第6話
「ねぇ亮太ー!」
一階から少しくぐもった姉の声が聞こえる。
「なにー?」
一階まで届くように声を張るが、姉からの返事はなく、トントンと階段を登ってくる音だけが響く。正直あの連絡先を交換したときから、少しどころじゃなく恥ずかしくて姉とはなるべく合わないように行動していたので、正直望んでいない訪問者である。
ガンっ
「あのさー。バイトとか興味ない?」
片開きのドアを勢いよくあけ、手に持ったA4サイズほどのチラシを見せながら言った。よく見ると、森町 カフェの店員 バイト募集と大きく書かれている。簡単なミニマップも添えられているのだが、比較的家に近い。徒歩10分といったところか。
「……はぁ、はぁ……最近友達がバイト辞めちゃったみたいでさぁ。……はぁ、抜けた穴大きくて困ってるみたいだからっ……。興味あるならと思って」
ノックもせずに入ってきた上に、せっかくきれいに敷いた毛布に腰かけた。走った後のように息を切らしている。
「なんで急に?ってか何で息切らしてるの?」
「なるべく料理のできる人がいいらしくて、亮太なら私より料理できるじゃん。私がこんなんだから、友達にも料理できるひとあんまいなくてさー」
目を細めて睨むと、姉はペロっと舌をだして可愛い子ぶる。俺が何度料理を教えてやると言っても今日は忙しいだとか、手のあかぎれが痛いだとかろくに水仕事もやらない癖に料理を避けてきた結果がこれだ。
「どんな感じのとこなの?」
「外観は古い喫茶店って感じだけど、内装はなかなか凝ってて雰囲気も結構良かったよ。あと、ばんばん人が来るって感じじゃなくて常連客が定期的に来るみたい」
人が足りないというから大繁盛しているイメージだったのだが、どうやら地元民に愛されている喫茶店らしい。基本的に急ぐことは好きではない俺にとって悪くない条件だった。
「まぁそんな固く考えないでいいんじゃない?社会経験にもなるよ」
「そうだな。とりあえずやってみる」
今までバイトなどしたことがないので少々不安だが、コーヒーは毎日姉と父に入れているので、基本的には問題はないはずだ。あとあと聞いたのだが、バイトの店員は俺を含めて二人だそうだ。少なくとも姉の友達ではないようで安心した。友達の弟だからって根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だからな。
その日はバイトの面接の日と時間だけ伝えられて、話を終えた。
この時の俺はただの姉の友達以上に気まずくなることを想像する余地などなかった。
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