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「作戦会議?」
「とは言っても、僕からきみへ一方的に作戦を伝えるだけの、ただの連絡会議に過ぎないがね……」
遊間は皮肉っぽく笑った。
「ということは、遊間さんならあのシャンの大群をどうにかできるということですか?」
私は期待に満ちた眼差しを遊間に向けた。
そんな私の表情を見て、遊間は少し気まずそうに答える。
「先に断っておくが、あれだけの数のシャンを相手に真正面からやり合うのは、さすがの僕でも分が悪い」
「そんな……」
私はがっくりと肩を落とした。
「しかし、二人で力を合わせれば、この危機的状況を脱することも不可能ではない」
遊間はそういうと、万年筆を手に取り、手帳に何かを描き始めた。
「そもそも、現実に存在するシャンは怪異であれ、その生態は他の昆虫のそれと大きく変わらない。その行動原理は基本的に、単純な反射の繰り返しに過ぎないと言われている」
筆を素早く動かしながら、遊間は説明を続ける。
「にもかかわらず、あの場にいたシャンは全員、明確な意思を持つかのように我々だけを襲ってきた。それがなぜかはわかるか?」
「いえ……」
私が首を横に振ると、遊間は動かしていた筆を止め、描いていたものが私の位置から良く見えるよう手帳を逆さまにして言った。
「それは奴らが、シャンの女王の統制下にあったからだ」
手帳にはシャンとよく似た、しかし頭部と下腹部だけ異様に発達した不気味な怪物の姿が描かれていた。
「シャンの、女王……」
その言葉の不穏な響きに、私はごくりと唾を飲んだ。
「ああ、そうだ。蟻の群れには女王アリが、蜂の群れには女王バチが存在するように、シャンの群れにも奴らを統率する強力な力を持った特別なシャンが存在する。それがシャンの女王だ」
遊間は手帳に描かれた怪物のイラストを指さしながら続けた。
「シャンの女王の特徴は、なんといってもその著しく肥大化した脳だ。その大きさはシャンの女王の知能の高さを示しており、中には人間と意思疎通のできる個体も存在するという」
遊間が怪物の巨大な頭部を指で丸くなぞる。
「そして、西洋のとある地域には、シャンの女王と意思疎通して、奴らを飼いならす
つまりだ……、と遊間は続ける。
「あの八木山という男も恐らく、その家系に連なる者か、あるいは彼らのうちの誰かからシャンを操る秘術を授かった者の一人なのだろう。いずれにせよ、あの男が何らかの手段でシャンの女王を飼いならし、我々を襲うよう仕向けているのは間違いない」
人間の脳に寄生して、ときにその人格を歪ませてしまうような恐ろしい生物たちが、八木山医師の指示の下、明確な敵意を持って私たちに襲い掛かってくる。
そのような、とてつもなく危険な状況に追い込まれていることを、私は改めて認識する。
「八木山医師がシャンの女王を通じて、あの群れを操っていることは理解できました。それで……どうすれば、この窮地を脱することができるんですか?」
握りしめる拳から、じわりと手汗が滲み出る。
そんな私とは対照的に、遊間はすまし顔で答えた。
「なんてことない。そのシャンの女王をぶっ潰せばいい」
「シャンの女王をぶっ潰す?」
想いもよらぬシンプルな答えに、私は思わず間の抜けた声を上げた。
「順を追って説明しよう」
そういうと、遊間は小さく咳払いをした。
「シャンの女王はその名の通り、新たなシャンを生み出す母体となる個体で、大量の産卵にも耐えられるように、普通のシャンよりも一回り大きな胴体を有している」
遊間がシャンの女王の下腹部を指さして言った。
「しかし同時に、その大きな図体のせいで、シャンの女王はシャンほど素早く飛び回ることができなくなってしまっている」
確かに、これほど大きな胴体を持つ生物が、空中を素早く飛び回る姿は想像ができない。
「そこで、シャンの女王は自身が産み落としたシャンたちに超音波を使って指示を送ることにより、自身は住処から一歩も動くことなく、餌を回収しているという」
遊間は、新しくシャンの群れのイラストを手帳に描き加え、それとシャンの女王のイラストを直線で繋いだ。
「であれば、その住処からは一歩も動かないという性質をついて、シャンの女王から先に叩きのめしてしまえばいい」
遊間の拳が、手帳の上のシャンの女王めがけて振り下ろされる。
「シャンの女王さえ倒してしまえば、シャンのを操る超音波は途絶えて、奴らはたちまち統率を失うだろう」
遊間はそういうと、先ほど描いたシャンの女王と群れを結ぶ直線を、斜線でぶつ切りにした。
なるほど。束になったシャンが脅威なのであれば、それらを従える大元を取り除いてしまえばいいという訳だ。しかし……。
「統率を失ったシャンの群れはどうなるんですか?」
私は、率直な疑問を口にした。
ああ、そうだな、と遊間は答える。
「本来であれば、女王を失ったシャンの群れは、新たな女王を求めて、あちこちへ旅立つことになる」
「本来であれば?」
私がそう問いかけると、遊間は意味ありげに笑みを浮かべた。
「奴らは今、この位相がずれた世界のなかに閉じ込められている。ずらした位相を僕が元に戻さない限り、奴らが現実世界に戻ることは決してない」
遊間が鈴をちらつかせる。
「そして、統率を失ったシャン相手であれば、群れを少しずつ分断して対処していくことも可能になる。後は時間をかけて、奴らを根絶やしにすればいい」
遊間はそういうと、シャンの群れのイラストを、上から乱雑に塗りつぶした。
「そこで、きみに重要な任務を与える」
「私に?」
そうだ、と言いながら、遊間は手帳を内ポケットへしまい込む。
「先ほども述べた通り、シャンの女王はその大きな図体のせいで素早く動くことができず、単体で見るとそこまで怖い相手ではない。しかし、シャンの群れが女王の護衛にまわると、途端に討伐の難易度は跳ね上がる」
そこまで説明を聞いて、私の頭のなかに、ある不吉なアイデアが浮かんでしまう。
あの遊間のことだ。私にシャンの群れを引き付ける囮になれとでも言うのではないだろうか。
しかし、次に遊間の口から発せられた台詞は、予想していたそれとは正反対の台詞だった。
「そこで、僕がシャンの群れを女王から遠ざける囮になる。僕が奴らを引き付けている隙に、きみはシャンの女王を見つけ出し、そいつを駆逐してほしい」
「私ではなく、遊間さんが囮になるんですか?」
思いがけない展開に、私は余計なことを口走ってしまう。
「当たり前だ。きみが囮になったところで、数秒も持たないだろう?」
遊間は、ふんと鼻を鳴らした。
どうやら、私がシャンの群れの餌食になる未来は自然と避けられたようだ。
しかし、だ。囮ほどではないにしても、シャンの女王の討伐などという大役を、私に務められるのだろうか。
私が不安な表情を浮かべていると、遊間は内ポケットから蓋の付いた試験管を二つほど取り出して、私に手渡した。
試験管の中には、黄緑色に発光する怪しい液体が封入されている。
「僕が作った、対シャンに特化した殺虫剤だ。この試験管をシャンの女王めがけて投げつければ、きみの任務はそれで終了だ」
遊間が私の両手を包み込むように、優しく握りしめる。
「大丈夫、きみならできる」
「……分かりました」
私はゆっくりと頷いて、それらを鞄にしまい込んだ。
「それと、これも持っていけ」
遊間は、シャンの居場所を特定したときに使った古びた地図を私に手渡した。
「その地図には周辺の地理情報を自動で収集し、表示する機能も備わっている。その機能を使えば、この病院の内部構造も容易に把握できるだろう」
遊間はそう説明すると、杖を持ち上げて虚空を一突きした。
すると、この空間へ入ってくるときに通った穴と同じくらいの大きさの穴が、杖の先に突如として現れる。
「虚数空間の維持も、そろそろ限界だ。覚悟は決めたか?」
「……はい」
私は力強く頷いた。
「では、作戦開始だ!」
遊間はそう叫ぶと、私の手を掴んで、穴めがけて勢いよく走り始めた。
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