第2話 育江はあまりにも知らなすぎた。
前にカナリアが育江に言った言葉『言ってくれたらよかった』を、そのままお返しした感じになってしまう。
「イクエちゃん、あなたもしかして?」
「はい。
育江はPWO時代に一番スキルが上がっていたのが調教だった。だからカードには調教師と記されていた。もし、回復魔法が一番上がっていたとしたら、育江が言うように『白魔法使い』と記されていただろう。
カナリアが育江にしてあげたことは、彼女自身も覚えていたのだろう、ただ、あの程度のことでここまでしてもらえるのはどうかと思ってしまう。
「だからって、ねぇ」
「はい?」
「ぐあ?」
シルダも同じように返事をする。二人はまるで姉妹のように見えたことだろう。おかげで驚いていたカナリアも落ち着いてきていたはずだ。
「私は妹のお下がりを分けてあげただけ。これでは割に合わないでしょう?」
「そうですか? あたしは別に、そんなこと思ってませんけど」
「『塩漬け』だってそうよ。土猪や灰狼、山熊だってそう」
「はい?」
「ぐあ?」
「私のお給料はね、イクエちゃんが来る前の、三倍にまで届いてるのよ」
それだけ、育江はギルドに貢献できているということ。まだ受け取ってはいない報酬が山積みになっている部分まで、カナリアの成績になっている。そういうことなのだろう。
「あれまぁ」
「ぐあぁ」
「それにね? イクエちゃんが『白魔法使い』だって公言したなら、もっと」
「あーそれ、間に合ってます」
「え?」
「あたし今、カナリアさんの『お願い』と、シルダを育てるだけで手一杯なんですね。山熊だと、そろそろ育たなくなるかもなので、この子の育てる場所も、また探さなきゃいけないですし」
カナリアには、育江の言っていることが理解できていないだろう。
「それにですね、あたしは別に、有名になりたいわけじゃないです。今でもそれなりに、懐も余裕があります。それに毎日がシルダと一緒に、楽しければいいだけですから」
「ぐあ?」
シルダは育江を見て『何それ?』と首を傾げるようにしている。
「それって?」
「あたしが『治癒魔法』や、『時空魔法』を磨いているのは全部、シルダを育てるためなんです。あー、それもちょっと違うかも。でも同じかな?」
育江はカナリアに『違う世界から転移してきた』とは言えない。だから『レベルが下がってしまったシルダを元に戻している』とも言えないのだ。
「あとですね、色々考えたんです」
「どんなこと?」
「ダンジョンってほら、魔物が沢山出ますよね?」
「えぇ」
「倒してもまた、『生み出され』ますよね?」
「そうね」
「
「そ、そうね」
「楽しみなんです。シルダと一緒に、いろんなことをするのが」
「ぐあぁ」
カナリアの話では、第十階層毎に、階層主というボスがいるとのことだ。カナリアの膝も、そこで負傷したということで、育江は余計にダンジョンへ興味が出てきたのだろう。
育江にとって階層主は、『レベルいくつなんだろう?』程度のもの。もし倒すのが大変なほどのものであれば、長時間独占できたら育成も捗る。全てはシルダのレベルを戻すこと。それしか頭になかったのである。
「でもね、イクエちゃん」
「はい?」
「前にも話したと思うけど、ダンジョンはね、死んだら終わりなのよ」
「あ」
育江は『あれ? 生き返ることってないんですか?』と言うつもりだった。それでも言葉を選んで、こう続ける。
「あの、治癒魔法に確か、蘇生の呪文があったと思うんですけど?」
育江の言葉に一瞬驚いたカナリアだったが、ふと思い出して育江が十五歳の年相応な世間知らずに思えたのだろうか?
「イクエちゃん」
「はい?」
「この町にいる探索者にね、白魔法使いはいないの」
「え?」
「ジェミルが司祭だったと聞いたでしょう?」
「はい」
確かにジェミナとジェミルの双子の話は聞いた。カナリアと一緒にダンジョンへ潜った話など、とても興味深いものばかりだったのを覚えている。
「治癒魔法はね、王家とそれに近しい貴族。あとは、教会に伝わってるとしか、聞いたことがないわ」
「え?」
「私たちエルフにはね、伝わっていないのよ。だからね、癒やしの効果は、ジェミルの方法しかないってわけ。
「ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
「今さらっと、『エルフ』って言わなかった、ですか?」
育江は『信じられない』という表情をカナリアに見せる。
「えぇ、言ったわよ。私、エルフだもの。ジェミルも、ジェミナもそうよ」
「……耳」
「耳がどうかしたの?」
「耳、長くないじゃないですか? とがっていないじゃないですか? それに、こんなに腹筋バキバキで六つに割れていそうなお腹のエルフが、いるわけないじゃないですかっ!」
何気に育江は、カナリアの腹筋をさわさわしている。
「腹筋は関係ない――なんで知ってるのよ? ……いやそうじゃなくてあのね、イクエちゃんが言うような耳の長い種族もいるのよ。でも、私たちみたいに、そうじゃない人もいるの。細かく分類するなら、私たちは『フィルズエルフ』。耳が長い人たちはね、『ウーズエルフ』って言うの。
「まじですかー……」
「ぐあぁ……」
ややあって、育江はなんとか持ち直した。シルダは驚く育江の真似をしただけで驚いてはいなかったようだ。
シルダは、本当に驚いていた育江の背中をさするようにして、『
「あなたたち、よく話が通じるわね」
「そりゃ付き合い長いですから、なんとなくわかるんですよ」
「ぐあっ」
「イクエちゃんは、もしかして」
「はい?」
「事故か何かで記憶をなくしてるとか、じゃないわよね?」
カナリアは、もの凄く心配そうな表情をしている。それもそうだろう。この国にいる種族を知らないということがある程度以上にわかってしまったのだから。
「あ、そのですね、……父と母が事故で他界してしまいまして」
嘘は言ってない。実際、あちらの世界で育江の身に起きたことだから。
「そうだったのね。ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
「ぐあ……」
「だからシルダもそんな寂しそうな声出さないの」
「オッドアイのヴァンパイアは、あまり聞いたことがないし、その髪の色も珍しいものね。きっと、古い家系だったんでしょう」
「いえ、その。あたしの瞳と髪は、『ハーフヴァンパイア』だからじゃないですか?」
PWOでのハーフヴァンパイアは、ハーフエルフのように、あくまでも人間とヴァンパイアの混血であり、ネタ種族でしかなかったはずだ。
確かに、種族的な裏話にも似た、フレーバーテキストのようなものがあるかもしれない。ただ育江は、それがあったとしても読んだ記憶がまったくないのであった。
「そのあたりも、教えてもらえなかったわけ……。あのね、イクエちゃん」
「はい?」
(何のことだろう?)
そう育江は思っただろう。
「『ハーフ』というのはね、『子供の』とか、『半人前の』という意味で使われるのよ? 私たちもね、子供のときは『ハーフフィルズエルフ」と名乗ったのよ?」
「……はい?」
「あぁ、きっと。イクエちゃんのご両親も何か理由があって、旅をしていたのかもしれないわね……」
この世界の成り立ちに関してあまりにも無知なのは、育江が『違う世界から転移した結果』だとは言えない。こうなってしまえば、何を言ってもボロが出る可能性が高い。『話を合わせるしかない』、そう育江は思うしかなかった。
これでやっと、マトトマト村の村長とギルマが、育江の治癒魔法を見て驚いた理由がはっきりしたといわけだった。
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