エピローグ

59

 こうして、私たちの最初の事件は幕を閉じた。

 遊間は、次のオカルト事件の調査に乗り出し、私の日常も元に戻りつつあった。

 のだが……。

「げ、助手。なぜ、ここに居る」

「私がここに居たらいけないんですか? あ、マスター。今日から、よろしくお願いします」

 私の声を聞きつけ、厨房から顔を出したマスターに、私は挨拶をした。

「あら、魔門ちゃん。待ってたわよぉ! ささ。早速、この制服に着替えて頂戴」

「おい、どういうことだ。僕は何も聞いてないぞ」

「私がここで働くことに、遊間さんの許可が必要なんですか? ねー、マスター」

「ねー」

 ぐちぐち文句を言う遊間を横目に、私は厨房裏の更衣室へと入っていった。

 私服を脱ぎ捨て、マスターに用意してもらった新しい制服に袖を通す。

 腰回りのキュッと閉まった、それでいて、所々にあしらわれたふわふわのフリルが可愛らしい、伝統的なスタイルの給仕服だ。

「きゃあ! 魔門ちゃん。その制服、すっごく似合ってるわよぉ!」

 更衣室から出るとすぐに、マスターが私のもとへ駆け寄ってきて、制服を着た私の姿を褒めちぎった。

「あ、ありがとうございます……」

 私は頬を赤らめながら、お礼を述べた。

「まったく、昼間から騒々しい奴らだ」

 私たちがはしゃぐ様子を外から眺めていた遊間は、気難しそうに顔をしかめた。

「ねぇ、遊間さん、どうです? 私、可愛いですか?」

 そんな遊間の気を引いてやろうと、私はスカートの裾を掴んで一回転して見せた。

「なぜ、そんなことを僕に聞く」

 遊間はそう叫ぶと、私から顔を背けた。

 心なしか、頬のあたりが紅潮している気がする。

「それにしても、随分と思い切ってイメチェンしたものね。とくに、その髪型」

 マスターが私の姿を眺めながら、しみじみと呟いた。

「ええ。私、これを機会に生まれ変わろうと思いまして」

 ばっさりと切ってショートになった、明るいベージュ色の髪をかき分けながら、私は、はっきりとした口調で答えた。

「生まれ変わろう、ねぇ。それで、ここでバイトを?」

 遊間は皮肉っぽく呟いた。

「いえ、それもあるのですが……」

 私は気恥ずかしさから、一瞬、それを口にするのをためらってしまった。

「何だ。急に、もじもじしだして」

「私、思い出したんです」

 私がそういうと、遊間は慌てた様子で杖を取り出し、

「思い出しただと! まだ、シャンの残党が残っていたか!」

 と言って、周囲を警戒しだした。

「違いますよ」

 私は笑いながら答えた。

「思い出したのは、私の子供の頃からの夢で、私が本当にやりたかったことです」

「本当にやりたかったことだと?」

 遊間は怪訝そうな顔をした。

「ええ。私、昔から小説家になりたかったんです」

「ふん、小説家ねぇ」

 遊間は、興味なさげに鼻で笑った。

「で、それがここでのバイトと何の関係が?」

「ええと……まずは、この前のシャンの事件を本にしてみようと思って」

「何だって?」

 私がそういうと、遊間は彼らしくもなく、素っ頓狂な声を上げた。

「あら、それはいいアイデアね!」

「良くない! 僕には肖像権があるんだ。そんな勝手、承知しないぞ!」

 遊間は、子供っぽく地団太を踏んだ。

「それで、ここで働かせていただきながら、ついでに遊間さんからネタを頂戴しようかと」

「それもいいアイデアね!」

「良くない! 断じて良くない! 僕は絶対に許さないぞ!」

 遊間はなおも興奮して、声を荒げている。

「ということで、よろしくお願いしますね。悪魔探偵さん」

 私がそう言って右手を差し出すと、遊間は地団太踏むのをやめ、少し考えた様子で、やがて右手をそっと差し出した。

「……仕方がない。不本意であるが、名探偵には助手の存在が付き物だからな」

「ふふふ」

 これが、悪魔探偵、遊間大とただの助手、魔門愛の出会いの物語である。

 そして……。

「いらっしゃいませ」

「悪魔探偵の事務所というのは、ここかね」

「はい! オカルト事件専門、遊間探偵事務所へようこそ!」

 また、次の事件が始まるのである。


 ――悪魔の記憶、了。

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悪魔探偵 悪魔の記憶 安里有栖 @AzatoAlice

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