第7話 治癒をしない治癒魔法の使い方
『あぁ、話半分でごめんなさいね。私も、何かで聞いたか読んだかわすれたんだけど。治癒魔法には確か、『浄化』や『解毒』があったでしょう?』
『あぁ、なるほど』
『蓄積された臭いって、粘液状の魔物みたいなものよりも、もっと細かいものが染み込んでそうなってるっていうじゃない?』
(カビとかや菌のことを言ってるんだろうね?)
育江は内心そう思った。ただ、治癒魔法のレベルは上がって、レベル四になっている。もちろん、『浄化』の魔法も使えるのは使えるはずだ。だが、あちらにいるときですら、一度も使ったことがない。そんなことで匂いが消えるのかは甚だ疑問であっただろう。
育江は頭の中で『ぽちっとな』と唱える。システムメニューから治癒魔法の欄を探す。すると『浄化』の説明書きにはこうあった。
(え? 『浄化を行う』だけって……、まじですかー)
一瞬途方に暮れそうになった育江の、外套卯の裾をツンツンする感触。下を見ると、今にも泣きそうな目で自分を見上げるシルダの姿。
「ぐあぁ、ぐあぁ」
「どうしたの? シルダ」
シルダはその場に、まるで熊のぬいぐるみが座るようにしてその短い足を前に出してる。彼女の短い指で足の裏を差して『ぐあぁ』と鳴いているではないか?
「あぁ、足の裏に臭いが移っちゃったの」
「あぁ、シルダちゃん、ごめんなさいね……」
本当に申し訳なさそうにするカナリア。
「使ったことないですけどやってみるしかないですね。とりあえず、シルダの足の裏から」
育江はその場にしゃがんで、指先でシルダの足の裏に触れる。
(えっと、『鑑定』)
すると、結果が出る。
『え? 『汚染』ってどういうこと?』
『あぁ、汚れたって意味かもしれないわ。ごめんなさいね』
両手の親指でシルダの足の裏に触れる。
「『ピュリフィ』」
(……『鑑定』)
ぼそっと呟くように、浄化の呪文『ピュリフィ』を唱える。同時に、鑑定もかけておく。
(正常、でもあたしの手は?)
恐る恐る自分の手の臭いを嗅ぐ。
『よかった、臭いが消えてるみたい』
シルダにもわかったみたいで『ぐあ』と、安心したような声を出した。
『なんとか、いけそうですね』
『よかったわぁ、大変でしょうけど、イクエちゃんにしか頼めないから、ごめんなさい』
乗りかかった船と思って諦める育江。インベントリにしまってあったジョッキに、濃いめのとまじゅーを作ると、準備完了。タオルを口元にあてて、首の後ろへ回して結ぶ。
「これ、シルダがカナリアさんの服の裾を引っ張って鳴いたらあげてください」
インベントリから紙袋に入った『焼いただけの蛇肉』を取り出して、カナリアに渡しておく。
「シルダ、お腹空いたら、カナリアさんの服引っ張って教えるんだよ?」
「ぐあっ」
「では行ってきます」
「健闘を祈ってるわ」
「人ごとだと思ってぇ……」
「晩ご飯はおごらせてもらうからね」
離れたシルダに『ライトヒール』を届けるようにして、まずは床に向かって『ピュリフィ』をかける。実際、確かめようがないこともあって、ひたすら『ピュリフィ』を連打する。魔力が枯渇しかけて、一度外へ。
「大丈夫?」
「ちょっと使い過ぎちゃって、魔力が戻るまで一休みです……」
「ごめんなさいね」
「いいですって、あたししかできないんでしょうから」
「ぐあ」
いつもならどこにでもついてくるシルダも、申し訳なさそうに、両手で目を塞いで、隙間からそっと見てる。お尻をぺたんと地面に着けて、立ち上がろうとしないところが『役に立てないから留守番してる』という意思表示なのだろう。
「わかってるよシルダ。待っててね、なるべく早く終わらせるから」
もう一度口元にタオルを当てて、マスク代わりにして突入。床を見て『鑑定』しつつ、そこに出ているはずの『汚染』という表示を頼りに『ピュリフィ』をかけていく。『汚染』から『正常』に変わったところはから先をとにかく浄化。
(浄化というより、除菌だよね。これじゃ……)
内心『間違ってる』と思っても、愚痴を言っても仕方がない。そんな暇があったら、少しでも多く『浄化』してしまう方が楽になる。
ときどき外に出て、魔力の回復を待って、カナリアとシルダに見送られてまた再開。二時間ほどかけて、やっと床の浄化を終える。
床が終わったら次は壁。ここは思いのほか広くて、ギルド受付前のホールくらいの規模がある。
壁に一時間かけて『正常』に戻して、最後に天井。ざっと見た感じ、『汚染』とある部分は少ないようだ。それでも一時間とちょっとかかって、やっとゴミ捨て場全体が『正常』と表示される。最後に『範囲鑑定』をかけたら、一カ所だけ『汚染』になっている。
それは育江自身で、忘れないように『ピュリフィ』をかけておいた。最近覚えたばかりのレベル四、中級体力回復呪文の『ミドルスタム』を自分自身にかける。けれど、精神的な疲れからか、あまりすっきりしない。
口元からタオルを外す。自分の治癒魔法を信じて、匂いを確かめる。
「よかったぁ。気持ちの良いものじゃないけどもう、臭くないわ……」
床に二時間、壁に一時間、天井に一時間と少し。実に五時間以上かけて、ゴミ捨て場の浄化を終えることになった。
浄化の呪文『ピュリフィ』が治癒魔法のレベル三だったこともあり、濃厚とまじゅーを定期的に飲み続けても、回復が追いつかないほどに魔力を消費ものだとわかった。
ドアが開いて、げっそりと頰がこけたような育江が出てくる。
「やっと、終わりましたよ……」
シルダが駆け寄ってきて、育江の足に抱きつく。同時に、『すんすん』と嗅ぐ。
「ぐぁ」
さらにぎゅっと抱きつくシルダ。
「イクエちゃん、本当にありがとう」
「お礼はいいですから、確認お願いします」
「うん、わかったわ」
カナリアは、その場から走ってゴミ捨て場へ入っていく。
「うっそぉ!」
思わず大声を上げてしまったカナリア。
「嘘じゃありませんよー。努力の結果ですってー」
力なくツッコミを入れる育江だった。
一度宿屋『トマリ』へ戻り、風呂桶にお湯を張って汗を流す。浄化の魔法『ピュリフィ』が完璧だからといって、汗や汚れまで落としてくれるわけではない。
着替えて階段を降りてくると、一階でカナリアが待っててくれた。そのまま彼女の行きつけ、エルシラ姉妹の経営するお店へ。
「おかみさん、前と同じの出してあげて、私はジョッキにいつもの」
「誰がおかみさんよっ――って、今度はイクエちゃんに何させたのよ?」
ジョッキを持ってきたジェミナは、とりあえず『おあずけ』をして問いただす。図星を突かれたカナリアは、ボソボソと白状する。
「ほら、塔の裏側にある『ゴミ捨て場』があるじゃない?」
「うん、知ってるよ」
「私が愚痴こぼしてた、『塔管理局からの塩漬け依頼』があったじゃない?」
「うん、知ってる知ってる、あのくっさいところでしょ?」
「そうそう。もう、臭くはないんだけど」
「え? もしかして?」
「そう、全部、イクエちゃんが綺麗にしてくれたのよね」
「……はぁ、いつもこの
「――あ、それ私の……」
ジェミナがジョッキの中身を飲み干して、空になったものをカナリアの前に置く。
「いえ、あたしもお世話になってますから」
「甘やかしちゃダメよ? 遠慮しなくなっちゃうから」
▼
翌朝、育江がギルドに行くと、ニコニコ顔のカナリアが出迎える。昨日と同じように手招きをしているではないか?
「イ・ク・エちゃーん」
それから数日の間、カナリアの顔を見るとシルダはイクエの背中に隠れるようになってしまった。
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