2、青年の武勇伝
前編
おい、お前。ここじゃあ、みねぇ顔だな。お前、何モンだ。
ああ? 西高? そりゃまた、何駅も先から、わざわざ。何が目的だ?
ん? 最近こっちのもんがお前んとこにちょっかい出したって? それまた妙な話だな。おい、ちょっと詳しく話を聞かせろ。
いやいや、別にインネンを付けたいわけじゃねぇさ。うちには俺たちが心底惚れ込む姐さんがいてなぁ。他校にちょっかいなんざかけて、姐さんに迷惑かけるような奴はここら一帯から叩き出さなきゃならんと思ってね。お前との喧嘩も楽しそうだが、それよりも裏切り者をのしてやる方が第一優先だ。
ああ別に、お前がどうしても俺に喧嘩を買ってほしいなら別だぜ。お前にもメンツって奴があるだろうからな。でも、そいつぁオススメしない。「東高のトラ」って言ったら俺のことだ。お前が病院送りになるのは目に見えてんよ。
おお、震えてるな。そっか、俺のハナシはそっちまで届くようになったか。姐さんに見合う男になろうと頑張った結果だな。
んで、お前は何しにきたんだっけか。ああ、そういやそっちにちょっかいかけた奴を探してるんだったな。
え、もういい? そうかそうか。っていうか、お前、相当下っ端なんだろうなぁ。粋がる態度が板についてねぇもん。ずっと足震えてたじゃねぇか。慣れねぇことはするもんじゃねぇ。俺も弱いもんイジメは趣味じゃないんでな。
ヘヘッ、虎さんはいい人ですね、か。そんなの初めて言われたな。こうなったのは最近のことよ。少し前まではちょいと粋がってる奴がいれば、片っぱしから喧嘩売りまくってたしな。でも、俺もそろそろ真っ当な道をいきたいと思ったんだよ。どこまでもまっすぐな姐さんの影響もあるかもしんねぇ。
お、お前も姐さんに興味が出てきたか? そいつはいい。俺も今は時間あるし、お前もここまで来て、何もないまま帰るのはもったいねぇだろ。どうせこのまま帰れば、お前はボッコボコにされるんだからよ。なら、せめて土産に姐さんの話でも持って帰れや。
……姐さんはなぁ、一言で言えば女神みたいな人だ。こんな厳つい顔してよぉ、俺も女神なんて口にするのは小っ恥ずかしいけどよ、俺には姐さんをそれ以外にどう形容したもんかわからねぇ。
まず、えらい別嬪さんだぜ。普段は三つ編みメガネ、っていういかにも良い子ちゃんのカッコしてるんだけどよ、髪解いて、メガネ外せばもうどえらい美人よ。嘘じゃないぜ。お前もいっぺん見ただけで、惚れちまうだろうさ。まぁ、その姿はなかなかお目にかかれないだろうけどな。
まぁ、もちろん見た目も一級品だが、俺たちが惚れ込むのはそこじゃあない。ただ見た目が綺麗な女なんて、俺たちが暴力で脅せば、すぐ囲い込んじまえるしな。まぁ、今ならそんなことやんねぇけど。だって、俺がいかに魅力的な男か知った上で、惚れられる方が、男としてカッコがつくと思わねぇか? 暴力で屈服させたとしても、死んだ目の女は退屈でしかない。どんな美人も魅力半減ってもんよ。
っと、話が逸れたな。でもまぁ、当時の俺らは馬鹿だった。俺たちは五、六人で姐さんに絡んだわけよ。でも、姐さんは暴力に怯えることも、ましてや俺たちに服従することもなかった。それどころか、真正面から俺たちをキッと睨み付けて言ったんだ。多勢に無勢とは随分女々しい真似をするのね、と。その言葉に当時の俺たちは当然苛立った。だって、当時の馬鹿な俺と来たら、粋がることが男らしいと思ってたんだからよ。それを女々しいと言われて、短気な俺たちは当然キレずにはいられなかった。でも、そう言われて、同時に殴りかかったら負けだと思った。多分、どこぞの他人が同じことを言ってたら、何にも考えずに殴りかかっただろうな。でも、姐さんの言葉には有無を言わせない、不思議な力があった。スッと心に入り込んだんだ。
そしてそれ以来、嫌がらせのつもりで俺らは姐さんを見かけるたびに声をかけるようになった。なんていうか、あの人には人を惹きつける力があった。あれが俗にいうカリスマ、ってゆうやつなんだろうな。その力は良くも悪くも、姐さんに働いた。俺らみたいな礼儀もしらねぇ奴に声をかけられることもしょっちゅうだった。だから、俺らはその場に居合わせると、奴らを追っ払うようになった。別に頼まれたわけじゃないけど、初めて誰かを守ってやりたいって気持ちになってな。いつの間にか自然とそうしてた。まぁ、そうしてるうちに東高のトラとか訳のわからん名前がついちまった訳だが。
惚れ込んでるなぁ、ってお前も思うか。ハハッ、我ながらそう思う。でも、姐さんの人となりを知れば知るほど、姐さんには惹かれちまう。
姐さんは決して綺麗事なんて言わないんだ。それはもういっそ、残酷なくらいにな。大人ってのは大抵、自分たちに都合のいいことしか言わねぇ。例えば、俺たちが一番言われる言葉はなんだと思う? 時に暴力を振るう俺らに最も望まれることはなんだ?
そう。お利口にすることだよ。喧嘩なんてしないで、周りと仲良しこよしに過ごして、教室で黙って座る。部活に必死な顔をして、机にかじりつくことなんだよ。俺らは大人の思い通りのそれが気持ち悪くなって、殴り飛ばしたくなったっていうのにな。
でも、姐さんはそんなことは言わない。俺たちのザマを見て、姐さん、なんて言ったと思う?
あなたたちの方が人間らしい、ってそう言うんだ! 間違ってるとか、正しいとかそんなこと、言わなかった。人間らしい、だぜ。他の奴らには人でなしと言われたこともある、この俺たちがな! 俺は馬鹿だから、その言葉の意味を百パーセント理解できたとは思ってない。もしかしたら、姐さんなりの皮肉なのかも知れないな。でも、俺は嬉しかったんだ。死ね、消えろ、っていう言葉にも慣れてた中で、俺は一番その言葉に心を揺さぶられたんだよ。
そうして姐さんと過ごすうちに、ある日俺思ったんだ。ああ、俺カッコ悪りぃなぁって。たった一人の為に必死になってる自分なんて少し前まで全く考えられなかった。ダセェと馬鹿にしてた姿に自分が堕ちるとは思ってなかった。でも、どうせ堕ちちまったんなら、精々突き通してやろうと思ったんだ。そしたら、一周回ってカッコもつくんじゃないかって。でも、そのためにはいまの俺じゃあ、力じゃ足りない。暴力だけの小童にできることなんてたかがしれてるんだ。
姐さんはな、底辺で吠えてた俺たちの光だ。だが、ここにいちゃいけねぇんだ。姐さんは学校では優等生演じてるらしいし、俺たちと関わっていたと知れちゃ、姐さんにいいことなんてない。
だから、俺らは決めた。姐さんの足手纏いにはならないと。真っ当とされる世の中の常識を隠れ蓑に使えるくらいには、退屈に生きてやると決めたんだ。
だって、姐さんは常に何かと戦ってる。笑顔で自信満々だけど、逆に弱さがないんだ。それが、姐さんの強がりで、無理してるんじゃないかと、それが限界を迎えて、いつか俺らの前からフッと姿を消してしまうんじゃないかと、心配になる。だから、俺は姐さんが弱さを打ち明けられるほど、頼り甲斐のある男になってやるつもりだ。
あーあ、俺は何を話してるんだか。なんか、姐さんに出会えたことが俺の最高の武勇伝だって言いたかっただけなんだが、いつの間にか情けない話になっちまったな。俺としたことが、こんなんじゃいけねぇな。
ほら、お前、そろそろ行けよ。長話に付き合わせて悪かったな。でも、お前のお仲間が拳を鳴らして待ってるはずだぜ。
え、そのことは忘れたかったって? 馬鹿言ってんじゃねぇ。ケリくらいはつけてこいや。で、自分の意に反して使われるのは金輪際やめろ。お前は奴隷じゃねぇだろ?
でも、無茶は二度とすんじゃねぇぞ。今回は優しい俺様だったからよかったものの、他のやつじゃ正当防衛と称して、殴りかかってくる奴もいるだろうしな。これは先輩からのアドバイスだ。ほら、もう行け!
って、ああ。ちょっと待て。お前西高の奴だったよな。あの繁華街の近くの。すまん。一つ、聞きたいことがある。
最近、繁華街で姐さんを見かけたって奴がいるんだ。しかも、いつもはしない随分と派手な格好しているらしい。つまり、あの高校生なんかじゃ太刀打ちできない暴力や金が力を持つ、あの場所に姐さんが入り浸っていると言うことだ。もし、何かそれに関することを耳に挟んだら、教えてくれないか。姐さんが心配なんだ。頼む。
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