41

 神落市立病院、南、第四病棟。

 シャンの居場所を示す赤い点は、そこで止まっていた。

「この中だな」

 遊間は病院の正門を睨みつけながら呟いた。

 草木も眠る丑三つ時。

 当然、正門はとうに施錠されている。

「よし、中に入るぞ」

 遊間はそういうと、正門の脇にある、スタッフ用の小さな通用口に向かって歩き始めた。

「ちょっと待ってください」

 通用口横のプレハブ小屋に警備員が立っているのを発見して、私は慌てて遊間を呼び止めた。

「なんだ?」

「あれです、あれ」

 私は警備員を指さした。

「なるほど。一般人に目撃されると面倒だな。少し待っていろ」

 遊間はそういうと、コートの内ポケットから青色の小さな鐘を取り出した。

 その小さな鐘には、この世のものとは思えないほど複雑な幾何学模様が隙間なく刻み込まれている。

 ――ちりん。

 遊間がその鐘を一振り鳴らすと、澄んだ金属の音が辺りに鳴り響いた。

 それと同時に、視界が一瞬ぐにゃりと大きく歪む。

「これで大丈夫だ」

 遊間がプレハブ小屋の方向を指さす。

 見ると、先ほどまでそこに立っていたはずの警備員の姿は、影も形もなくなっていた。

「今、何をしたんですか?」

 私は、ふらつく頭を左手で支えながら尋ねた。

「世界の位相をずらした……と言っても、きみの頭では理解できないか」

 遊間は鼻で笑った。

「分かりやすく説明するならば、この病院を丸まる複製した小さな箱庭を創り出し、我々と怪異のみを元の世界から切り出してその箱庭に移し替えた、といったところだ」

 遊間はそういうと、堂々と通用口の真ん中を通って、病院の敷地内へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る