48
八木山医師の言葉に、私は思わず足を止める。
「なぜ、何をやってもうまくいかない。なぜ、こんなにも苦しまなければならない」
八木山医師は一方的に話し続ける。
「心当たりがあるだろう? なぜ、父は兄のことばかり構って、私のことを見てくれないのか。なぜ、兄はあれほど優秀なのに、私は落ちこぼれなのか」
私は思わず、八木山医師から目を背けた。
「なぜ、母はあの日、何も言わずに私を置いて、私の前から居なくなってしまったのか」
「なぜ、あなたがそのことを……」
そうだ。昔から、私の人生はうまくいかないことばかりだ。
私が何かを為そうとしても、何も為しえない。
私が何かを得ようとしても、何も得られない。
受験も、研究も、仕事も……。
父の関心も、兄との絆も……。
それどころか、失うばかりで……。
なぜ?
どうして?
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ……。
……。
…………。
………………。
――ドォン。……パラパラパラパラ……。
突如、遠方から爆発音が鳴り響き、地下全体が大きく揺れ動く。
その衝撃で、私は我に返る。
「シャンだ」
八木山医師は冷たく言い放った。
「シャンの記憶を共有する能力で、きみの記憶を覗き見させてもらった」
「……今、なんて?」
「もう一度言おうか? きみに寄生していたシャンを通して、きみの記憶を覗き見させてもらった。つまり、私はきみの
――シャンを通して私の記憶をすべて覗き見していた、だって?
人の心に土足で踏み込むような、八木山医師の下劣な行為に、みるみる頭へと血が上っていく。
「最っ低……!」
私は、自分でも驚くほど大きな怒声を上げた。
「まぁ、落ち着きたまえ。私は別にきみを怒らせたくて記憶を覗き見したわけではないんだ。むしろ、きみを救いたいと思っている」
八木山医師が作り物のような笑顔を浮かべて、少しずつこちらへ近づいてくる。
「私を救いたい?」
「そうだ。私はね、救いたいんだよ。心の底から、この世のすべての人類を」
彼はそういうと、右手の人差し指を前方に突き出した。
一匹の、まだ小さいシャンが、甘い蜜へと吸い寄せられるように、ふわりとその指先へ止まる。
「きみは、なぜ自分が苦しまなければならないのか、その理由を知っているか?」
指先に止まったシャンを手のひらで優しく撫でながら、医師は口を開いた。
「私が……苦しまなければならない理由?」
「ああ。なぜ、きみの人生は不幸にまみれているのか、と言い換えることもできる」
なぜ、私は不幸なのか。なぜ、私は苦しまなければならないのか。
そんなこと、私が聞きたいくらいだ。
「……分かりません」
そう。私には、この不幸な現実をどうすることもできない。
私には、何かを変える力はない。
そう思いながら、すべてを諦め続けながら、私は今この時まで生きてきたのだ。
「分からないか……」
八木山医師は、慈悲深い眼差しで私を見つめた。
「では、別の質問をしよう」
彼は、私の周囲をぐるぐると歩き回りながら言った。
「きみは、この宇宙の成り立ちを知っているか?」
「この宇宙の成り立ち?」
「そうだ。誰が何のためにこの世界を創ったのか。なぜ、この世界に人々は存在し、そして生きているのか」
そんなこと、創造主でもない限り、私には知りようがない。
そもそも、この世界に創造主が存在するのか、この世界が存在することに意味や理由などあるのか。
それらの根本的な問いですら、私はおろか、現代の人類にとっても手に余る問題だ。
私が答えに窮していると、八木山医師は急に立ち止まり、空を仰いで言った。
「私はね、見たんだよ」
「見たって……何をですか?」
私は、恐る恐る訊ねた。
「我々を
神の姿を見た?
この男は何を言っているのだろうか。
気でも狂ってしまったのだろうか。
シャンの女王を操って、何事かを企てているような男だ。
とうに、正気ではないのかもしれない。
「気でも狂ってしまったか? そう、思っているのだろう?」
八木山医師は、私の考えなどすべてお見通しだとでも言いたげに、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ならば特別に、きみにも見せてあげよう。この私の記憶の一端を」
八木山医師はそういうと、指先に止まっていたシャンを自らの額に近づけた。
すると突然、医師の額から黄色く光る球体がいくつも出現し、それらはシャンの口元に吸い寄せられていった。
そして、すべての球体を吸いきったシャンは、その複眼で私を一睨みしたかと思うと、目にもとまらぬ速さで私の頭部に飛び込んできた。
瞬間、視界がぐにゃりと歪み、私の目の前には写真や映像でしか見たことのないような、西洋の長閑な村落の景色が広がっていた。
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