2:神の頂に向けて
東京にお兄ちゃんのオリジナルを保管している。そのうわさ話を言い始めたのが誰かは知りません。しかし都市部に神々が存在し生活している現代日本でお兄ちゃんという存在を持っているのは神様くらいだと推測するのは万人が思いつくことです。だからきっと日本の東京ではお兄ちゃんを保管し妹を作り出し各地に配送している機関としてそれを疑われるのは必然なのかもしれません。
私は天に向けて拳を掲げました、この手に必ずお兄ちゃんを!
「たまは気合が入ってるね!」
美緒ちゃんが私にツッコミを入れます、何を言っているのでしょう、私は誰よりもお兄ちゃんを求めそれを露骨にはしない、理想的な妹の典型では無いですか! 私は強く大きな想いを秘めたる理想の妹を体現した人間のはずです!
「美緒ちゃん、たまちゃんで遊ばないの」
ペシと美緒ちゃんをはたく麻衣さん、この人はプライベートでもぶれないですね……
「たまちゃん、いい? 私たちは模範的な妹でないといけないの。想いを隠すのは美徳かもしれないけど誰にも見られなかったらそれは意義の無い想いよ」
汝狂人の振りをしてうんたらかんたらという言葉がありましたね……しかしお兄ちゃん過激派の私にはお兄ちゃんが妹のものになることは確定なので信念は揺るぎません。
「しかし、神の生息域まであとどのくらいですかね?」
私は話題をそらしつつ気になっている話をします。人間が入ることを禁じられた領域、そこに私たちは突入することを目指しています。
「もうしばらくね、神とかいうクズみたいな創造主達の住み処は近いわね」
存外に神というのは身近な存在らしい。以前噂を聞いたところによると『お兄ちゃんに合うより神に会うほうがよほど簡単』だそうです。結構なことですね、出来ればその二つの割合は逆であって欲しいと願ってやみませんがそれを言ってもどうしようも無いのでしょう。
神が人を全て妹にした理由は未だに分かっていませんが大した理由は無いのだと思っています。時々平然とそういう気まぐれをするのが神という存在なのです。
話によると人間が神の存在を確認しその証明を行ったことが神の怒りに触れたともいわれていますが自分勝手な話です。わざわざ人間に関わるくせに人間に見られることが嫌いなんて随分面倒な性格じゃないですか。神とかいいつつ自意識過剰にもほどがあるでしょう。
世界が妹のみになり、今まで普通の存在だった妹以外の全ての人は妹に変えられました。それなりに混乱した人も多いそうですが『神様のやることだし』と案外割り切った人もいたと聞きます。
とにもかくにも、私たちはお兄ちゃんを失ったわけですが……いてくれたらどんなによかっただろうと思うこともあります。例えば……
「重いですね」
「重いよ……」
「二人ともグチグチ言わない! これを捨てていったら丸腰で神とやり合うことになるんですよ?」
私たちの持っている携行火気や、野戦食料は結構な重さで私たちを背中から押さえつけます。この行軍が始まった時点から神の都への往復ギリギリまで食料は減らしました。神と呼ばれる存在にどこまで効くのかは怪しいところですが武器の類いも明らかに無駄であろうものは削りました。それでも私たちの荷物は歩みを緩めようと重力の偉大さを教えてきます。
こんな時には『頼れるお兄ちゃん』が欲しくなりますね
麻衣さんは容赦なく私たちに正論をぶつけ始めました。
「あなたたちは素敵なドレスでお兄ちゃんに会えると思ってたの? 現実を見なさい、私たちは出会いにいっているのではなく取り戻しにいってるのよ」
そんなことは百も承知ですよ! 神がそんなに慈愛に満ちあふれてもいないし、人間に興味を持っていないことも、時に理不尽な苦痛を与えてくる存在で話し合いが不可能なことも知っていますよ! それでも不満はあるんですよ。
「しかし麻衣さん、ここまで重武装で神に歯がたつんでしょうか……? なんなら徒手空拳で戦った方が効果があるかもしれませんよ?」
「そうです! 神とかいう奴らが全知全能なら武器なんて意味無いですよ!」
しかし麻衣さんはそんなことはお見通しのようで、私たちに模範解答を示します。
「神は万能ではないわ、本当に万能なら逆らおうなんて思考をする生物の存在を許すわけがないもの」
短い、しかし力強く確信めいた答えでした。そう、神々と戦えるということ自体が私たちにつけいる隙があるという証拠なのです。
「とはいえ……そろそろ休憩するべきなのかもね」
「え!? 休んでいいんですか!?」
「やったー! じゃあ早速食事しよー!」
「待ってください! どうして急に休憩を?」
私は当然の疑問を呈します。休憩などとだらけていないで急げというのが麻衣さんではないでしょうか? 美緒ちゃんが休憩モードなのは当然なのですが……
「周りを見なさい、何か気が付いたことはない?」
「え……? 静かな普通の道路を歩いているだけじゃないですか?」
どこがおかしいのでしょう、私たちはずっと昔に作られた道路を神々の都に向けて進んでいるだけですが。
「そう、静かなの。人間がいないのはいつものことだけど、動物がいないでしょう?」
「そういえば虫やカエルや鳥の声もしないですね」
「そういうこと、人でない『支配したがり』が管理しているところに近い証拠よ」
「そーだねー……早くご飯にしない?」
美緒ちゃんに呆れつつも私たちは断熱シートを地面に敷いて食事を始めました。神々の守護があれば雨が降らなくても困らないようになっているそうですからテントはありません。これについては荷物の削減になったことを感謝せざるを得ませんね。
私たちは携行食糧の缶詰を開けて食べ始めました。食事の場での話題といえばもちろん……
「あー……早く『お兄ちゃん大好き!』って言いたいなー」
「私だってお兄ちゃんの胸にに飛び込みたいですよ」
「二人とも、お兄ちゃんがいるかどうかも不明なところへ行こうとしていることは分かってるわよね?」
そう、お兄ちゃんがいるという『噂』をまことしやかであっても信じて、存在があやふやなものを求めているのです。
「そういう麻衣さんだってお兄ちゃんが実際にいたらどうするんですか?」
私が水を向けると麻衣さんは返答せず顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。どうやらここで一番下心がある人が誰だったかはっきりしたようですね。
「たまちゃん……ニヤニヤするくらいなら罵ってくれた方がマシよ」
「だからこうしてニヤニヤしてるんじゃないですか」
「あなた、いい性格してるわね……」
私たちの団欒はいつもより賑やかに進んでいきました。私達はお兄ちゃんを求めて、この世全て妹のお兄ちゃんのために、進んでいるのです。
「これ以上は危ないわね、ここで野営をしましょう」
野営に問題はありません、ここでは雨も降らず極端に微細な温度変化しか起こりません。道の真ん中に断熱材をしくだけで雨風をしのぎ、安眠できる寝床の完成です。しかし……
「早くないですか? まだ十分明るいですよ?」
そう言ったところ麻衣さんはポケットから懐中時計を取り出しました。とうの昔にうち捨てられた電子制御をされていない機械式の時計です。
「ここら辺は時間も歪んでるのよ」
そう言ってさしだした時計は夜九時を指していました。よい子の寝る時間ではありますがいい年をして寝るような時間ではありません。しかし……
「明日の行軍に響くから休憩は早めにとるわよ」
そう断言する麻衣さんは確かに三人のうちで一番リーダーをしていました。
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