第6話 困ったね

 PWOの調教師には、支援型と呼ばれるタイプと、共闘型と呼ばれるタイプがいた。

 支援型は本来、単一またな複数の獣魔を操り、獣魔の生命力をモニタリングする。傷を負えば手元へ戻し、適切に回復させて獲物に向かわせる、そんなタイプ。


 共闘型とは文字通り、獣魔ペットと一緒に戦うこと。例えば、ペットに獲物からの意識ヘイトを集めさせて、後から弓などで攻撃を加える方法。変わり種と言われる者もいて、ペットと一緒に最前線で、拳や剣などで攻撃をする者もいた。

 はたまた、自分が攻撃を加えてヘイトを集め、ひたすら耐えている間、ペットに攻撃をさせるタイプもいたとのこと。ただそれはPWOというゲームだったから可能とも言えたのだろう。


 育江は支援型に振り切ったスタイルだ。彼女ほど獣魔の状態をリアルタイムに把握しつつ、支援のできる調教師は少ないと言われていた。

 育江は時間だけはあったので、模索を繰り返した結果、ペットを支援するだけのためにスキルを取るなど、変わり者といえば変わり者だった。


 だが、この世界にいる現在の調教師は、そのどちらにもあたらないようだ。屈服させ、捕獲するまでは肉弾戦で挑むが、使役する際は共闘するわけでもなく、支援するわけでもない。酷い者になると、使い捨てをするという噂もあったと聞く。

 先日育江が訪れた、マトトマト村のギルマも調教師の噂くらいは耳にしていた。育江のスタイルを見て、驚いていたのも不思議ではないのだろう。


 『迷宮都市ジョンダン』へ戻った育江は、カナリアから灰狼の出没情報があったと依頼され、林の奥へ討伐に来ていた。『範囲鑑定』を使い、対象物をみつけるとそこからは簡単だ。


 灰狼は育江だろうが、シルダだろうが視認すると襲ってくる。近づいてきたら、シルダが灰狼に近づいた瞬間、頭部を殴ったり、しっぽではたいたりするだけであっさりと終わってしまう。


 灰狼は根絶することは難しいが、定期的に、ジョンダンへ近寄ってくるものだけ間引いておけばいいだろう。出没する個体も、シルダと同等かひとつ上のレベルだけ。極まれに経験値が微量にはいるだけなので、育成になりはしない。


 育江の仕事といえば、シルダに『ライトスタム』をたまにかけることと、討伐した灰狼の格納だけ。こうして格納を繰り返していたことで、まさか『空間魔法』を新しく得ることになるとは思っていなかった。

 現在のレベルはもう三になっている。何が変わるかというと、レベルが上がる毎に格納枠が増えていく程度だった。今のところ別段、目ざとい変化は見られないようだ。


 初級の探索者は例外として、中級以上の探索者の場合、どうしてもダンジョンに目が行きがち。この町は『迷宮都市ジョンダン』の名のとおり、ダンジョンありきで大きくなったのだから仕方がないのだろう。


 育江がシルダ育成の合間に行っていた『薬草採取』や『灰狼の討伐』は、受けてくれる人がいない依頼、いわゆる『塩漬け依頼』と呼ばれるものになっていた。


 幸い、育江が灰狼を間引いていたからか、林の浅い場所には目撃談がなくなり、安全な場所と判断したことによって、『薬草採取』を初級の人がやってくれるようになったと、カナリアから感謝された。


 この日も、灰狼の討伐を終えて帰ってきたときに、カナリアは育江の顔を見るなり手招きをした。育江は『何でしょ?』と素直にカナリアのいる受付へ。するとカナリアは、顔の前に両手を合わせて目をつむっている。


「イクエちゃん、すっごく申し訳ないんだけれど」


(あ、こっちでも頼みごとはこうするんだ?)


 周りを見ると、まだ夕方だからか、育江以外の探索者が短いが列を作っている。カナリアはきっと『買い取りは明日でいいかどうか』を聞いてくると思っただろう。

 そんなとき、シルダが育江の服の裾をツンツンし始める。


「ぐあっ、ぐあっ」


 シルダの『はら減った』サインのようだ。育江は受付前、それも人前でははシルダに何も食べさせないことを覚えていたからだろう。


「何です? シルダがちょっと『これ』なので手短にお願いします」

「あのね、イクエちゃん」

「はい」

「依頼をね、お願いしたいんだけど」

「それくらいならいいですよ。また明日でいいですか?」


 カナリアなら無理は言わないと思っている。だから、シルダの『はら減った』を優先しようと思った育江。


「そう言ってもらえるとすっごく助かるわ。お姉さんなんでもおごっちゃうから」

「わかりました。明日また同じ時間でいいですね?」

「えぇ、お願いね」

「ぐぎゃっ」

「わかりました、では明日――はいはい、わかったわかった。邪魔にならないように外に行こうね」

「ぐあっ」


 ▼


「待ってたわー」

「おはようござ――どうしたんですかっ?」

「だって、ねぇ。イクエちゃんが『塩漬け』を受けてくれるっていうから、お姉さんもう、嬉しくて嬉しくて……」


 泣きまねではなく、本当に『助かった』という表情になっているカナリア。育江は何を約束してしまったのか、一瞬わからなくなっていただろう。


「と、ところで、その『塩漬け』って何ですか?」

「あのね、元々ね、報酬も良かったんだけど、誰も受けてくれなくてね、仕方なくね、ギルドうちで報酬を追加したんだけど、それでも受けてくれない依頼があるのよ」

「は、はぁ」


 カナリアの話は、歯切れが悪いというかなんというか。何かを避けているような、言い出せないようなそんな感じがする。


「依頼者がね、この町の町長さんだったりするものだから、ギルドとしても断れなくて、それでいて、依頼が進まないもんだから、せかされていたのよぉ……」


 話の感じから察するに、どうやらカナリアは板挟みに合っているようだ。


「それで、どんな依頼なんですか? 昨日やるって約束したから、あたしは断らないつもりですけど……?」

「あのね、大きな声でいうのはほら、『あれ』だから、ちょっとだけこっちに」

「はい」

『あのね――』

『まじですか……』

「まじなのよ、ほんと困ってたの。ありがとう、イクエちゃんが来てくれてから、色々と世話になりっぱなしで悪いとは思ってるのよ」

「ぐあ?」


 カナリアから『汚れてもいい服に着替えて』と言われ、始めてこちらへ転移されたときの『探索者の服セット』に着替えてギルドに戻ってくる。帽子も外套ももちろん、お気に入りのものは置いてきた。

 カナリアの案内で、ギルドのある塔の裏手――


「ぐぁあああ……」


 カナリアが奥に続く扉を開けて中に入った瞬間、シルダは鼻先を押さえて、建物の外へ出ていってしまった。


「こ、これは辛いれすよ……」

「れしょう? れもね」


 カナリアは育江の手を引いて、施設の外を指差した。育江も無言で頷いて、足早に逃げ出していく。

 普段、何事にも動じないように見えるシルダですら逃げていったその場所。そこは、ギルドも使っている、この塔にあるゴミ捨て場だった。


「――ふぅ。あのね、イクエちゃん」

「はい……」


 ちょっとだけテンションが下がってしまった育江。シルダは少し離れた場所で、うつ伏せになって『もう行きたくない』のように、恨めしそうな視線を向けてくる。


「掃除はしっかりしてるのよ。でもね、長い間かけて染み込んでしまった匂いだけはどうにもならなくて」

「はい……」

「夏場になってきて、苦情がでるほどに育ってしまったのよぉ……」


 カナリアの言わんとするところは、育江にもなんとなくわかる。蛇や獣の解体もここでやると考えたら、『あれ』が一時的にでもあったのは明白だ。そう、内臓などの『生ゴミ』である。


 育江のいたあちらでは、生ゴミなどを分解する技術は普通にあった。匂いも発生することはなかったはず。だが、こちらは魔法がある割に、ある意味アンバランスで、あちらよりも発展していない部分があってもおかしくはないのである。


『大きな声で言えないけれど、イクエちゃんは治癒魔法があるでしょう?』

『知ってたんですね』

『それはそうよ。「マトトマト村」の村長代理のギルマさんから、お礼の手紙も届いてるんだからね』

『あ、流れで治癒なおしちゃったんです』

『それにね、治癒魔法を持ってる人って、すごく珍しいのよ』

『そうだったんですか?』

『えぇ。多分この町にはイクエちゃんだけかもしれないわね』

『そんなに……』


 空間魔法といい、治癒魔法といい、普通の調教師では持っていないはずのものを育江は複数持っている。この町で知っているのは、情報漏洩に気をつけてくれているカナリアだから良かったようなもの。一つ間違えれば、強要されるなんてこともあり得るのだから。

 もしそんなことがあったとしても、シルダが蹴飛ばす。もちろんカナリアも黙ってはいないはずだ。


「もちろん、ギルド内では口止めをしてるわ。もし漏れたことがわかったら」

「わかったら?」

「私が土下座でもなんでもするわよ……」

「まじですか……」

「それくらいしかできないもの」

『それで、あたしは何をすればいいんです? 掃除して怪我をするわけじゃないでしょうけど』


 育江はとりあえず、話を進めないとここから移動できない、そう思ったのだろう。

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