39
気が付くと、辺り一面、真っ赤な火の海だった。
目の前にそびえ立つ巨大な洋館が、炎の渦に呑まれながら、音を立ててぼろぼろと崩れ落ちていく。
火の勢いは衰えることを知らず、吹き付ける強風にますますその力強さを増し、冷たい夜の森を赤々と照らし出している。
その光景を前に、僕は涙を流していた。
なぜ、泣いているのだろう。
思い出の詰まった建物が目の前で焼け落ちていくから?
――否。例え物質的な
では、大切な家族や友人を大勢失ってしまったから?
――否。その分は、とうに泣きつくしている。
だとしたら、なぜ、今、僕は泣いているのだろう。
「大ちゃん」
後ろから自分の名前を呼ぶ声がして、僕は振り返った。
声の主を確認して、その名前を呼び返す。
「
そして、彼女の赤く美しい瞳を見て、ようやく、自分が泣いている理由を思い出す。
僕が泣いているのは、目の前で起きている悲劇に対してではない。
彼女がこれから辿ろうとしている昏く永い
その過程で起こるであろう、すべての悲劇のことを想い、憂い泣いていたのだ。
「大丈夫。大丈夫よ」
彼女はそう言って屈むと、まだ小さな僕を正面から抱きしめた。
「お姉ちゃんがすべて終わらせるから……」
僕は気付いていた。
彼女と、彼女を取り巻く世界のすべてが、静かな怒りとともに、深い絶望の底へと沈んでゆこうとしていることに。
僕は気付いていた。
彼女の絶望が、どう足掻いても抗いようのない真実から生まれてきていることに。
しかし、今の僕にはどうすることもできない。
今の、何の力もない、ただの人間に過ぎない、遊間大には……。
僕はもう一度、彼女の瞳を見つめなおす。
その眼差しはすべてを諦めたかのように冷たく、しかし哀しい決意とともに、ゆらゆらと静かに燃えているようにも見えた。
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