3:妹たちの夜明け
「ふぁああ……」
「あら、目が覚めた?」
麻衣さんがそんなことを私に問いかける。この人は朝早くから目が覚めていたらしい。
この静謐な空気の中で私たち以外の誰もいないような気がしてきます。
「ふぁ……朝ですか?」
美緒ちゃんは呑気に目が覚めたようです。この申請と思えるような空気の中でもぶれることがない心の強さを持っています。平たく言うとメンタルがダイアモンドです。
「朝ですよ、相変わらず何時か分からないような真っ白の空ですけどね」
太陽は見えません、その代わりに白い空が電灯のように均一に光って地面を照らしています。人間が住むには向かない世界であることだけは確かでしょう。神というのは夜が嫌いなのでしょうね、寝るということが出来ない種族なのかもしれませんが、どちらにせよ私たちには関係のないことです。
「今は……午前八時ね、疲れは取れたかしら」
一応気遣ってくれているらしい。さすがはリーダー、メンバーに気をつけてくれている。
しかし、私はまた朝からあのクソ重い荷物を持って行軍していくのかと思うと気分の方が重くなっていきます。出来ることなら何もかも捨てて神とやらをぶん殴りたくはあります。
「平気ですよ、私はいやなことは早く終わらせる性分ですから。さっさとこの長い長い戦いにも決着をつけたくてたまりません」
神との戦争など一分一秒1ナノ秒たりとも時間を使いたくありません。たとえ私たちが自分の意志で死なないかぎり永遠に行き続ける存在だとしてもです。お兄ちゃんのいない永遠を生きるのは苦行です。
「しかし神様も暇ですね……私たちを排除しないなんて」
「案外私たちの観察を楽しんだりしてるかもねー」
「いい根性をしているとでも?」
「こんな世界にしたんだからおおよそまともじゃないと思うけどな」
「はいはい、荷物を持って、早いところ行くわよ」
「「はーい」」
私と美緒ちゃんで荷物を撤収してバックパックに詰め込む。携行火器は麻衣さんは涼しい顔をしてロケットランチャーを担いでいる。この人の体力はどこから出てきているのでしょう?
私たちは支度を済ませ、昨日の続きを始めました。何も変わらない行軍のはずなのですが、何故か足が軽く動くようになっています。やはり休憩ですね、人生に安らぎは必要なのでしょう。
そんな私の考えを他所に、何故か麻衣さんは渋い顔をしています。やはり荷物が重いのでしょうか? 私も少しくらいもってあげるべきでしょうかね?
「麻衣さーん! どうしたんですか? なんか辛気くさい顔をしてますよ?」
空気クラッシャー! まったく空気を読まない美緒ちゃん! そっとしておくという選択肢は無いのでしょうか。
麻衣さんはその言葉に重々しく口を開きました。
「私は平気なの、問題は平気な事よ」
「「??」」
何を言っているのでしょう? とりあえず大丈夫なら放置しておくべきでしょうか? しかし麻衣さんとはチームを組んでいるわけで放置しておくべきでは……
「二人とも、昨日より元気に見えるけど体調はどう?」
「バッチリですよ! やっぱり休息ですよ! 義務の合間には休息を挟まないとやる気が持たないですね!」
「私も体調はいいですけど……それがどうしたというんですか?」
麻衣さんは重々しく話します。
「私たち、朝食も食べてないのよ? それにすら気がついていない上に昨日より調子がいいっておかしいと思わない?」
私はゴクリと喉を鳴らしました。ぞっとする結論が鎌首をもたげてきます。
「どーいうことですかね? 体調がいいのはいいことでは?」
「そうね、理由があって体調がいいならそれはいい事よ、でもわけもなく疲労を感じさせなくすることが出来るような存在があるってことよ」
人の体調にさえも影響を与えることの出来る存在、それは私たちの勝利が遠くなることを意味します。もしかしたら神からすれば人間など塵芥と同様に意に介さない矮小な存在なのかもしれません。自分のからだに埃が付いた、それを一々気にしないようなものなのでしょうか? 人間として戦うのは……
「神って自称してるだけじゃないんですかね?」
「少なくとも人間の世界を歪める程度の力はあるんじゃないかな」
「まあ、そうだとしても、私たちには進む以外の選択肢は無いんでしょうけれど」
麻衣さんがそう断言します。全ての妹を代表している以上どんなに困難だろうと進むことしか出来ません。長い長い人生を兄のいない妹として、それに飽きて自ら生を放棄するまで生きていくという地上のコキュートスを体験したくはありません。私たちの出来ることをするしかないのです。
「いやなことはさっさと終わらせるべきです」
「そうだね、たまちゃんもいいこと言うね」
「そうね、ここで停滞するよりは進んだ方がマシね」
そうして私たちは進んでいきます。徐々に空気が白み始めました。霧や霞の類いではないようです。イライラしますがこれも神とかいう存在の仕業なのでしょう。
「さて、ここから先は
「私は準備オーケーです」
「私はいつでもいいですよ! 叩き潰す準備は出来てます!」
こうして人類の、妹の意地を見せる戦いは始まりつつありました。
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