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梯を降り切ると、その先には細長い通路が続いていた。
壁、床、天井、すべてがコンクリートで覆われた冷たい地下通路だ。
死霊の気配を感じさせるような湿り気を帯びたその冷たさは、西洋の地下墓地を想像させる。
通路は薄暗く、床に点々と配置されている小さなランプの灯りのおかげで、何とか視界が確保できる程度だ。
周囲に目を配りながら、私は一歩ずつ慎重に通路を進んでいった。
カツン、カツン……と、一歩進むたびに足音が通路全体に響き渡る。
反響音にふらつきながらも、私は前へ前へと歩き続けた。
しばらく歩き続けたところで、私はある異変に気付く。
何か臭うのだ。
私は初めのうち、その異臭に気付くことができなかった。
今まで生きてきたなかで一度も嗅いだことのないような、奇妙な臭いだったからだ。
動物の死体が放つ腐臭のように強烈で、それでいて、どこか甘美さをも感じさせる、ちぐはぐな臭い。
まるで生命を冒涜するかのようなその臭いに、脳の芯から痺れていく。
通路を進むにしたがって、臭いはしだいに強くなっていく。
その臭いに導かれて、ひたすら前方へと歩き続ける。
そうしているうちに、やがて視界が開けて、眼前に臭いの発生源が姿を現した。
シャンとよく似た姿の、しかし異様に膨れ上がった頭部と腹部。
目にした瞬間湧き上がる、名状しがたい嫌悪感。
間違いない。シャンの女王だ。
その姿は、確かに遊間の描いたシャンの女王のイラストに酷似している。
しかし、その実物の悍ましさは、イラストのそれを遥かに上回っていた。
まず目につくのは、巨大な頭部。
シャンの頭をそのまま肥大化させたような頭部は、自らの成長に追いつけていないのか、皮膚が薄く引き伸ばされたようになっており、脳が半分透けて見えている。
そのせいで、シャンの女王が目を動かすたびに、目と脳を繋ぐ視神経がぐりぐりと動くさまが見えて、その不気味さに拍車をかける。
そして、腹部に目を向けると、そこにはおびただしい数の小さな穴が開いており、穴からはシャンの幼虫と思われる気色の悪い芋虫たちが顔を出している。
芋虫たちは黄色い粘液を辺りに吐き散らしながら、もぞもぞと動いており、その鼓動するように蠢く姿は、さながら蝸牛に寄生するロイコクロリディウムを思わせた。
その悍ましい姿にたじろいでいると、シャンの女王の背後から何者かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「おや。女王を狙ってくるとは思っていたが、まさか、きみが来るとは。完全に予想外だったよ」
「八木山先生……」
その足音の主は、八木山医師であった。
「その顔は、どうして私がこんなところでシャンの女王を使役しているのか、疑問に思っている顔だね」
「……はい。まさか先生が、シャンの女王を通じてシャンを操っていただなんて、思ってもいませんでした」
八木山医師から距離を取るように、私は一歩後ずさる。
「なぜこんなことをしているのか、できれば理由をお伺いしたいところですが、今はあなたと悠長にお話している余裕などありません。先に、そこにいるシャンの女王を倒してから、洗いざらい話していただきます」
「はは、つれないねぇ」
八木山医師は両手を広げ、肩をすくめながら笑った。
「先生、できれば手荒な真似はしたくありません。どうか、そこをどいてくれませんか?」
私は、一縷の望みをかけて、医師への説得を試みた。
しかし、その望みはすぐに断たれてしまう。
「それはできない、と言ったら?」
八木山医師の顔から、突然、笑顔が消える。
普段の柔和な顔つきからは、想像もつかない冷酷な表情だ。
「であれば、力づくでもそこを通って、後ろにいる怪物を駆逐するだけです」
私は声を震わせながら答えた。
「ほう、きみにそのようなことができるとでもいうのかね。やってみたまえ」
八木山医師は、余裕の笑みを浮かべる。
私は無言でシャン専用の殺虫剤を鞄から取り出すと、それを八木山医師に向かって見せつけた。
「……なぜ、きみがそのようなものを」
その試験管を目にした途端、八木山医師の顔があからさまに青くなった。
「さぁ。観念して、そこをどいてください」
「まぁ、待ちたまえ。少し話をしようじゃないか」
先ほどまでの態度とは打って変わって、狼狽えた様子で八木山医師が近づいてくる。
「話? そんな時間はないと……」
私がそう言いかけると、八木山医師がそれを遮って、こう言った。
「きみは、自分の人生が呪われていると感じたことはないか?」
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