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 八木山医師の言葉に、私は思わず足を止める。

「なぜ、何をやってもうまくいかない。なぜ、こんなにも苦しまなければならない」

 八木山医師は一方的に話し続ける。

「心当たりがあるだろう? なぜ、父は兄のことばかり構って、私のことを見てくれないのか。なぜ、兄はあれほど優秀なのに、私は落ちこぼれなのか」

 私は思わず、八木山医師から目を背けた。

「なぜ、母はあの日、何も言わずに私を置いて、私の前から居なくなってしまったのか」

「なぜ、あなたがそのことを……」

 そうだ。昔から、私の人生はうまくいかないことばかりだ。

 私が何かを為そうとしても、何も為しえない。

 私が何かを得ようとしても、何も得られない。

 受験も、研究も、仕事も……。

 父の関心も、兄との絆も……。

 それどころか、失うばかりで……。

 なぜ?

 どうして?

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ……。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ――ドォン。……パラパラパラパラ……。

 突如、遠方から爆発音が鳴り響き、地下全体が大きく揺れ動く。

 その衝撃で、私は我に返る。

「シャンだ」

 八木山医師は冷たく言い放った。

「シャンの記憶を共有する能力で、きみの記憶を覗き見させてもらった」

「……今、なんて?」

「もう一度言おうか? きみに寄生していたシャンを通して、きみの記憶を覗き見させてもらった。つまり、私はきみの心的外傷トラウマをすべて把握している」

 ――シャンを通して私の記憶をすべて覗き見していた、だって?

 人の心に土足で踏み込むような、八木山医師の下劣な行為に、みるみる頭へと血が上っていく。

「最っ低……!」

 私は、自分でも驚くほど大きな怒声を上げた。

「まぁ、落ち着きたまえ。私は別にきみを怒らせたくて記憶を覗き見したわけではないんだ。むしろ、きみを救いたいと思っている」

 八木山医師が作り物のような笑顔を浮かべて、少しずつこちらへ近づいてくる。

「私を救いたい?」

「そうだ。私はね、救いたいんだよ。心の底から、この世のすべての人類を」

 彼はそういうと、右手の人差し指を前方に突き出した。

 一匹の、まだ小さいシャンが、甘い蜜へと吸い寄せられるように、ふわりとその指先へ止まる。

「きみは、なぜ自分が苦しまなければならないのか、その理由を知っているか?」

 指先に止まったシャンを手のひらで優しく撫でながら、医師は口を開いた。

「私が……苦しまなければならない理由?」

「ああ。なぜ、きみの人生は不幸にまみれているのか、と言い換えることもできる」

 なぜ、私は不幸なのか。なぜ、私は苦しまなければならないのか。

 そんなこと、私が聞きたいくらいだ。

「……分かりません」

 そう。私には、この不幸な現実をどうすることもできない。

 私には、何かを変える力はない。

 そう思いながら、すべてを諦め続けながら、私は今この時まで生きてきたのだ。

「分からないか……」

 八木山医師は、慈悲深い眼差しで私を見つめた。

「では、別の質問をしよう」

 彼は、私の周囲をぐるぐると歩き回りながら言った。

「きみは、この宇宙の成り立ちを知っているか?」

「この宇宙の成り立ち?」

「そうだ。誰が何のためにこの世界を創ったのか。なぜ、この世界に人々は存在し、そして生きているのか」

 そんなこと、創造主でもない限り、私には知りようがない。

 そもそも、この世界に創造主が存在するのか、この世界が存在することに意味や理由などあるのか。

 それらの根本的な問いですら、私はおろか、現代の人類にとっても手に余る問題だ。

 私が答えに窮していると、八木山医師は急に立ち止まり、空を仰いで言った。

「私はね、見たんだよ」

「見たって……何をですか?」

 私は、恐る恐る訊ねた。

「我々を玩具おもちゃにして、愉悦する神々の姿をさ」

 神の姿を見た?

 この男は何を言っているのだろうか。

 気でも狂ってしまったのだろうか。

 シャンの女王を操って、何事かを企てているような男だ。

 とうに、正気ではないのかもしれない。

「気でも狂ってしまったか? そう、思っているのだろう?」

 八木山医師は、私の考えなどすべてお見通しだとでも言いたげに、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべた。

「ならば特別に、きみにも見せてあげよう。この私の記憶の一端を」

 八木山医師はそういうと、指先に止まっていたシャンを自らの額に近づけた。

 すると突然、医師の額から黄色く光る球体がいくつも出現し、それらはシャンの口元に吸い寄せられていった。

 そして、すべての球体を吸いきったシャンは、その複眼で私を一睨みしたかと思うと、目にもとまらぬ速さで私の頭部に飛び込んできた。

 瞬間、視界がぐにゃりと歪み、私の目の前には写真や映像でしか見たことのないような、西洋の長閑な村落の景色が広がっていた。

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