6. 閑話休題 レディローズとブランカ=ネージュ(1)

 短いけれど濃密な交流の時間を終えて、エセルは公爵家から去っていった。

 

 彼女を見送った後、レディローズとブランカ=ネージュの二人はもとの部屋に戻った。

 茶器一式と茶葉を替えて、新しいお茶をレディローズが淹れる。


「かわいらしいお方ね、エセルさまって。よいお友達になれそうだわ」

「そう。あなたのお眼鏡にかなったのならばなによりよ、ブランカ。なにしろあなたのおかげで、ここ三年間、新しい悪役令嬢はひとりも出ていないのだから」


 あなたが好き嫌いを言うせいで、という言外の皮肉を理解しているのかいないのか、ブランカ=ネージュはにこにこしてティーカップを手に取った。

 悪役令嬢になるためには他の悪役令嬢たちの承認が必要であるのだが、他人に無関心なくせに好き嫌いの激しいブランカ=ネージュのせいで、新入りがやってくることはとても珍しくなってしまった。


「そうね、寂しくなってしまったわね。去年エレシナさまが結婚なさってからは、わたくしたちだけになってしまったもの」

「もう4ヶ月も経ってしまったのね――皆、いつかはここを去るわ。早いか遅いかというだけで」

「あなたはなるべくずっとここにいてね、レディローズ。わたくしの一番古いお友達」

「まあ、光栄ですこと」


 そしてふたりはしばし沈黙し、それぞれの方法で芳香たちのぼるお茶を楽しんだ。

 時折、カチ、と茶器のたてる音のほかは静寂に包まれる――そのことに居心地の悪さを感じない程度には、ふたりの付き合いは長い。

 レディローズはさりげなくブランカ=ネージュを見つめて、タイミングを見計らい、口を開いた。


「そういえば、ブランカ、ひとつ気になっていたことがあるのだけれど」

「なあに?」

「先ほどの、エセルの話よ。あなたは、確かこう言ったわね――アレクシス殿下があなたのところへ来て、同じ悪役令嬢なのだから何か知らないか、調べられないか、とおっしゃったと」

「ええ、その通りよ」

「あなた、エセルが悪役令嬢であることを、彼に伝えたの?」

「いいえ。だって、わたくしがそのようなこと、すると思って? レディローズ」

「思わないわ。ただ、一応の確認をしただけよ」


 ブランカ=ネージュは他人にも自分にも興味がないがゆえに、嘘をつくことがない。

 だから彼女の言葉に嘘はない――と考えると、ひとつの疑問が浮上するのだ。


「だとすると、不思議ね。アレクシス殿下は、一体どこから――、一体誰から、エセルが悪役令嬢となったことを聞いたのかしら」

「エセルさまがお話したのではなくて?」

「それはありえないわ。本人から、悪役令嬢になったことは誰にも話さずにおくと聞いているもの。国王陛下に婚約破棄を願い出るまでは誰にも言わない、そしてその後も、自分から公言するつもりはないと」

「では、他の方から聞いたのね、きっと」

「それは“誰”なのかしら」

「?」


 可憐に小首をかしげてみせるブランカ=ネージュに、レディローズは微笑みかける。


「エセルの言葉の通り、彼女が悪役令嬢となったことを誰にも話していないのだとしたら、それを知り得るのは同じ悪役令嬢だけよ。直接会う機会はなくとも、新入りが入った、という知らせは悪役令嬢たち全員が受け取るわ。けれどわたくしもブランカも、アレクシス殿下に教えたりなどしていない」

「エセルさまが悪役令嬢になった時のお知らせが来たのは半年前ですもの。あの頃は、エレシナさまとサリヤさまもおいでだったわ。あのお二人もご存知よ、レディローズ」

「そう、あの当時悪役令嬢だった者ならば、新入りの存在を知っているのよ。でもね、ブランカ、わたくしたちは、誰彼構わずそのことを話したりなんてしないわ。仲間――という表現はおおげさでも、わたくしたち悪役令嬢は、同胞のようなものなのだから」


 悪役令嬢になる者は、誰しも夢を抱いている。誰からも羨望される境遇に生まれながら、誰からも理解されない夢を持つ者――それが悪役令嬢なのだ。だからこそ、悪役令嬢たちは独特の連帯意識を持つ。

 すくなくとも外部の人間に、自分たちの内情を話したりなどしない。話したところで理解されないことがわかりきっているからだ。


「それに、あのお二人がアレクシス殿下と会って話をしたとも考えにくいわ。失礼だけれど、あのお二人ですもの」

「そうねえ、あなたの言うとおりね。エレシナさまは遠いカリュンの属国へ嫁いでしまわれたし、サリヤさまは大の殿方嫌いですものね」

「そうよ。だからこそ疑問なの。――あのお二人には、お会いすることさえとても難しい。まして、わたくしたちの内実について聞き出すなんて、できるとは思えない」


 もちろん、それ以外の手段がないとは言わない。秘密とはどこからともなく漏れるものだし、貴族の令嬢ともなれば大勢の使用人に囲まれて生活している。使用人経由で情報を探ったり探られたりすることは、まったく珍しいことではないけれど、それなりに手間と時間のかかることであるのは確かだ。

 半年前の時点で悪役令嬢であった者たちはいずれも大貴族の令嬢、それも未婚の者ばかりなのだから、身辺について探りを入れることは容易ではないはずだ。名門と呼ばれる貴族の家ほど、口が堅く信用の置ける、忠実な使用人を揃えているのだから。


 そして、第二王子アレクシスがそれなりの手間と時間をかけてまでエセルのことを調べていたというのなら、事情が変わってくる。

 エセルは彼のことを「優しくて慈悲深い」「わたしを見捨てられなくて婚約してくれた」と言っていたけれど……わざわざ労力を割いてエセルのことを調べているとしたら、とても「わたしエセルのことは何とも思っていない」「お情けで婚約してくれただけ」の人とは思えない。


 もしかして、とレディローズは思うのだ。

 エセルの第二王子アレクシスに対する認識は、かなり主観的なものではないのだろうか?

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