で用心しつつ、夜中に六カ所も回ったため流石に少し寝不足だ。


(それでも、本番はここからか)


 気を引き締めて彼は眠気を堪えた。


「(……相手は本当に俺のことを探っていると思うか?)」


『(回答。それをこれからの行動によってハッキリするでしょう)』


 シリウスと昨日の夜、話し合って出した結論はまずは「尊のことを探っている者」が居るか居ないかを――調べてみようというものだった。


(引きこもっていた間、特に不審なことは起きなかった。それはつまりはと考えていい)


 尊の住んでいる物件はかなりセキュリティの高い最新型のマンションだ。

 防犯カメラなどもしっかりとしている。


 それにシリウスがセキュリティ会社のサーバーに潜入して、ここ数日のデータを確認しても不審者などは確認出来なかった。


(となると……別の方法で探ろうとするはず)


 この辺りには高校は複数あるので高校生であることはわかっても特定するのは難しい。


(廃ビルで殺された時は学生服だったな。とはいえそこまで特徴ものでもないし、それだけで見つけ出せるとは……いや、月曜の時点で見られた可能性はあるか?)


 それならば特定される可能性はある。


 とはいえ、難しいのはそこからだ。

 仮にも進学校。昨今の個人情報の扱いの難しさもあり、部外者に簡単に生徒の情報を漏らすとは思えないし、特定されやすいSNSなども尊は基本やっていない。


(そうなると……)


「(……それで? 学校のサーバーの方はどうだった?)」


『(回答。ここ数日の間にユーザーの情報が持ち出された痕跡無し。外部からのアクセス、または内部からのアクセスに備えたセキュリティウォールは順調に稼働中。目立った反応は確認されていません)』


「(そうか。じゃあ、そっちも良しっと)」


 これで外部からの不正なアクセスは不可能になった、とみていいだろう。

 何せ二十年以上も未来のAIの組んだセキュリティプログラムだ。

 ただの進学高校が持っていていい電子セキュリティではないではない。


 それはそれとして、


(あと情報収集の可能性として高いのは……。やっぱり人か。同級生とかからなら……)


 教員ら大人はともかく、ただの学生に高い情報モラルを期待するのは無駄だろう。


(つまり最近、俺のことを聞いてくるやつがいなかったかを逆に探ってみれば……)


 誰かのことを調べるにあたって聞いて回るというのは有効な手段だ。

 だが、こういう風に逆にその事実を残してしまうというリスクのある行動でもある。

 試行回数を増やせば増やすほどそのリスクは増え、仮に誰かかそういった行動をしていたのなら必ず何処かで取っ掛かりが残るはずだ。


 そこから或いは犯人の正体に近づけるかもしれない。


「(まあ、そうそう上手くことが進むとは思わないけど)」


『(ミッション開始。あくまでも自然に聞き出すようにユーザーに注意を喚起します)』


「(わかってるって)」


 尊は席を立つと出来るだけ自然な調子でクラスメートに話しかけることにした。

 何気ない雑談を交えながら調査、ミッションという言葉に少しだけわくわくしたのは内緒である。





 時は経って放課後。

 街の北部にある高台の公園。日出公園の東にある庭園のベンチ。

 そこで帰りの途中で立ち寄ったコンビニで購入した玉子サンドの袋を破りながら周りを見渡す。

 誰も居ないのを確認すると端末を取り出し、画面の中の少女のアバターのシリウスに話しかけた。


「今、何時?」


『午後六時十二分を経過』


「そうか……。思ったより時間がかかったか」


 その割に成果は出なかったが。

 という言葉を安っぽい玉子の味と共に尊は咀嚼して飲み込んだ。


 最近になって彼のことを尋ねてくる者が居ないかという調査は意外なほど簡単に結果が出た。

 一人、そういうやつがいたらしい。


 しかも、それはうちの生徒であったとか。


 ――彼女だよ、彼女。一年の巫城悠那。火曜だったかな、うちのクラスに昼休みに訪ねてきて尊くんのことを聞いてきたんで、今日は休んでるよって言ったら様子が変わってね。自宅の場所とか聞かれたんだけど、流石にそういうのは勝手に教えちゃマズいでしょ? だから、知らないって言ったらそのまま帰ってね。え?そんな話は聞いてない? いや、一応言っておこうかなって思ったけど携帯無くしたって言ってたじゃない?あの後、買い替えるとは言ってたけどすぐに休んだからまだだろうなって思って……えっ、新しくもう購入してたの? ああ、通販か。わっ、しかもAbyssの最新機種じゃん。いいなぁ……でも、あれ? こんな形してたっけ?


 以上が友人である歩の証言であった。


「アイツってやっぱり情報を落としてくれる友人キャラだったのか……?」


『有能』


 最終的に中身は当然ながら外側すらも大分変わり果てた端末に興味が湧いたのか、執拗な追及が為されたがそれをかわしつつ何とか得た情報の全てを整理する。


「巫城悠那……ねえ」


 出てきたのは月曜の昼に廊下でぶつかった一年の名前。

 はてさて、わざわざ上級生のクラスにまで来るほどの用とは何だったのか……思い当たる節は特にない。

 記憶を掘り起こしてもやはり会ったのはあの日が初めてのはずだ。なので繋がりは全くと言っていいほどないはずだ。


 少なくとも覚えている限りにおいては。


『述懐。やはりフラグだった』


 シリウスはうんうんと頷きながら言った。

 尊としてはそのゲーム理論を否定したいが否定できるほどの材料もないので困ってしまう。


「……まあ、様子がおかしかったってのも気になる。それにその昼休みの後に早退してから学校に来ていないってのも」


(シリウスじゃないけど凄く怪しいぞこれ)


 尊は歩からあらましを聞いた後、すぐにシリウスと相談して一先ず方針として少し巫城悠那について調べようとした。


 が、それはすぐに躓いてしまった。


 理由は簡単で巫城は欠席して学校には居なかったからだ。

 しかも、シリウスが掌握した学内ネットワークから調べたところ火曜の午後から早退し、それ以降連絡が付かずに欠席が続いている状態。

 学校側としても連絡を取ろうとはしているようだが現状なんの手がかりもないという。


「情報をもう一度出してくれ」


『了解。ユーザー』


 尊は端末を取り出してその画面に表示された情報を確認していく。

 学校のサーバーにあった巫城の個人情報をシリウスが抜いてきたものだ。

 とはいえ、巫城は一年の新入生でしかもまだ四月なので情報量としては大した量じゃない。

 簡単なプロフィールに新入時の身体測定の記録や入試の時のテストの点数、あとは担任による人物評価等があるくらいだ。


(それにしても…………ふむ)


「もう少しあると思ったが。まあ、一年だし将来に期待ってことで」


『疑問。ユーザーの発言はどこの項目を見てのものでしょう?』


 口からポロリと出た言葉に尋ねてくるシリウスに彼はシレっと返した。


「いや、何でもない。それにしても情報によると巫城は生まれで育ちもこの街のようだな」


『把握。なるほど、シリウスのアバターと同じく一部が貧しいからですね。ユーザーがヒロインに選ぶタイプは属性として女性的な部位に富んだ年上の――』


「ふふっ、人の性癖について統計的データから算出しようとするのはやめるんだ。……やめてください、お願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る