第7話 地味なスキル上げ再び。

 ダンジョンの第一階層を、初めてまともに回ることができた次の朝。食事を終えた育江たちは、ギルドでカナリアの無茶振りな『お願い』がないことを確認してほっと一安心。そのあとは、依頼のカードが貼ってある掲示板とにらめっこ。


 育江の記憶にある、魔物モンスターの名前が書いてある依頼書がないかどうか? 上から下までじっくりと一枚ずつ確認していく。


 あまり聞いたことがない魔物、例えば林にいた灰狼グレイウルフも、PWOあちらにはない個体の名称だった。ダンジョンの第一階層にいた黒狼ブラックウルフや、大鼠ジャイアントラットは、あちらにもいたかもしれない。けれどダンジョンに興味がなかった育江が知らなくても仕方のないことだ。


 魔物の素材や魔石など収集の依頼は、灰狼と山熊以外はすべてダンジョンの中にいる魔物のようだ。見覚えのない魔物の名前もちらほらあるが、全て第二階層よりも下にいるものらしい。だからといって、安易に潜れる状況ではないため、ちょっと行ってみようかというわけにもいかないのが現状である。


 現在のシルダのレベルは、二十一。山熊のレベルは今のところ最大で二十二。ぎりぎり経験値をもらえなくはないのだが、外の魔物はダンジョンのようにリポップするわけではない。いかんせん個体数が少ない状況。


 昨日の第一階層探索のおかげで、鑑定も『範囲鑑定』が使えるレベルが戻った。山熊がいる山頂へ行ってはみたが、散歩するにとどまってしまった。


 ▼


 迷宮都市ジョンダンは、聖王国エルニアムの国境から外れた場所にある独立した場所。それでも馬車で交易ができるよう、王都までの整備された街道が存在する。


 街道が存在するということは、その途中にいくつか宿場町があるということ。それならばと、育江はある方法を思いついた。


 シルダと昼食を終えて、彼女がへそ天をしてるときに聞いてみた。


「ねぇシルダ」

「ぐあ?」


(この子絶対、あたしの行ってること理解してるよね)


 シルダが普通に受け答えをしているのに、育江は笑いそうになってしまう。


「ちょっと今日は、退屈な作業をしようと思ってるんだけどね」

「ぐぁ」

「『ケージ』に入って寝てる? それとも、あたしの背中で寝てる?」


 育江の言う『ケージ』とは、空間魔法の『ペットケージ』で作られた空間のこと。カナリアに『掃除のお願い』をされたときに、幾度となくシルダはそこに入って寝ていることがある。だから慣れているのだろうが、ここはシルダに決めてもらおうと思ったのだろう。


 シルダはのそのそと、ベッドから降りてきて、育江の足に抱きついてくる。


「背中がいいの?」

「ぐあっ」

「退屈だよ?」

「ぐあっ」

「わかったわ。じゃ、あれを使おうかな?」


 以前、シルダがすっぽり入ってしまうサイズのリュックを買っておいた。実用性は全くないように思えたが、『シルダが入るなら、これで背負ってみようかな?』と思い、ネタで買っただけのものだ。


「シルダ」

「ぐあ?」

「これに入ってみて」

「ぐあっ」


 もそもそとリュックの中に入る。それを『どっこいしょ』と、背負う育江。前にシルダを背負ったときよりは楽ではある。


「ぐあぁ……」


 そう言うとシルダは、寝息を立てて眠ってしまう。


「なんともまぁ、『寝てるからいいよ』って意味だったのね……」


 育江は町の外へ出てくる。迷宮都市ジョンダンへ、馬車がたまに入ってくる街道は、まっすぐ進めば王都まで続いているとされていた。


 ここから馬車の速度で二ヶ月。馬車での移動は、せいぜい一日百キロという知識があった。二ヶ月ということは、六十日。ただ六十日休みなしで進むこともないだろう。馬も馬車も故障してしまうのだ。


 それを考慮に入れ、六十日の内十日は休むとしても、最低五千キロの距離があるということ。


 いくらレベル上げが嫌いではない育江でも、二ヶ月馬車に揺られるのは我慢できるわけがない。そこで考えたのが、この方法。


 『目視自身転移ムーブセルフ』を繰り返して距離を稼ぎ、転移しやすい目印となる場所を覚えておく。ジョンダンと王都までの間に、中距離転移で移動できる場所を設定。こうして設定した地点へ中距離転移を繰り返して、王都を目指そうという方法だった。


 街道の横に立ち、遙か先に見える地平線をじっと見つめて。まずは魔力回復補助呪文の『パルズマナ』をかけておく。システムメニューを表示させておき、視界の端に時空魔法の経験値欄を置いておく。


PWOあちらでは、ある程度熟練した初級などの下位の呪文は、頭の中で唱えることが可能になる。初めのうちは、百パーセント成功するわけではないが、いずれ『鑑定』のように難しくはなくなる。


 だから頭の中で、こう唱えるだけで済んでしまう。


(『目視自身転移』)


 山登りで熟練度が上がっている呪文の一つ。だからこれでも、瞬時に見た場所へ移動が完了する。これをひたすら続けることで、精神的にやや疲弊はするが、魔力がその都度戻るので、それほど負担にはならない。


 同時に、時空魔法の経験値が数回に一度、少しだけ上がっているのも確認できた。育江はただただ、ひたすら繰り返すことにした。


 背中に背負うシルダの重量は、前背負ったときより確かに重たくなったように思える。あちらでの獣魔は、進化させない限り見た目や大きさが変わることなどなかった。


 シルダの見た目はそれほど変わりは感じられないが、あきらかに重さだけは変化があるようだ。


(重いって言うと、怒るのよね。やっぱりシルダも女の子なのかもねー)


「……ぐあぁ」


 寝言のような声を出すシルダ。彼女の入ったリュックの底部分を『ぽんぽん』と持ち上げるように叩く育江。


 ところどころ、街道は曲がっているため、水平線のような距離までは見通すことができない。それでも、可能な限りギリギリ遠くを見て目標を設定して移動する。単純作業のようなことを続けてるうちに、『パルズマナ』のバフ効果が切れた。


 育成中に計っていたが、PWOではバフが切れる時間はその呪文によって違う。『パルズマナ』に限っていえば、おおよそ一時間と言われていた。


 こちらでも確認したところ、システムメニューに表示されている時間で、同じくらい効果が続いた。それによって、効果が切れたとき一時間ほど経っているという、キッチンタイマーのような使い方もできるわけだ。


 『パルズマナ』をかけ直して、インベントリから水筒を取りだして水分補給。背中のシルダはまだお休み中。それなりに豪快に『くかー、くかー』と寝息が聞こえてくる。


 そこから続けて三度ほど『目視自身転移』を繰り返すと、長さが三十メートルくらいの橋のかかった川へ到着する。馬車は夜通し走ることはないと思えるが、ここに来るまでの間に宿場町はなかった。


 もし、馬車が一日走る距離の場所に宿場町があるとするなら、ジョンダンから王都までの間に六十の宿場町が存在することになる。それはさすがにありえないだろうと、育江も思ったはずだ。


 育江が辺りを見回すと、両側に林や森に囲まれているわけではないから、見通しが良いといえる。


「こんなところで野営をするんだろうねー」


 ただあちらの世界と違うのは、無機的なゴミが落ちていないこと。近くに人里がないこともあり、ここで遊んだりすることもおそらくはないのだろう。景色としては平凡なのだが、綺麗さからいえば、目の休まる場所だった。


「ここなら思い出せるからいいかもね。……んー、『短距離転移ショートゲート』」


 育江は『門』を出現させるが、そこには何も映し出されはしなかった。


「あー、……やっぱり遠すぎるのね。短いやつは町中ぐらいが限度、と。『中距離転移ミドルゲート』」


 今度の『門』は、育江の借りている部屋が映し出される。ジョンダンからここまで、どれくらいの距離があったか、『目視自身転移』を唱えた回数をカウントしていなかったこともあり、予想はできない。だが、まだ中距離転移の範囲内だとわかっただけ良しとする育江だった。


(危なかったねー。戻れなかったらどうしようかと思っちゃった。ここまであまり変化がなかったし……)


 要は、『どこへ戻ればいいかわからないほど、単調な道が続いていた』というわけだったのである。


 まだまだ先は長いので、一休みをするのも勿体なく感じた。そのため部屋へは転移せず、手を入れてすぐに抜いて、『門』を霧散させた。育江はこの場所の特徴を、メモして忘れないように覚えておく。


 その後、同じように『目視自身転移』を繰り返す。今度は何度移動したか回数を数えておくのも忘れない。


 『パルズマナ』の効果が切れて、再度かけ直す。システムメニューの時間をみて、小一時間経過しているのがわかると、『中距離転移』で部屋へ戻れるのを確認する。


「あれ? まじですかー」


 中距離転移で戻れない範囲を移動してしまったようで、育江は『目視自身転移』で二回分ほど戻ることにした。すると今度は『門』に部屋が映し出される。


 川から先ほどのところまで、四十二回。二回戻って四十回の『目視自身転移』が、移動の限界だろうと予測。ここの特徴を、何でもいいので目の前にあるものをメモしていく。


 幸い、目印になりそうな岩があったから、ほっと胸をなで下ろす育江だった。


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