7. 閑話休題 レディローズとブランカ=ネージュ(2)
「アレクシスが正当ならざる手段を使ったのだと思っているのね? 確かに、そうかもしれないわ。わたくしの一族はね、大好きなひとにとっても執着してしまうの。その血はアレクシスにも流れているわ」
それがブランカ=ネージュの返答だった。
執着……とレディローズはつぶやく。その言葉にどこか不穏なものを覚えてしまうのは、気のせいだろうか。
少なくとも、身内であるブランカ=ネージュにそのような表現を使われるくらいなのだ。第二王子アレクシスがエセルのことを何とも思っていない、ということは有りえないだろう。
「ブランカ、教えてちょうだい。あなたの知るアレクシス殿下とは、いったいどんな方なのかしら。評判通りの優秀な王族? エセルの話した通りの情の深く優しい若君? それとも――?」
「わたくしの知る限り、アレクシスはエセルさまのことが大好きで仕方ない、ただのひとりの恋する青年よ。一族のなかでは昔から有名だったわ。婚約をするずっと前から、寝ても覚めてもエセルさまのことばかりだってね」
「ああ、なるほどね。あなたと気質の似たお方かしら」
「似ているとはよく言われるけれど、あちらの方は遠慮がちで紳士的よ。わたくしの方がはるかに欲張りですもの。いまのところはね」
「結構。――あなたの一族ということだから、薄々そんな気はしていたのだけれど、やはりね」
「なあに、レディローズ?」
「いいえ、こちらの話よ。エセルはずいぶんと苦労するだろうと思ったの。あなたの話を聞く限り、アレクシス殿下がそれだけエセルに熱烈に恋をなさっているようね。だとしたら、たやすく婚約解消には同意なさらないでしょうから」
第二王子アレクシスは、エセルと婚約さえしていなければ世継ぎ候補にさえなれるだろうと噂されるほどの人物だ。それは裏を返せば、世継ぎ候補となることよりもエセルの婚約者であることの方を選んだ、と見ることもできる。
並みの男ならば、玉座が手に入るとなれば恋のひとつやふたつ、引き換えに諦めることを選ぶだろう。だがアレクシス・ファランドールは並みの男ではなかった。だからこそ、国王から冷遇されようともエセルとの婚約を維持し続けていたのだ。
レディローズはまつげを伏せ、砂糖を入れたお茶を匙で静かにかき混ぜながら考える。
第二王子アレクシスがレディローズの想像の通りの人物であるのなら、彼がエセルを諦めるということはまず期待できない。ハーミッド伯爵家の血を引く人間は――ブランカ=ネージュが言った通りに、特定の人間に強い執着を見せる者が時おり現れる。かの伯爵家の人間の尋常ならざる執着心をレディローズも目の当たりにしたことがあったから、諦めさせようだなんて考えが無駄であることはすぐにわかった。
そして、第二王子アレクシスが婚約解消には同意しない、つまり本人の同意が得られないとなると、他の手段を選ばなければならない。それがエセルの考えた、国王陛下に婚約を取り消してもらうという方法だ。
もともと王族同士の婚約には国王の許可が必要であるから、国王その人が「婚約の許可を取り消す」とひと言告げてくれればその瞬間に婚約は不成立となる。国王がエセルを疎んじていることは誰もが知っているから、一見、婚約取り消しは簡単に現実のものになりそうに思える。
だが、国王がエセルとアレクシスの婚約解消を認めるかどうか、国王がエセルを嫌い抜いていることとはまた別の問題だ。
婚約解消が成立すれば、アレクシスは世継ぎ候補に浮上する可能性が高い。それを国王本人がどう思っているのか……正妃の死後、新たな妃を迎えることなく寵姫を溺愛している国王は、その寵姫に子を産ませたいのではないかという噂もある。そうなればアレクシスが世継ぎ候補となることはかえって国王にとっては都合が悪い……。
「まあ、レディローズ。そのお顔」
ブランカ=ネージュのころころと笑うような声に、レディローズはふっと考え事から意識を引き戻された。
「――わたくしの顔が、どうかして?」
「悪だくみをしている時のお顔よ。また何か考えているのね」
ブランカ=ネージュは他人に興味がないと言うくせに、変なところで勘が鋭い。レディローズも貴族としての教育を受けた以上、他人の前で表情を変えたり、たやすく感情を読ませたりはしないというのに。
「エセルの婚約解消が及ぼす影響について考えていたのよ」
「それだけ?」
「それ以外のことも」
「ふぅん。大変ね、あなたも。エセルさまも」
聞きようによっては含みのある言い方だった。レディローズはわずかに目を細め、軽くにらみつけるような表情をつくってみせたが、対するブランカ=ネージュは気にした様子もなく、にこにこして焼き菓子をつまみ続けていた。
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