第6話 手加減。

「はい、これが魔石買い取りのお金ね」

「――こんなにもらえるんですか?」


 魔石の大小はあるが、一番小さいのでも銀貨三枚。平均すると一つあたり、銀貨五枚になる。

 育江は今日初めて、魔石の買い取りをお願いしたのだが、銀貨の枚数が多くなるからと、金貨三枚と銀貨六枚を受け取ったわけだ。


「イクエちゃん、いくらシルダちゃんが強いからといって、あまり無茶しちゃ駄目よ?」

「はい、ごめんなさい。でも一応、安全マージンはとってますけどね」

山熊マウントベア倒しちゃうくらい、イクエちゃんとシルダちゃんが強いのはわかってるけど、ダンジョンは第一階層だからって安全とは限らないのよ」

「そのあたりは、ほんっとうに気をつけることにします。あ、それでですね――」


 育江はあのあと、ぐるりと第一階層を隅々まで探索してきた。出てきた魔物は十匹ほど。たまたまかもしれないが、黒狼や、体高三十センチはある大鼠ジャイアントラットばかりだった。


 驚いたのは第一階層に、他の探索者がいなかったこと。一度もすれ違うことがなかったのをカナリアに報告するのだが、彼女は非常に困った表情をしていた。


「あのね、イクエちゃん」

「はい」

「ぐあ?」

「あの二人、よく捕まえたわ」

「はい? シルダが片方を転がして動かなくしちゃったから、あたしはもう一人に『動くな』って注意しただけなんです」

「ぐあぁ……」

「そう、……あの二人ね、ちょとばかり問題があった探索者だったわけ」

「そうだったんですね」

「ぐあぁ」

「それでね――」


 カナリアはこう説明してくれる。

 ここしばらく、育江のような迷惑行為の報告が後を絶たなかった。その迷惑行為とは、魔物の横取りや、狩り場の独占。あの二人は、ある時間帯だけ第一階層で荒稼ぎをしようと、該当する行為に没頭していたらしい。


 もちろんあの二人が、ギルドへ魔石の買い取りに訪れた際に聞き取りもしていたが、のらりくらりと言葉巧みに逃げ、尻尾を出すことはなかった。もちろん、入手して買い取りに回した魔石も、それほど多い数ではないのが理由のひとつだった。

 そのせいで、疑惑はただの疑惑。それ以上の証拠を掴めなかったのである。


 ギルドでも、第一階層へ巡回するようにしていたのだが、なぜか巡回しているときには、迷惑と呼ばれる行為に手出ししない。ギルドで巡回していない今日のような日は、第一階層しか潜れない探索者はダンジョンに入らなくなってしまったとのことだった。


(そっかー。ルート権のシステムなんて、働くわけがないってこと。『横殴り天国状態』だったんだねー……)


 育江が内心思った『ルート権』とは、『該当の魔物モンスターに対して、誰が一番多くダメージをあたえたか?』、それによってドロップなどの権利が誰にあるかを判定してくれる、システム上に設定されたルールのようなもの。

 もちろん、この世界にはそのようなものはなく、本来は早い者勝ちであり、後から来た者は遠慮するのが暗黙の了解だったはず。だがあの二人のように、後から来た者が力任せに獲物の所有権を主張する。実に迷惑な行為を繰り返した二人だったのである。


「それで誰ともすれ違うことがなかったわけですね」

「ぐあぁ」

「証拠がないから、問い詰めるわけにもいかなかったのよ。……でもね、今回は違ったの。なんだかもの凄く怯えててね。聞いてもいないことを、自分でしゃべることしゃべること。お姉さん、笑いが止まらなかったわ。そうそう、おまけにね、ギルドの職員に内通者がいるとまで言い始めたのよ」

「はい?」

「ぐあ?」

「二人からお金を受け取って、巡回の予定を漏らしてたらしいの。そりゃ巡回する日がわかってたら、危険を冒してまで迷惑行為をするわけないわ。……でも変なことを言ってたのよね」

「何がですか?」

「ぐあ?」

「第一階層にいるわけのない、『人型の魔物』がいたとか、いないとか……」

「あたしも見たことはないですよ。あそこにいたのは、大鼠と黒狼だけでした」

「ぐあぁ」


 まさか自分のことを言われているとは、これっぽっちも思っていない育江だった。


「あの二人は、探索者の資格を剥奪。内通してた職員はクビ。その上で三人とも、王都へ送られて審判にかけられることになるわ。死罪にはならないでしょうけど、けっして軽い処分にはならないと思うのよね」

「そんなにですか」

「ぐあぁ」

「軽い方じゃないかしら? 本当ならその場で、『ダンジョンの餌』になっていてもおかしくはないんだもの」

「『ダンジョンの餌』ですか?」

「ぐあ?」


 育江とシルダは、同じように首を傾げる。


「あら? 知らないの? ダンジョンはね生きてるのよ。見たことあるでしょう? 倒した魔物が塵になって、ダンジョンに吸われていくのを」

「あー、確かにそんな感じに見えたような気がします」

「ぐあ?」


 育江は、塵になったまでは確認していたが、その後どうなっているかまでは、気にしてはいなかった。


「私も見たことはないからなんとも言えないのだけれど、人が亡くなって、そのまま放置されたとしたら、ダンジョンが吸収すると言われてるわ。私はあの子たちが、連れて帰ってくれたから、ここにいるようなものだし……」


 カナリアはおそらく、第三十階層で彼女が負った怪我のことを言ってるのだろう。


「イクエちゃんとシルダちゃんは、手加減をしたんでしょう? その場で斬りかかりでもしなきゃ、あんなことにならないでしょ?」


 カナリアはまるで見ていたかのように、その場を予想してみせた。


「あー、はい。シルダに『手加減』させましたよ」

「ぐあぁ」

「そうよねぇ。山熊より打たれ強い探索者なんて、上級以上でも何人いることか。避けたり耐えたりする人はいるでしょうけどね。私みたいに」

「するんですね、やっぱり」

「ぐあぁ」


 カナリアは、山熊には勝てないにしても、攻撃を避けたり耐えることができると暗に言っている。それは育江だけでなく、山熊の強さを知っているシルダも若干引いてしまう事実だった。


 慣れていないダンジョン第一階層だったこともあり、精神的に疲れてしまった育江は、シルダと同じ『焼いただけの蛇肉』で夕食を済ませてしまった。シルダは満腹になり、すでにへそ天して寝息をたてている。


 第一階層に出てきた魔物は、高くともシルダの半分程度のレベルのものばかり。余裕と言えば余裕だったが、それは他の探索者が同じ層にいなかったから、落ち着いて対処できたからだろう。


 明日からは『トラブルのもとになる探索者』がいなくなったことで、ダンジョンに潜る者も増えるだろう。そうなると今日のように『順番に対処する』ことも難しくなる。


 今日は常に、安全に対処できたわけではない。シルダが魔物を片付けている間、一度だけ背後から違う魔物が襲ってきたことがあった。実際、左のふくらはぎをかじられただけで、育江が声をあげたとき、シルダが気づいて蹴飛ばして難を逃れた。


 ただそれがたまたま、大鼠だったから良かったようなもの。もし、シルダが対処していた魔物が黒狼ではなく、レベルが高いものだったらと思うと、シルダを安全に育成することもできなくなってしまう。


 あの探索者も、たまたま同じ方向から攻めてきたからいいようなもの。もし、別々に襲ってきたとしたら、あれほどうまく対処ができただろうか?


(第一階層じゃ、たぶんシルダは上がらないよね。それにあの二人にもし、挟み撃ちにされてたら、あたしはどうにでもなるけど、シルダが危なくなることだってあったわけよね……)


 そういう『もし』という意味も含めて、明日以降、第二階層以下に潜ることを考えると、シルダがいくら強くなったからといって、無謀ともいえる状態であると言えよう。


(少なくともさ、あの場所からここに転移することもできたし、他の場所からあの場所に転移もできた。それだけでも十分収穫だったって言えるのよ)


 確かに、ダンジョンの第一階層は魔石の稼ぎは大きい。だが、明日以降探索者が増えることを考えると、そこまで稼げる状態にあるとは思えない。

 ただ稼ぐことを考えるのならば、第二階層より下へ行くべきだ。シルダの育成相手も、もしかしたら見つかるかもしれない。

 ただそうするためには、このままでは準備不足になってしまう。それなら安全に、ダンジョンの外で育成相手を探すべきだろう。


「悩んでも仕方ないわ。とにかく今日はここまでにしよ……」


 シルダが眠るベッドに、育江も倒れ込んで意識を手放すように、眠りに落ちていった。

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