ごし
倉井さとり
ひぃ
私の住むアパートの部屋からは、古ぼけた商店街が見下ろせる。
たとえ
身を起こし、目を
恋人と駆け落ちしてこの街に来て、まだ三か月と経っていないけれど、地元にいるように感じるくらい、私はここに居着いてしまっていた。思えば、
外の景色をよく見るため、身をのりだし、窓枠に両
また今日も、彼女は来ていた。
寝苦しさに耐えかね窓の外をながめるときには、決まって彼女が目についた。べつに私は不眠症というわけではないから、毎日そうというわけじゃない。しかし、こうも毎回のように目にしていると、彼女は毎日やってきているんじゃないか、と、そんな想像をしてしまう。さすがにそれはないだろうと思うけれど。
彼女はいつも、商店街のなかにひとつだけポツンと設置された
おそらく彼女は私と同年代だろう。でも、私よりずっときれいで、なにより、
仕事に
適当な当て
彼女はいつもとまったくおなじように、シャッターの下りた通りを早足で歩き、脇目もふらずに白い薄明かりのなかへと入っていく。そして、左手で受話器を手にとり、上着のポケットからとりだした
『こんばんは。私よ』、と私は、彼女の口のうごきにあわせて、そう言った。
「ああ、待っていたよ」
すこし落とした私の声は、静まりかえった部屋によくひびいた。
『変わりない?』と私は、つづけて彼女に声を吹きこむ。
「ああ。そっちはどうだ?」
彼女は楽しそうな笑みを浮かべながら、歯切れよく、形のいい
私はすこし返事をためらって、
『……でもぉ』
「それは、きみだって最初から
彼女は口をつぐむと、目を
私は、彼女に返事をうながすような
『わかってる。わかってるわよ。だけど……』
「だけど?」
『あなたのほうだって、なかなか奥さまと別れてくれないじゃない』
私が沈黙していると、彼女は、左手で自分の顔の左半分をおおった。で、小指から人さし指までの
私を
「まえにも言ったと思うが、そう簡単な話じゃないんだよ。
『仕事仕事って……いったいなんの関係があるのよ。
「そうでもないさ。〝女〟のきみにはわからないよ」
私の
独り
頭を背後のガラス
彼女はわずかに頭を左に傾けると、口を結びながらニッコリと笑ってみせた。その口が開かれるような気配を感じ、私は慌てて息を吸いこんだ。
『男だからとか。女だからとか。そんなことはまったく問題じゃないのよ。〝人〟が恋するにはね。そんなこと関係ない。これは、いまに始まったことじゃない。ずっと昔からよ。私たちが生まれるよりもずっとまえから』彼女はそこでひと呼吸おくと、浮かべていた薄ら笑みを、含み笑いに変えた。『恋愛事に性別なんて関係ないのよ。私は、あなたが、好き。重要なのは、ただ、これだけよ』
それきり彼女は、息を殺すように口を結び、受話器をかたく握りしめ、相手の息
対する私は、自分で語ったことの意味が自分でも理解できずにいて、それについて頭をめぐらしつつ、向こうから切りだしてくれないかと期待して、彼女とおなじように沈黙をつづけるのだった。
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