ふぅ
言い訳じみたことを語ろうと、私は息を吸った。だがその瞬間それを
はたから見れば、彼女のそのようすは異常なのかもしれない。だけど、私としては好都合だった。まるで、彼女が私に
ぶつくさと語りつづける彼女に、私は
彼女は語るほどに
いつからそうしていたのか、気がつくと私は、窓枠に転がるハエの
顔をあげると血が流れたのか、
彼女は、薄明かりのなかに立ち尽くしたまま、じっとこちらを
自分の記憶の欠落の
わずかに頭を前に突きだし、やや左に傾け、両方の黒目を
そんな考えにとらわれていたせいか、私は呼吸を忘れていて、気がつけば、視界は
『いつもあなたのことを考えているからかしらね。どこにでもあなたを思いえがけそう』
「へぇ、どこにでも? たとえば?」
『遠くの山や
「アパート?」
『ええ、すぐ近くにアパートが建っているのよ』
「それはどんなアパートだ?」
『古びていて、いまにも倒れそうだわ』
「なぁ、そのアパートにはどんなやつが住んでいそうだ? お前からみて」
『そうね、やっぱり
「で、俺がいるとしたらどこらへんだ?」
『……それはまあ、最上階にいそうだわ。いるとしたら、ね。あなたはあんなアパートにぜったい住まないだろうから。
私は、無意識にシーツを
『あ』、意表をつかれたような顔、そしてすぐに、それを自分でおもしろがるように笑う彼女。
「どうした?」
『アパートの人の姿が見えた』
「どうだ、俺みたいか?」
『なんだかダブって見える』
「……よく意味がわからないな」
『……いいえ、じっさいにふたりいるみたい』
「ふたり?」
『男と女がいる。……男の人が窓枠にうなだれていて、……その後ろから女が
「なにか?」
『なにかしらの
「〝とりこみ中なんじゃないのか?〟」、本物の男のような
『そういうわけではないみたい』
「どうしてわかる? 窓枠の下で〝なにか〟してるかもしれないじゃないか」
『だって、どちらもすごく無表情なのだもの。男のほうがとくに』
「いったいなにをしてるんだ、そいつら。こんな夜ふけに。気味がわるいな」
『待ってぇ、いまよく見てみるわ……』
「……どうだ?」
『女が、男を
「操るぅ?」
『後ろから手をまわして男の手首を持って、男に手をふらせてる』
「もしかしてお前、俺を怖がらせようとしてるのか?
『そんなんじゃないわ。私は見たままを言ってるだけ。そんなことより――』
「――そんなことだって?」
『〝人さまの奇行なんて、どうでもいいじゃない〟』
自分の
『私とあなたの話をしましょうよ。生まれ
「……生まれ故郷?」
『ほらぁ、このあいだ言っていたじゃない、……ふたごの妹さんが自殺してしまって、それで
「……ああ、べつに……
『そう』
「ああ」
『どんな妹さんだったの?』
「どんなってこともないさ……どこにでもいる普通のやつだよ。変わったところも、
『〝普通の子でも自殺しちゃうものなのね〟』
「ははははははははははははははははははは」
涙をこぼすほど笑ったのはいつぶりだろう。おそらく、成人してからはないように思える。中学、あるいは小学生以来かもしれない。
「お前とおなじだよ」
『え?』
「ふと気を抜くと、そこらに妹を見てしまうよ」
『たとえば?』
「人ごみのなかや、歳のちかい女の顔なんかに」
『あら素敵じゃない。いまでもあなたにべったりなんだわ』
「違いない、間違いなくそうだな」
『……ねぇ?』
「どうした?」
『私のことは見たりしないのかしら?』
「おいおい……みなまで言わすなよ……、見るに決まってるだろ? 俺がどれだけお前のことを思っていると思ってるんだ……。
『ふふ、いやだ、そんなことでおそろいでもねぇ』
「それなら……なにがいいんだ?」
『そうね――おそろいのスマホなんてどう?』
「スマホ? 買いかえたいのか?」
『あなた、なに言ってるのよ、忘れたの? あなたが
「――なにを言ってるんだ、そんなわけないだろ。
『私の感覚としては、という話よ』
「ああ、それならわかる、
『よかった』、彼女は
「そうだったな。たしかに覚えてるよ」
『……私、十分反省した。思わせぶりなことなんて、もう、ぜったいに言わないって約束する。
「わかった。俺もわるかったよ。いいスマホ買ってやるからな」
私がそう言うと、彼女は、勝ち
彼女から目を切り、私は、自分の右手に目を落とした。
右手には、黒いなにかが握られていた。すぐに
意図せず私は、指に巻きつけていた髪を、
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