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 ――一九八九年。イギリス、ゴーツウッド。

 ――八木山医師の記憶。


 私がシアと出会ったのは、大学の研修プログラムでイギリスのブリチェスター大学に短期留学していたときのことだ。

 ブリチェスターはグロスターシャー州、セヴァーン河流域に位置する、周囲を森林で囲まれた、豊かな自然が魅力の地方都市である。

 近くには、かの有名なブリチェスター湖も存在しており、地元の人々からは隠れた観光名所としても知られている。

 当時、感染症の専門医を志していた私は、その道の権威であるリンウッド教授の下で指導を受けていた。

 シアは、そのリンウッド教授の研究室に所属する、女学生の一人であった。

 リンウッド教授の紹介でシアとはじめて出会ったとき、私は彼女に一目惚れした。

 絹糸のようにさらさらと流れる綺麗な金髪に、エメラルド色に輝く瞳。

 陶器のように白く透き通った肌に、くっきりとした目鼻立ちは、森に暮らす妖精エルフの姿を思わせた。

 その美しさにすっかり魅了されてしまった私は、研修の空き時間などを利用して、彼女に猛アタックを繰り返した。

 そうしているうちに、彼女もしだいに私へ好意を寄せてくれるようになり、私たちは晴れて正式に付き合うこととなった。

 彼女は優しい女性だった。

 彼女の行動原理は、常に他人を助けることにあり、困っている人や助けを求めている人を見ると、つい手を差し伸べずにはいられないようだった。

 彼女が医師を目指したのも、同様に利他的な理由であった。

 彼女の出身地であるゴーツウッド村には、古くからある奇病が存在していた。

 その病気はゴーツウッド村に特有のものであり、彼女がブリチェスター大学で研究を始めるまで、その病気についての研究はまったくと言っていいほどされていなかった。

 彼女の目的は、その奇病について研究をおこない、予防手段や治療手段を確立して、その病から村の人々を救い出すことであった。

 彼女の使命に共感した私は、彼女の研究を手伝うようになった。

 その病気は、ゴーツウッド村では黒山羊病と呼ばれていた。

 黒山羊病を発症すると、まず皮膚の一部が黒く変色し、続いて変色した箇所が樹木のように硬くなり、動かせなくなってしまう。

 そして、その症状は徐々に全身へと広がっていき、やがて心臓すらも硬質化してしまった患者は、全身に血液を送れなくなって死に至るという恐ろしい病気だ。

 シアのそれまでの地道な調査のおかげで、黒山羊病の原因はあるウイルスであることまでは突き止められていた。

 だが、そのウイルスの感染源が分からない。

 研究に没頭しているうちに、研修期間が終了し、私は日本へと帰国することになった。

 しかし、研修が終わってからも私たちの交際は継続し、私は暇さえあれば、彼女と会うために日本を飛び出してゴーツウッド村へと出かけるようになっていた。

 彼女があのことを打ち明けてくれたのは、私たちの交際が始まってから三年目のことであった。

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