夢よりも

「先生も入ってみませんか。こっちまで」

 川に入ったまま言うと、先生は水面をペチャリと蹴った。

「実は、こう見えて僕は鈍臭いんです」

 こう見えて、という言い方に笑ってしまった。先生はどう見ても、運動ができるようには見えない。

「見たまんまですよ」

「きみも言いますね」

 先生の口角が上がった。立ち上がり、ぎこちなく足を動かす。

「ほら、手」

 俺が差し出した手を、先生は躊躇いもなく掴んだ。俺よりも大きい。大人の手だ。

 水が肌を撫でながら流れていく。蝉の声が耳を刺す。川の流れの中で、世界で二人きりになったみたいだ。

 俺と先生が、手を繋いで立っている。夢みたいだ。先生が見た夢よりもずっと、今この瞬間が、非現実的だと思った。



(300文字)


2022/09/03

第90回お題:流れる



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