俺を見て

「このへん、たまに魚が泳いでるんですよ」

 足を浸すと、火照った肌が冷えていくのを感じた。川の中をじっと睨んだが、魚は見えない。

「なんだか、夢みたいです」

 先生はそう言って、木陰に座った。ズボンの裾を丸めて、足首まで水に浸している。ひどく無防備だ。

「ほら、僕が見た夢の話」

 ああ、と俺が頷くと、先生は頬を緩めた。眉を下げた柔らかい表情で、俺を見つめる。

「あのときも、きみはこうやって楽しそうにしていました」

 夢の中の俺に嫉妬した、なんて言ったら、先生はどんな顔をするだろう。川の流れと一緒に、こんな気持ちも洗い流せたらいいのに。

 言葉を吐き出す代わりに、思いきり水を蹴った。飛び散った水滴が、俺を笑っていた。



(298文字)


2022/07/02

第88回お題:洗う


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る