第5話 リベンジだけど拍子抜け。

 育江とシルダの身に、ちょっとしたトラブルが発生したが、なんとか事なきを得て仕切り直しとなった。改めて、まだ進んでいないダンジョンの奥を目指して歩いて行く。もちろん、天井、床、両側の壁の鑑定を忘れずに。


 黒狼が歩いてきた左に折れてみた、その先は二十メートルほど道が続いている。育江は前のときよりも慎重に足を進めるが、シルダはどこ吹く風。足取り軽く歩いて行くので、仕方なく育江は後を警戒しつつ彼女の後をついて行く。


(この状況だと、シルダだけじゃ安心できないわよねぇ……)


 育江は内心不安を感じる。シルダは十分強くなっている。灰狼を一撃で倒した探索者を手玉に取ることができるほどに。

 ずんずん進むシルダの背中はたくましく思うが、いかんせん自分が非力すぎる。ここで背後から襲われでもしたら、シルダを『ペットケージ』で格納して、やりすごすことができるどうか不安で仕方がない。


「ぐぎゃ?」


 シルダの驚いたときの声が聞こえる。


「どうしたの?」


 育江はシルダの頭越しに先を見る。するとそこは、天井こそ高いが、『蛇の無限沸き』に似た行き止まりになっていた。

 ただ違うのは、あそこまで真っ暗ではないこと。今まで通ってきた通路のように薄暗い感じがするだけ。育江の目には十分明るく見えるから、あの洞窟と違って、何らかの光源があるのかもしれない。


 奥行きは十メートルあるかないか、高さは通路と同じくらい。左右は通路よりやや広く感じる、おおよそ六、七メートルほど。


「あ、そうだ」


 育江は奥の壁、両側の壁、床と天井を鑑定でチェック。罠も何もないと返ってくる。先ほどの黒狼はきっと、違う方向から迷い込んだのかもしれないと判断。


「ここならいいかもしれないわね」

「ぐあ?」


 育江は奥の壁に背を向ける。これからやろうとしている検証作業は、もちろん転移のテストだ。

 幸い、転移で出現する『門』は、裏側から見ると何も見えない。『そこに何もないかのように、反対側を透過させて誤魔化してくれる』仕様になっていた。


「どっちかな? とりあえず、『中距離転移ミドルゲート』」


 育江の前に『門』が出現。そこに映るのは、育江が借りている部屋。


「……おー。うまくいってよかったわ。シルダ、おいで」

「ぐあ?」


 育江はシルダの手を引いて、あちら側へ歩いてく。


「ぐあ? ぐあ?」


 シルダはちょっとだけ驚いていた。


「あー、深く考えちゃ駄目よ」

「ぐあっ」


 シルダは育江に似て、思ったよりもポジティブな性格のようだった。


 最近はほぼ、時計代わりにしているシステムメニュー。見ると正午前になっている。


「シルダ」

「ぐあ?」

「お腹すいてない?」

「ぐあぁ……」


 シルダは下を向いて、両手でお腹をさすり始める。もう一度育江を見ると、近くへ寄ってきて、服の裾をつんつん。


「ぐあ」

「だろうと思ったわ。じゃ、お昼ご飯にしましょうかね」

「ぐぎゃ」


 シルダは自分で椅子を引き、そこに軽く跳び上がってお尻から着地。育江はシルダの両手両足に『ピュリフィ』をかける。


「これで綺麗になったね」

「ぐあっ」


 シルダは口を開けて待っていた。


「はいはい」


 育江はインベントリから大きめの皿と小さめの皿を出して、大きめの皿の上には『焼いただけの蛇肉』を乗せる。小さな目の皿には、つけだれを。

 フォークと『焼いただけの蛇肉』をひとつ刺してシルダに持たせる。


「ぐあっ」


 シルダ用のジョッキに水差しから水を入れて、自分用のジョッキにも入れる。


「それじゃいただきます」

「ぐあっ」


 シルダは美味しそうに『焼いただけの蛇肉』を頬張る。育江ももうひとつフォークを出して、つけだれにちょんちょんつけてぱくり。


「うん、こうすると美味しい」

「ぐあっ」

「シルダ、……あんたも飽きないわね」

「ぐあ?」

「『焼いただけの蛇肉これ』って案外癖がなくて、美味しいのは美味しいんだけどね」

「ぐあっ」


 育江の味覚でも、『焼いただけの蛇肉』は鶏のささみ焼きのような味わい。インベントリに保管しておけば、常にほかほか。焼いたばかりの状態で保存されるので、味が変わったり腐ったりしない。

 何もない状態から、沸いて出るわけではないから、補充は必要。育江の懐には余裕があるはずなのに、またいつか『蛇の無限沸き』へ行かなければと思う育江だった。


 シルダが満腹になり、ベッドでおなかをぽんぽんと叩き、『へそ天』している。


「シルダ、食べてすぐ寝ると『牛になる』、……わけないか。なったらなったで面白いんだろうけど」


 育江は椅子から立つと、壁に向かう。目を閉じてなんとなく転移先をイメージ。もちろん、第一階層の先ほどの場所だ。


「『短距離転移ショートゲート』」


 すると育江の目の前に『門』が出現する。そこに映るのは、薄暗く見える行き止まりの壁から見た方角。先のほうへ道が続いている。


「あ、ここからなら『短距離転移ショート』でいけるのね」


 どこへ行っても一度あの場所へ戻り、部屋に転移して一休みするもよし。そのまま出入り口へ戻ってもよし。都合の良い場所を見つけたと、育江は思っただろう。


 実はこの呪文、案外使い勝手がいい。

 出入りしなければ、五分ほど放置すると『門』が消える。キャンセルする場合でも、手を入れて抜くだけで一分もしないうちに『門』は消える。試しに消えかかっているところへ手を入れたままにしてみたところ、腕の周りの『門』だけ消えることが確認できていた。

 『門』の後方を確認することはできないが、見える範囲に人がいないことを確認した上で、転移が可能である。


「シルダ」

「ぐあっ」


 ベッドから身体を起こし、育江の元へ歩いてくる。


「じゃ、いこっか?」

「ぐあっ」


 育江たちは『門』をくぐって、ダンジョンへ戻っていく。育江とシルダが通ったあと、ややあって中心に向けて、『門』はせばままっていく。後ろを見たらもう、壁しか見えない状態になっていた。


 改めて、この洞窟にも似た部屋といっていい場所。天井、壁、床と鑑定をかけてみる。異常がないことを確認し、ここを転移の『門』を使う緊急脱出先とすることに育江は決める。


 転移の拠点とするべく転移した場所に、戻ってきた育江とシルダ。


 目の前の通路を進む前に、一応鑑定をかける。異常がないことを確認し、色々あった十字路へ。

 右へ行けばデリックとシンディナが控える場所。どちらへ行こうか悩んだところ、育江はシルダに任せてみようと思った。


「シルダ、どっちいこっか?」

「ぐあ」


 まっすぐ進んでいくシルダの後を、ついていく育江。十字路を過ぎ、少し行くと壁の左側が開けてくる。転移拠点の場所と比べると、おおよそ倍の広さ。その中央あたりに、背を向けた黒狼が見える。

 鑑定をかけてみると、黒狼のレベルは十。町の外、林にいる灰狼よりレベルが低い割には、ダンジョン産の黒狼はきっと、防御力が高い傾向があるのだろう。


(もしかして、あのあたりがポップ場所?)


 育江のいう『ポップ場所』とは『スポーン場所』とも言われる、『魔物が沸く場所』のことを差している。昼前に倒した黒狼は、あの場所で再び沸いたリポップしたのだろう。


 黒狼がこちらを振り向いた。育江かシルダの匂いに反応したのか? それとも足音に半のうしたのか? どちらにしても、うなり声を上げながら、じわりじわりとこちらへ近寄ってくる。


(なるほどね、黒狼はアクティブモブ確定、というより、ここに出るのはほぼそうなんじゃない?)


 育江はそう解釈する。だからあのとき捕らえて引き渡した探索者が、自分にヘイトが向かっていないから『楽だ』と言っていたのだろうと判断する。


「シルダ」

「ぐぎゃっ」


 シルダは、黒狼の歩み寄りも早く小走りして近寄る。シルダが強く見えないからか? それともそういう習性だからか? 黒狼も足を速め、シルダへと襲いかかる。

 ただ、数え切れないほどの戦闘経験から、シルダは慌てることなく半身になって黒狼の右側に回り込むと、ぷよぷよした強そうに見えない彼女の右腕で、頭の部分を平手打ち。すると、マトトマト村の土猪でやってみせたように、少し斜めにずれるように、黒狼は二転、三転して停止する。


「ぐあ?」


 シルダはこっちを見て、『何これ、こんなもの?』のような、力のない声を出す。


「仕方ないでしょ? あんたの方が倍のレベルあるんだから」

「ぐあぁ」


 シルダが『納得いかない』というような声を出したとき、黒狼は霧散する。そこに残ったのは、シルダの手のひらよりやや小さい、魔石だけだった。

 もちろん、シルダに経験値は入るわけがない。


 魔石を見つけたシルダは、拾い上げると育江にもってきてくれる。


「ありがとう、シルダ」


 シルダの頭を撫でるのは当たり前のこと。


「ぐあぁ……」


 まるで猫が撫でられて喉を鳴らすかのように、気持ちよさそうな声を漏らすシルダだった。

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